見出し画像

【4-1】自然環境の回復とケア労働の対価は誰が払うのか

 ナンシー・フレイザー氏は「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」(ちくま新書、2023年)の中で、資本家が自分たち以外のあらゆるヒト・モノを喰いものにして利益を蓄積し続ける「共喰いシステム」が資本主義の本質だとして、資本主義社会を終わらせるべきだと訴えています。以下に主要な論旨を紹介します。
 
【自然とケア労働を喰い荒らし】
・資本主義システムの経済は、構造的に自然に依存している。自然は、生産の投入物をもたらす蛇口であり、廃棄物を流すシンクとして機能する。そのいっぽう、資本主義社会は経済と自然の二つの領域のあいだに明白な区分を設ける。経済を、価値を生み出す人間の創造的な行動領域と位置づけ、自然については、価値を持たない物質を無限に補充し、商品生産において全体的に利用可能な領域と位置づける。
・経済と自然が交わる場所に資本が入り込むとき、最大限の利潤を追求しようという動機を与えられた所有者は、できるだけ安価に「自然の贈り物」を奪い取ろうとする。だが、奪い取った分を補充し、与えた損害を回復する、いかなる義務も免れている。資本家は利益のかたちで蓄えを私物化しておきながら、環境破壊の被害を受ける生活を強いられる者に、そして何世代も先の人々に、環境に関わるコストを転嫁する。
・資本主義社会は、手当たり次第に自然を破壊する強い動機を持つ階級に、私たちと自然との関係を管理する権力を授けているのだ。政府もたまには問題が起きたあとで介入するが、企業の特権を取り上げるところまではいかない。
・資本主義システムは、主に家庭とコミュニティ(大多数が女性)が担っているケア労働について、生産と再生産とに分離し、生産だけを価値を生み出す領域と位置づけ、その結果、経済に対して、社会へのただ乗りを認め、補充もせずにケア労働を喰い荒らすことを認め、ケア労働を供給するために必要なエネルギーを枯渇させることも認める。
・社会的再生産の仕事であるケア労働が目的とするのは、雨露をしのげる場所を確保し、栄養を与え、衛生的な生活を維持して、身体の健康と社会のつながりを保つことで、社会性と生物学、コミュニティと生息環境とのインターフェイスをうまく結びつけることにある。だからこそ、社会的再生産の危機の多くは、生態学的再生産の危機でもある。
 
【トラブル処理は国家に押し付け】
・資本主義経済は、異議を封じ込め、秩序を順守させる抑圧的な強制力や、私有財産を保障し蓄積を認める法制度や、企業の利潤追求を支えるさまざまな公共財など、多くの政治的支援なしに存立しない。
・資本主義は、経済と自然との境界を管理する仕事を国家に命じる。資本が自然の富を無料ないし安価に収奪できるよう、法的権力と軍事力を供給したり、環境破壊があまりにも差し迫った脅威となって「発展」を推進するか抑制するか、大気汚染物質の排出を規制するか緩和するか、有毒廃棄物をどこに棄てるか、その影響を緩和するのか判断を下したりするよう命じる相手は、国家なのだ。
・資本主義システムが発展する理由の一つは、大量の自然を強奪しておきながら、その再生産費用を負担しないことである。自然の私物化に伴い資本に奪われる物質と汚染される環境は、人間コミュニティにとって生活環境であり、生計手段であり、社会的再生産の物質的基盤である。
・標的となるのは、自分の身を守る政治的手段を奪われた人々の自然の富であり、所有者がいないため採取してもかまわないと都合よく解釈された富だ。これらの人々のコミュニティには、圧倒的に大きなグローバル規模の環境負荷がかかってしまう。
・資本主義社会では、経済的権力と政治的権力が分離している。資本主義の危機の時期には、経済と政体との境界をめぐって闘争が行われ、ときに境界の引き直しに成功する。国家は、階級闘争が激化した20世紀に、雇用の促進と経済成長という新たな責任を負わざるを得なくなったが、21世紀に向かう頃には、自由主義の熱心な擁護者が国際ルールを変え、国家に対してそのような責任を放棄するよう強く迫った。
 
 「経済と政体の境界」の引き直しにあたっては、資本家やその取り巻きが主導権を握り続ける限り、マイノリティに犠牲を強いてやり過ごすという構造が維持されてしまいます。フレイザー氏は、資本家の利益ではなく、それ以外の99%の人々の幸福を優先すべきだと強く主張しています。
 国が果たすべき役割とは、人々の自由意思に基づく活動が尊重されることを前提として、将来の地球環境に禍根を残すような行き過ぎた行為を制限することに加え、通貨発行体の力を存分に発揮しながら、人々の衣食住をはじめ基本的な生活基盤を保障することにあると考えます。私が≪【1-1】緑のベーシック・サービス構想≫などで提案している内容も、この趣旨に沿ったものです。改めて、以下にその概要を説明します。
 まず、未成年者に対しては、彼らが必要とする教育機会、食事、生活環境に関するサービスを無償で提供します。そして、これらの現物・サービスのプロバイダーには、事業の従事者が応分の労働対価を得られるよう経済的に補償します。
 成年個人に対しては、「直接所得補償」を実施します。給付額は、1人当たり国内総生産(GDP)の4分の1程度を基本として、収入が増えるにつれて漸減させる仕組みとします(GDPの2分の1を超える収入のある人はゼロ)。
 公共事業については、「グリーン・ディール」と称して、公有地を対象に「生物多様性の保全・活用」と「公共交通の確保」の2つのカテゴリーに適合する事業を実施します。環境再生型の農林業に取り組む事業者から農林産物を買い取り、地域の給食や家屋改修に提供し、生活環境の整備、地域の就業機会創出に努めます。農地や林地のほか、農山漁村の宅地は、相続人等からの無償譲渡により公有地化を進め、使用希望者に貸与します。
 個人の所得や企業の収益に対する課税は、マイナンバーと金融機関の預貯金口座を紐付けした上で、累進税制を徹底します。逆進性の強い消費税を廃止する一方、化石燃料の大量消費を促す産業への投資を抑制し、脱炭素社会へ誘導するため炭素税を導入します。関税は、過剰な所得を海外の口座に移転したり、海外の環境破壊への投資に回したりするのを抑止するための目的税とします。
 提案の詳しい内容や背景については、バックナンバーの【1-1】~【1-15】を参照いただければと思います。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?