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【4-3】食事の内容が免疫系に及ぼす影響

 腸内細菌のはたらきに関する研究の進展は、近年目覚ましく、ヒトの免疫系との強い関連性が解明されつつあります。
小林弘幸医師は「免疫力が10割」(2020年、プレジデント社)の中で、次の指摘をした上で、感染症予防には腸内環境を整えることが重要であると述べています。
・過去に感染したことのないウイルスに最初に戦いを挑むのが「自然免疫」で、この免疫力が高ければ感染しても無症状か軽症で済む。一方、体内の免疫細胞が産生する「抗体」は、感染したとき無症状や軽症の患者には少なく、重症患者に多く検出されることが分かっている。ワクチンは、ウイルスとの戦いにおける最終兵器となる抗体をつくるものであり、ウイルス感染症の予防には役に立っていない。
・肥満や糖尿病などの基礎疾患や高齢により免疫力が低下すると、全身が慢性炎症の状態になるため、免疫細胞が暴走する「サイトカインストーム」が起こりやすく、あらゆる感染症に対して重症化リスクが高くなる。
・免疫細胞の7割を抱えている腸内環境のバランスを整えれば免疫システムに欠陥を生じさせることはない。
 
 「腸科学」(2018年、早川書房)の著書、アメリカの微生物学・免疫学博士のジャスティン・ソネンバーグ氏とエリカ・ソネンバーグ氏は、免疫をコントロールする腸内細菌にとって、食べ物はプラスにもマイナスにも作用しうるとして、その複雑な関係性について、次のように具体的な解説をしています。
・発酵で得られる重要な機能は「保存」であり、発酵を利用して食べ物を安定して供給できるようになった。発酵過程で細菌が食べた分だけカロリー減にはなるが、食品にふくまれる単糖を減らし、より健康的な食べ物に変えてくれる。発酵食品にいる微生物は、腸マイクロバイオータと相互作用することとあわせて二つの健康増進効果をもつ。
・有用菌の摂取によって腸が健康に保たれ、胃腸感染症のみならず上気道感染の罹患率も低くなることが分かっているが、これらの細菌はマイクロバイオイータ内の微生物と相互作用するため、有用菌の効果は人によって、また同一人物でもその日によって変わってくる。したがって、多様な微生物を含む発酵食品が、良好な効果をもつ微生物に出会えるいちばんの候補である。
・こんにち工場で生産される小麦粉は、貯蔵期間を限りなく延長するため、製粉前に変質しやすい胚芽が取り除かれ、製粉では見た目も味も良くするためブランを取り除いて、パウダーのような超微細な品物になった。このため、ヒトが1万年以上食べてきた粗い小麦粉に含まれる少量栄養素や、大腸まで届く食物繊維が摂取できなくなっている。
・肝臓や腎臓に障害が起きると血液にマイクロバイオータ由来の老廃物が溜まり認知障害を起こすことが知られている。マイクロバイオータによってつくられた化学物質が小腸壁を通り抜けて血液に入り脳に達することで脳機能や精神状態に影響を及ぼしている。腸内で起きる化学反応は、まったく同じ食事をしたとしても、主に植物性の食物を食べている人と頻繁に肉を食べている人では異なる。
 
 ヴァイバー・クリガン=リード氏も、著書「サピエンス異変」(2018年、飛鳥新社)の中で、腸内の生物多様性を維持することの意義を述べています。そのためには、緑地や自然環境にできる限り触れ続け、何種類もの果物や野菜を含む多様な食事をとる必要があると訴えますが、一方で、私たち人類が築き上げてきた生活環境には、肥満や精神疾患を助長する一面があるとして、以下の問題点を指摘しています。
・糖尿病ともっとも関係しているのは腹部の脂肪で、エネルギーの摂取量と消費量で決まる。カロリーが多すぎると、やがて血中の脂肪酸の濃度が上がってインスリン抵抗性が高まる。加工食品の問題は、食事全体の量を増やしても身体に必要な栄養素やビタミンやミネラルや食物繊維などが大幅に不足しているために、身体で素早く処理されてしまい、すぐに腹が減ってしまうことにある。
・肥満の人を増やす最大の原動力は、多くの食品が工場で作られ、脂肪、塩分、糖分、添加物を増やすなどして食欲をそそるよう意図的に工夫されていることだ。
・コンクリートやオフィスビルという現代の環境は私たちに深刻なストレスを与えており、かなり多くの人に身体の炎症反応を起こしている。炎症反応は免疫系の救急サービスのようなものだが、アレルギーの人や一見して健康そうな人でも慢性的な炎症状態になっていることがわかった。炎症があると、うつ病や2型糖尿病や心臓血管疾患など危険な病気にかかるリスクがはるかに高くなる。
・私たちは、もっと病気を予防できる環境を作ることに力を尽くすべきなのに、治療のほうに熱心になりすぎている。これからも病気というかまどに札束の山を放りこみつづけるのかという問題が突きつけられている。遺伝子研究や遺伝子治療に多額の予算がつぎこまれているが、これだけたくさんの病気がどうして流行しているのかを考えた方が経済的にも社会的にもはるかに意味がある。
・世界中の医療費は年間およそ7,200億ドルに達するというが、世界中の政府が運動不足と肥満に取り組むことで、これらの費用の少なくとも85%は節約できるはず。
 
 人々は、経済的にゆとりがあると自分の好物ばかり選んで食べるようになりがちで、はたまた貧しければ安価なジャンクフードへの依存度が増します。結果的に、いずれの場合も食の多様性が乏しいものとなり、免疫系に害を及ぼす食品添加物を大量に摂取する可能性もはらんでいます。食べることに相当な額を費やした挙句、生活習慣病に一生涯苦しみ、その治療費用を負担し続ける人も大勢生み出しています。これらにかかる経済活動もGDPにカウントされますが、それでGDPが成長したからといって、とても胸を張れる事態ではありません。
 食べ物を選べるようになった現代よりも、食べられるものならば選り好みせず何でも食べざるを得なかった時代の方が食の多様性は富んでいたと言われます。現代人は食の多様性が乏しくなった分、全般的に自然免疫が低下しているとみられますが、その割に寿命が伸びているのは医療の進歩のおかげであることは言うまでもありません。ただ、人々の免疫機能を高めて健康を持続させるには、薬剤投与やサプリメントに頼るよりは、腸内細菌に食物繊維を供給することを意識しながら多様な野菜や果物を食べる習慣を普及した方がはるかに効果的であり、余計な費用をかけなくても済むはずです。


高木 圭介
E-mail: spk39@outlook.jp

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