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わだかまりの気持ち

「どうしましょうか、誰が発表します」
丁寧な田中さんの声がノートパソコンに接続されたヘッドセット越しに聞こえる。その声は、年貢を取立てられた村長が、村の住人に申し訳なさから頭を下げるが如く低姿勢な感じで、この話し方であれば、誰もが嫌な感じを受けないですむだろうという、教科書に載せたいくらいの表現ぷりであった。
僕らは、オンライン研修を通して知り合った。正確には、僕ら5人は、たまたまオンライン研修を同日で受ける事になり、幸か不幸か同じグループになったのだ。そして、今、グループ毎に発表するという必要性に迫られ、誰が発表するべきか、という点を決めきれずにいた。
そんな中、丁寧な田中さんが口火を切ってくれたのだが、その他4名は、僕も含めて誰も発言をしなかった。要するに、誰もが皆、発表したくない、という意思表示をしたわけだ。ただ、口火を切った田中さんが発表しなくてはならない、という訳でもなく、このグループの誰かが発表しなければいけないという事実は変わらない。
田中さんが発言してから、10秒は経っただろうか、誰も応答をしない。沈黙がピラミッドを作るための岩を運ぶが如く、僕らの肩に重圧をかける。誰かが発表をしなくてはならない。誰か、俺がやります、みたいな事を言ってくれ、皆がそう思っている。沈黙が30秒に達した。
「俺、今回やろうかな。また、明日も発表しなくちゃいけない機会はあるだろうし。なんか、この暗黙のプレッシャーを感じ続けるのも嫌だし」痺れをきらせた、涌井さんが手を上げた。
僕は、手を挙げられなかった自分の勇気の無さが嫌になった。
何がそんなに嫌なのだろうか。それは、グループ内での話をとりまとめて発表する自信が無かったからだ。話した時に、何言ってんだよ、こいつ、と思われたく無かったからだ。
僕の代わりに発表をした涌井さん、決して発表がうまいわけでは無かった。タジタジして発表している感じもあった。ただ、そうだとしても、怖気付いて発表するという意思表示をしなかった他のカスよりは全然良いだろう。
僕は自分の不甲斐なさが悔しかった。涌井さんを見習って、明日は発表してみようと心に決めた。

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