創作活動を瞑想的に捉えてみる
一般的に何か創作活動を行うときって、ものを作ることが目的で、創作している時間はものを生み出すための手段ですよね。僕も長い間そんな感じで創作活動を続けてきました。
だけど、最近は違う考え方を取り入れていて。何かを生み出すことを目的とするんじゃなくて、創作している活動時間そのものを目的とする考え方で動いてみてます。まあすべてそういうわけじゃなくて、部分的にですけどね。今書いている文章はまさに、プロセスを重視した考え方で進めています。何かものを書いているという状態に一番重きを置いている。なぜなら、それが楽しいし意義を感じるから。自尊心も高まるし、心地がいい。そういう創作活動中の心の有り様や人生における意義にフォーカスを置いて創作活動を捉え直してみてるんです。すると、面白いことに結果である創作物も形を変えてでてくるんですね。
状態に重きをおくというのは瞑想に近い感覚です。あれって、瞑想中あるいは瞑想後の心の変化を目的としていて、別に何かが生まれるわけじゃないですよね。瞑想したからって、別にお金もらえないし、友達も増えないし、作品ができるわけでもない。そういう瞑想的なマインドで創作に挑む。瞑想と違うのは、副産物として創作物が残るということです。そう、創作物は副産物なんですね。セミの抜けがらみたいなものです。
そんなこんなで、また絵を再開してみました。執筆時のマインドをそのまま、絵画にも流用してみることにします。つまり、絵画の創作にも、創作時の心地よさを追求してみる。
今までの僕って、結構判断基準が厳しいというか、モノのクオリティありきで創作活動をしてきた部分があって。とくに客観性という部分においてはかなり冷静にやってきたわけです。だから、創作活動においては必ず日を分けていたし、何か変更を加えたのなら、一旦冷静になれる翌日以降にその良し悪しを判断していました。絵もそうです。作ったその日って冷静じゃないですから、本来の出来よりも高く見積もったりするんですよね。一旦寝ておきると大概冷静になりますから、その時点で作ったものを判断すると修正点が見えてくる。そんな感じで創作活動を続けてきて。もちろん今後もそのスタイルを適用する場面は多いのでしょうが、それと同時に判断を放棄する、その日の基準でものをだす。そして、出たものに対して難癖つけずにそのまま受け入れてみる。そういうある種の優しい受容ができるようになってきました。まあそういうことをすると、クオリティはまちまちで、あんまりなものも出てくるんですけど、でもとりあえず創作活動中は楽しいし、とくに大量のものが自然に出せるというのは気分がいい。そうなんです。実は、マインドを創作プロセスこそ目的とすることで、そこで何かブレイクスルーが起きて、結果ベースの考え方では得られないような結果を得られるんですね。ここでの結果とは、大量にものがでるということです。大量にものがでれば、100個中1個くらいはいいものがでる気がします。で、慣れていけはそれが100個中の2になって、5になってといったふうに打率が上がっていく気がするし、そうなればいいなって思うんですよね。プロセスを重視したいとはいえものは残るわけですから、だったらその残ったものも素敵ならそれはとても嬉しいことなわけです。
考え方としては、ボーカリストに近いと思います。リアルタイムで声を発して、自分から手放していった声はもう戻らない。でもじゃあそれが人の心をとらえないかというと、そんなことはない。それはボーカリストの技量やマインド、哲学がもろにでるわけです。だったら経験を積んでいけば、リアルタイムでもいいものが出せるだろうという考えに落ち着くわけですね。
この文章でいうなら、トークですよね。リアルタイムに考えを乗せて縦横無尽にものを書いているわけですから、執筆しているというより書き起こしに近い感じがします。じゃあそのなかで面白い文章をかこうとするのなら、実は向上させたほうがいいのはトーク力なのかもしれない。そんな気がします。
なんだろう。僕が創作活動におけるプロセスこそを目的として活動しようとするのは、ああだこうだ書いたけれど結局、創作物も重視しているのかもしれないですね。何を考えて挑むかってとっても大事で、他人と違う結果を望むなら他人と違うことを考えていないといけないんです。東京に行こうと考えている人は北海道にいけません。あたりまえですよね。北海道に行こうとしていないんだから。能力的にいけることとは別の話です。何を考えて進むかで、たどり着く場所は全然違うんです。だから、思考を他人と違うものに置き換えておくというのはとても大事。他人と同じ考え方していたら他人と同じ場所にしかつきません。結果重視の考え方というのがおそらく多数の意見ですから、プロセスに重きをおく考え方は少数で、つまり面白い結果につながる可能性が高いというわけです。そういう哲学の下地が僕の中にあるので、僕は喜んでプロセス重視のマインドで挑める部分はあるんだと思います。まあ両方ですね、ものができたら嬉しいし、その創作中に色々と気づきがあったりその状態もうれしい。こんな感じです。
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