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「シックス」で振り向いてくる男子

あれは私がまだ小学6年生だった頃。
英語の授業で先生が「シックス」とか「サックス」とか言うたびにニヤニヤしながら振り向いてくる男子がいた。

エッチな言葉っぽい単語が聞こえるとニヤニヤしながら後ろを振り向くというのは思春期の男子に特有な行動だ。
それは下ネタ単語が彼らにとっては「超絶面白ワード」であり、同じく面白ワードだと思っているはずの友達と、そのおかしさを共有したいがための行動であるはずだ。

であれば女子である私に向かってやらずに、男友達にやれよ。そもそもほとんど話したこともないんだし。
確かに私は彼の真後ろの席で、一番振り向きやすくはあると思うけど、それは最優先事項ではないはずだ。私は彼が期待してるような反応は返せないし、斜め後ろには男子がいるんだから、そっちにやったほうが楽しいはずだろ。そう思っていた。


最初に違和感を覚えたのは新学期が始まって一ヶ月ほど経った5月の中頃だった。
授業中に先生が「ソックス!」と発したとき、いつものように彼はニヤニヤしながらこちらを振り向いてきた。

私もいつも通り無視しようとしたのだが、一瞬見た彼の顔に猛烈な違和感を感じた。

ニヤニヤしてはいるけれど、どこか作り笑顔のような硬い表情。そしてその目は私を見ているようで私を見てはいなかった。焦点が合っていないような、泣き出しそうな、まるで瞳の奥から助けを求めて叫び声をあげているようだった。
私は空恐ろしくなり、結局目をそらして無視した。

それから普段の彼の動向を注意して見るようになって気づいたのだが、彼は普段大人しくて、下ネタで笑ったりするタイプではなかった。むしろそういうことに関して人一倍繊細な印象すら受けた。

ではなぜ…その違和感はその後彼がこちらを振り向くたび、増大していった。


確信に変わったのは6月末頃。初めての席変えの後だった。
私と彼は最後列の隣同士になった。
これでやっと彼の振り向きから解放される。憑き物が取れたような開放感があった。

しかし直後の算数の授業で先生が「1万個」という言葉を発したとき、想定外の事態が起こった。
隣の彼をチラッと見ると、彼は最後列なのにも関わらず、ニヤニヤしながら後ろを振り向いていた。誰もいないのに、教室の後ろの小さい黒板を凝視していたのだ。

私は混乱した。何をやっているんだこいつは。
誰もいないところを振り向くのは明らかに異常な行動だ。彼が今まで振り向いていたのは後ろの人を見ていた訳ではないのか?振り向くこと自体が目的だった?であればなぜ?どうして?

混乱したまま彼を見つめていると、彼自身にも今までにない異変があった。
彼の額からは異常な量の汗が流れていた。初夏の暑さで出る量ではない。明らかに何かに焦っている様子だった。
そして顔を赤らめ小刻みに震えていた。恥ずかしそうにも、助けを求めているようにも見えた。

私はハッとした。今までの彼の挙動と照らし合わせると、答えは一つしかなかった。

彼は自分の意思で振り向いているのではない。体が勝手に動いている、と考えればこれはいわば生理現象。

いやらしい言葉に反応し、自分の意思に反して体が生じる変化。そう、これは彼にとっての「勃起」だったのだ。


思春期の男女に起きる体の変化は去年保健体育の授業で習ったばかりだった。
男子は性的刺激によって「勃起」という反応が起こるらしい。授業では確か陰部に起こる反応と言っていた気がするけど、同時に人によって成長具合には差が出るとも言っていた。きっとこういうパターンもあるのだろう。これは多分中学校の範囲だ。

であれば今彼は窮地に陥っていることにならないか。
学校で不意に勃起してしまっただろう男子は幾度も見たことがあった。
Tシャツの前部分を引っ張って下に伸ばしたり、腰を引いて前かがみで歩いたり、ポケットに手を突っ込んで直接抑え込んだり…。思春期の彼らにとって勃起がバレることは死と同義なのだ。女子の私にだってそれくらいはわかる。

私は咄嗟に彼の座る椅子をクルッと90度向こうに回し、振り向いた顔がこちらを向くようにした。これで彼は「誰もいないところに振り返っている異常者」ではなく「おどけて女子にちょっかいをかける男子」になった。

彼はニヤニヤした顔に一瞬驚いた感じの表情を浮かべたが、すぐに安堵の表情に変わるのを感じた。


その日から私は彼が振り向くたびに彼の「振り向き先」になる役目を担った。私が後ろで「もぉ~(笑)」という反応をすることで彼は普通でいられる。彼の弱さに気づいているのはきっと私だけだ。私が守らなければという使命感があった。

席替えの時はクジを細工して、何としてでも彼の後ろの席を確保した。
中学校も高校も大学も彼と同じところに進学した。

中学の地理の授業で先生が「沈降」と言ったときも、高校の数学の授業で先生が「π(パイ)」と言ったときも、大学の経済の講義で教授が「アナリスト」と言ったときも、いつも後ろの席で彼の視線を受け止め続けた。

そうしているうちに私たちは自然に交際するようになり、やがて結婚もした。
彼の席を追いかけ続けた結果、同じ籍になったというわけだ。


エッチをするときも誓いのキスをするときも彼はすぐ後ろを向いてなかなかうまくいかなかった。
起床直後は振り向きやすいらしく、朝起きたら首を寝違えてることもしょっちゅうだった。

様々な壁に衝突してはいっぱい人に迷惑をかけた。でも、どんな時も二人で乗り越えてきた。
どうしても後ろを向かなきゃいけない時はそっちを前にして進めばいい。私たちは夫婦なんだから!

年を重ね生殖機能の衰えに伴って、エッチの頻度は減ったけど、代わりに目を合わせて笑う時間が増えた。老いることに喜びを感じられるのは普通の夫婦よりきっと幸せだと思う。


今度、ゴム婚式挙げてきます。
読んでくれて、サンクス!

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