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証拠を隠滅、飲酒ひき逃げ犯を執行猶予に!?こんな弁護士って本当にいる?(九条の大罪)

週刊スピリッツに連載中の「九条の大罪」が面白いですね。「闇金ウシジマくん」を書かれた真鍋昌平先生の最新作なんですが、弁護士業界でも話題です。

主人公は「九条間人(くじょうたいざ)」という弁護士。第1巻では、ひき逃げ犯や麻薬の密売人といった、悪い奴の弁護で辣腕を振るいます。証拠を潰したり、警察対応を指導したりして、 刑事処分を逃れさせたり、受ける刑を軽くしたり。

なんだか悪人みたいな主人公ですが・・・・「今日は、こういう弁護士って本当にいるの?」って話を今日はしたいと思います。

1:主人公は、実は「刑事弁護のロールモデル」!?

結論から言うと、刑事弁護に携わっている弁護士は、実は、基本「この九条先生と同じスタンス」だったりします。「ええっ!?ありえんでしょ・・・」って思いますか。でも、これが刑事弁護人の基本スタンスなんです。

・被疑者/被告人の利益をとことん守れ、
・そのために捜査機関に情報を与えるな
・取調べには黙秘させろ

これらは刑事弁護の基本なのです。そうであるのには、いくつか理由があるのでここから触れていきますね。

まず「自分から不利益な供述をしなくていい」という「黙秘権」は、刑事事件の容疑者になった人の「憲法上の権利」、つまり「どんな人にでも認められる最低限の人権保障」として、憲法で認められているんです。

逮捕されると、最大20日間留置所に入れられて、警察や検察の取り調べのプロが「その人が犯人だという筋書き」に沿って喋らせようとしてくるのを、 素人の容疑者が相手にしなければいけない状況が続きます。

そんな誘導尋問等を駆使して心理的な動揺を誘う取調官に対して、気が弱い人や精神が弱っている人(業界では「供述弱者」なんて言い方をしますが)、そういった方なんかは、有る事無い事話させられてしまうことがあるんですよね。

村木厚子さんの冤罪事件なんかも有りましたけど、密室に長期間閉じ込められていつ出られるかわからない状況で、捜査機関に毎日呼び出されて詰問されるというのは、ほぼ基本的な洗脳の手法に近いですからね。

なので、そんな厳しい状況下で、どうしても起こりがちな冤罪の発生を防ぐためにも、基本「とにかく黙秘しろ」とアドバイスします。

2:黙秘した方がいい実質的理由

なお捜査段階で黙秘したとしても、裁判になった段階で裁判官に直接話せばいいので、実は、黙秘したことが不利になることはないんですね。「弁護士にそう指導されている」と言えばいいし、それで不利に扱われるようでは「黙秘権の意味がない(=実質的に憲法違反)」ですからね。

それから、ここ重要なんですが、刑事裁判に進む割合、いわゆる「起訴率」ってそんなに高くないんですよ。全体で30%くらいかな。殺人とか放火とかの重罪でも、近年の起訴率はそのくらい。強盗とで人が亡くなってるような最も重いタイプの事案でも、50%くらい。

というのは、捜査機関は、容疑者が喋らないと、 起訴のために必要な情報を揃えられないことも少なくないんですよね。容疑者が喋れば、裏付け捜査が可能になって証拠が増えていくから、捜査機関の見立てに沿って立証ができるようになってきます。

でも容疑者がしゃべらないと、裏付け捜査のとっかかり無くて方向性が決まらない。おまけに「言い訳もしない」となると、裁判になってきた段階でどう言う反論してくるかも見えない。検察も、本番で想定外の反撃を受けて面目丸潰れになるのは困りますから、かなり起訴のハードルが上がるわけです。

ちなみに喋ると、いくつか違法行為があった場合には、他の犯罪についてもばれかねませんからねぇ。。。(笑)

だから、自分から喋るメリットはほとんどないんですよ。なので、弁護士は基本的に「とにかく黙秘しろ」とアドバイスし、そうすれば「20日で出られる」と容疑者に伝えることもあるんですね。

ちなみに、九条先生のすごいところ(マンガ的なところ)は、 警察側がどこまで証拠を押さえているかを「正確に見切っちゃっている」という設定なとこです。これは本当はちょっと難しいんですよ。

でも、そこはマンガなので読み切っている設定で、確信を持って「黙れば出られる」と言い切っているわけですね。

3:でも、証拠隠滅はヤバくないっすか。

もちろん、実際やったらちょっとヤバいんでないのってシーンも、この漫画にはあります。証拠になる携帯を無くしたことにさせる、領収書を破棄させる、酒が抜けるようにサウナに行かせる・・・・みたいな。これは、いわゆる「証拠隠滅」です。

ちなみに証拠隠滅って、事件を起こした本人がやる分には犯罪になりません。「やめろっていっても、人間として無理でしょう、普通隠すでしょう」ってことです。法律は不可能を強制しない、ですから。

ただし、他人がそれを手伝うと「独立の犯罪」になるし、ましてや弁護士がやってバレると、処分されて資格を剥奪されかねません。

とはいえ、この漫画では、そんなシーンが上手にかけてるんですよねぇ・・・主人公の九条先生は、依頼人にそれらの指導をする前に、こんな風に言ってますよね。

「これから私が話すことはあくまで独り言、いいですね。」ってセリフです。つまり、「俺はアドバイスしてないよ。君が勝手にやったんだよ。そういうつもりで聞くように。」と言っているわけです。

まぁ、これは「弁護士の常套技」と言ってもいいかもしれません。私も何度も弁護士の独り言ってやつを聞いたことがあります(笑)

「先生、独り言でいいんで、ぶっちゃけたところを教えてください」なんて、この漫画に出てくる壬生さんみたいな、慣れた依頼人からは言われたりするかもしれないですね。

4:このエピソードが熱い!!

第1巻で個人的に推したいのは、 共犯者の一人に罪を被らせるエピソードです。

これも結構際どく見えるのですが「その罪を被った人も、自分の罪が軽くなる」ようにアレンジしていますし、もっと重要なポイントは、これが「その人の身の安全を考慮しての手段」だということですね。

実際、この薬物事案に限らないんですけど、犯罪の背景にある人間関係って、関係者にとってはめちゃくちゃ重たい。裁判が終わって、あるいは、受刑期間が終わっって刑務所の外に出てきたら、被疑者が帰る先って「元々いた人間関係」ですからね。

検察官や裁判官が「もうやるなよ」と諭したとしても、「それをやらなきゃ生きていけない環境」に帰って行くんじゃどうしようもないです。この構造は完全に、刑事司法システムの死角というか弱点になっているんですよね。

刑事裁判に関わる法曹3者(裁判官、検察官、弁護士)の中では弁護士が一番そこが見える立場にいて、独自の動きができるところです。今回の話にも、司法ソーシャルワーカーと言って、 刑務所から出た後の調整をする人、薬師前さんと言う女性が出てきてますが、こういう人との連携がめちゃくちゃ重要になったりします。なんとか以前とは違う環境に戻れるようにアシストするわけですね。

こういうことをしている人や組織は、まだまだ日本では少ないです。他の国と比べると、日本って社会のレールから一度脱落した人にめちゃくちゃ冷たいんですよね。刑事裁判だけに関わらず、自己責任・自助努力を強調する「弱い人に厳しい社会」になっていて。辛くても「大丈夫だ」と言うのが基本、キツくても「強がって」生きていくのがデフォルトなので。。。。

第1巻では、この辺りの苦しみが、他人の罪まで被って受刑した、被告人の描写を通じてよく描かれています。闇金ウシジマくんでもそうでしたけど、真鍋先生は、こういった日本の社会構造の問題への理解が深く、また、それを物語の中の人物描写を通じて描き出すのがとても上手だなぁと思っています。

そう言う意味では、このマンガの主人公である九条先生が一番すごいのは「この社会に生きる弱い人の苦しみをリアルに捉えて 活動しているところ」なのかもしれませんね。

さて、今日はここまで。ここから先の作品の展開もまた楽しみです。なお、書影の利用については、編集部の方から許可をいただきました。お忙しい中の対応、いつもありがとうございます^^

動画バージョンは、こちらになります。


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