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正解だらけのクルマ選び その15【番外編:ダイハツコペン①】

『学校の先生辞めて、板前になったっていう馬鹿野郎は*おみゃーか』

店内に響き渡る伊豆弁丸出しの大声で、ニヤリとした笑みを浮かべながら、初対面の開口一番そう言ったのが白岩のオヤジさんだ。料理屋に修行に入るにためには人伝てが何よりで、求人情報ではなかなか上手くいかないもの。僕が八千代に入れたのも知人の紹介のおかげで、その知人というのが白岩さんの息子さんの和幸さんだった。

どちらかというと懐石「八千代」の常連客だったのは息子さんより父である白岩さんの方で、それは親方の後援者のような意味合いもあったからであり、僕もずいぶんと世話になった。スケールのデカさと興しろさという意味で、この方の右に出る人はいないので、いずれ色々書きたいと思っている。そのうちの一つとして、クルマにまつわる話を書くとしよう。

『おかあ(妻)の言うことは聞け、それが一番正しい』

と、しょっちゅう言っていたのは若い頃に奥様を亡くされたからかも知れない。休みの少ない板前修業の身を案じてくれたのか「たまには何処かしら連れて行ってあげなきゃ駄目だぞ」というようなことをよく言われた。

オヤジさんは大のクルマ好きで、僕が八千代に勤めていた間にもコロコロと代わっていた。地元はもちろんのこと、広く名の知れた土木建設業会社の社長だから一番似合っていたのはベンツのS560で、その愛車の他にもセカンドカーとしてあらゆる車種に乗っては楽しんでいた。ジャンルや価格に捉われない選択をする辺りがオヤジさんらしく、ある時はジムニーで、またある時はフェラーリで寝ぼけ眼で昼食を食べにやってきた。

いつだったかフェラーリ360モデナで八千代に乗り付けてキーをよこし、

『おい、おみゃーの好きなだけ乗ってこい』

なんて言われたけれど、さすがのフェラーリには恐れ慄いた20代の僕は、おいそれとは乗れず、エンジンふかして駐車場から動かすのが精一杯だった。

そんなオヤジさんがずいぶんと長いことハマっていたのがダイハツのコペン。身長が180cm以上ある強面こわもての還暦過ぎたオッサンが乗るには少々可愛すぎるそのクルマを、

『こいつがなぁっ、おもしれーだ。小さいのになっ、よく走ってなっ』

って無邪気に話しながら、

『今度の休みの日におかあと一緒にコイツで好きな所へ出かけてこい、キーを貸してやるから』

と、言われるがままにそのクルマ、《ダイハツコペン》を借りることにした。つづく

*おみゃー…伊豆弁で『お前』をこう発音する

追伸:お世話になった和幸さんが若くしてお亡くなりになった、と人伝てに聞きました。随分とご無沙汰した上に、しばらく知らずにいて申し訳ない限りです。また一人、力を貸してくれた人が早くに逝ってしまった…ご冥福をお祈り致します。

#白岩建設 #フェラーリ360 #ダイハツコペン #クルマ道楽



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