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正解だらけのクルマ選び その22【ランチアY⑥】

2011年3月11日14時46分18秒、のちに東日本大震災と呼ばれる未曾有の大災害が起きた。重ねて起きた福島原発の事故によってその被害がさらに大きくなったことは周知の通り。繰り返される余震や電力供給の逼迫により、国中は不安の渦へと巻き込まれた。ところがそんな中にあっても、伊豆の三島の被害は全くと言っていいほどなかった。蕎麦宗のある三島市街の中心部は、計画停電すら対象外となっていたので、何事もないかのようだった。

しかし、記憶にある方々も多いと思うが、津波などの震災被害者の心情に同調し、日本中が全ての活動を自粛。我が店も例外でなく、その煽りを受けて何ヶ月もの間、特に夜の営業の時間は来客がほとんどないという状況となった。今のコロナ禍の状況はその時との既視感を覚える故に、今回の過度の自粛に肩の力を落としているし、喉元が過ぎればすぐにあの時の反省(客観性を忘れ、感情と他者の顔色伺いだけに傾く事は危険だ)を忘れるこの国民性に恐れすら抱いている。しかしながら、今は、そう語る事すら危険思想扱いになるのでやめておく。

収入が半減以下になっても堪えることができたのは、妻のお陰でもあり、また、生活コスト全般を見直したゆえである。収入源である店を守り、必要最低限のものと、自分たちにとっての潤いを与えてくれるものに優先順位をつけ、ミニマムな暮らしを作ったのはこの震災がキッカケだった(今も節電を気にしている人が一体どれだけいるのかは不明だが、自分は続けている)。これより先にあった2008年のリーマンショックを乗り越えられたのは、その少し前に開店当初の融資の返却が終わり無借金経営だったからで、今度もまたなんとか乗り切れるだろうと思っていたのは、震災時には少々甘かった。乗り切ったから今があるものの、あの期間はそれほどに苦しい経営だった。

そんな最中の彼岸の季節。祖母の墓参りに行こうと、韮山の長源寺にランチアYで向かっていた時の道すがら、

『バカァンッ』

という銃声のような、空き缶を瞬時に潰したような甲高い音が聞こえた。そこからお寺までの100m、ガラカラと大量の空き缶を引きずるような音がする。墓参りを済ませた後も音は止まない。エンジン?ミッション?次第に音は小さくなったとはいえ、どうも走りがおかしい。

急いで杉浦さんに連絡して、預けて調べて貰うと、トランスミッションの故障だと云う。しかも、修理が不可能な箇所で、交換用のミッションが出回った時に載せ替えるしかないとのこと。つまり、人間に例えると臓器移植のドナー待ち状態。その間、騙し騙しに走るしかない。しかも、このランチアYの台数は県内で14台、全国かき集めても200台程度だろう。その中で壊れて部品取りとなる個体が出てくるのを待つのは博打。しかも、場合によっては逆にコヤツがお陀仏となり、他車の為の部品取りに成り下がる可能性もある。

僕らは決断を迫られた。不安を抱えつつ乗るには危険過ぎる。かといって街中の高額な駐車場をはじめ、諸処の維持費を払う余裕はこの震災下の稼ぎではない。壊れる可能性のある、走らせることの出来ないクルマをただ置いて保持することも、他の生活を圧迫する。時代は*レシプロエンジンの終焉を知らせ始めていた。終いの車として添い遂げるつもりでいた愛着あるランチアYだ。迷い、悩み、故障のリスクを背負いながらの9カ月。最終的には年内に手放す事を決めた。

その年2011年12月29日。ルノーから独立して、静岡市で《トラベルオート》というマニアックな中古車店を始めた石垣竜さんに引き取ってもらった。沢山の思い出を共にした愛車との別れ。その12【ルノートゥインゴ】の時も涙を流したが、今回はそれ以上の切なさだった。  何とかしてでもずっと所有したい想いと、経済的理由で手放さざるを得ない不甲斐なさ。その葛藤に僕等二人は泣いた。クールな竜さんの目も潤んでいた。クルマ好きにとって、愛車を手放すことは淋しいことだ。新しい嫁ぎ先が決まった幸せな別れならともかく…。

そして、僕等の生活は文字通りの自転車操業となった。なに、三島の市街に住む分にはクルマが無くとも一向に困らない。日々の買い物は全て近所で済み、外食するにも数々の飲食の名店が軒を並べ、徒歩12分で新幹線にも乗れるコンパクトシティだ。それに加えてインターネットの発展、宅配便の充足もある。それに僕等が、僕が必要としているのは道具としてのクルマではなく、愛情を注げる遊びのための玩具だ。

それから9年。僕のクルマ生活は沈黙の期間を過ごした。

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*まるで遺影のように年賀状用に作成した木版画のランチアY

*レシプロエンジン…ガソリンなど燃料を燃やし動力を得る動力機関

#故障 #ドナー待ち #終のクルマ #クルマ好き #お墓参り #コンパクトシティ


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