見出し画像

ショートショート『オカンとうちのホンマの関係』


オカンはセイウチや。

 オカンと一緒にご飯食べると、決まってお説教や。ほんま、おーじょーするで。
「なぁ季菜子。も少し、かいらしく食べられんやろか。がつがつしすぎや。近所のおばちゃんら『男みたいや、ガニ股やし。嫁に行けへんで』て噂しとる。お母ちゃん、恥ずかしゅうて」
 あほ抜かせ、どこのどいつが産んだんや!とは、口に出せへんかったけど。 
「そやかて、しゃあないやないの。誰が付けたんか知らんけど〝きなこ〟なんて変てこな名前つけよってからに。うちかてごっつう恥の掻きまくりや。おかげで、乳も、オイドも痣だらけ。どないしてくれるん」
 眼(ガン)飛ばしたったわ。
   オカンたら、寿司屋で黙ってもろうてきた、と自慢の湯飲みを覗いて、
「茶柱や。ラッキーやなぁ……」
ニヤニヤして指でかきまぜとる。けど、まだ夕飯、食べ終わってないんやで。餃子もようけ残うてる。いてこましたろか! 思うたけど、やっぱり言葉にはできへんかった。
 うちが〝早食い〟やったら、オカンは〝遅食い〟や。食事が早くても遅くても太るらしい。でも〝長ったら飯は太る〟のが、ほんまやと思う。食べ過ぎるんやろね。
見てみぃ。オカンのデブは海象(せいうち)なみや。そりゃあ、昼ご飯の後、テレビ見ながら、昼寝しいしい、大福とたこ焼きつまんでたら、だれかて太るやろなぁ。
    うちは、スマートやで。ま、カンガルーいうところやな。甘いもん好かんし、もつ焼きや煮込みのほうがええ。高校生やけど、お酒好きやし。お父ちゃん、のん兵衛やから。   
 次の日の朝、寝坊してもうて、あせってた。大学はよして、美容師の専門学校に決めたから勉強はせえへん。でも、美容師て時間にきびしいって聞いたから、遅刻だけはせんとこ、と婆ちゃんにも誓(ちこ)うたんや。
   うち、見かけとちゃうて、シッカリもんやで。三年前にいのうなったけど、うちはお婆ちゃん子。むかしは、オカンもスーパーにパートに出てたんよ。そん頃は、年がら年中、婆ちゃんと一緒。遊んでもらっとった。オカン、そのうちデブってレジ入れんようになって、辞めさせられてしもた……。
 チーンッ。食パンのこんがり焼けた匂い、朝はやっぱり、これやわ。美味しそうなのと、時間がないのとで、思わず足踏みしてしもた。
「お母ちゃん、早よパンにバター付けてぇな。遅刻するで」
 ところが、けったいな動きしよる。ピンク色のパジャマ、はち切れそうにまとった体をくねらせて、ほっぺに手当ててモグモグ言う。
「口ん中が痛くてたまらん」
 聞き取りにくいのを、何とか理解したけど。こりゃ、あかん思うて、自分でパンをつかんだんや。ハムものっけて、
「どないしたん?」
と尋ね、大口あけてトーストを頬張った。
「昨夜な、あんたが、早よ夕飯しまいにせえ、言うさかい、残りの餃子三ついっぺんに食べたんよ。……ほんでガブリッ、舌の横っちょ、噛んでもうた。……血出て大変やった。また口内炎や。しんどいでぇ」
 うち、急いでパン嚙みよってたやろ。そんで口とんがらかして、
「ええ加減にしいや! 人のせいにしよって」
と怒鳴ったんや。次の瞬間、頬のうち側の肉な、うえ下の歯に挟まれて、ブスッと穴あいた。「ギャッ」て呻いて、あわててティッシュ口ん中に放り入れた。ようけ血が滲んでた。嫌やわ、うちも口内炎に好かれちょるらしぃ。
「オカン。先月も口噛んで口内炎なって、痛(いと)うて薬、買うたやろ、どこ仕舞ったんや」
 もう『遅刻せえへん誓い』どころの騒ぎやあらへん。ごっつう遅刻して学校行ったで。
  その日の真夜中のことや――。夢か幻か知らんけど、枕元に婆ちゃんが現れて。うれしそうな、あきれたような顔で言うんよ。
「やっぱりなぁ、柳川家の女は、みんな口内炎に愛されよるんや」
 うちは固まって動けへん。口だけパクパクしてた。婆ちゃん、正座して姿勢を正すと、
「わいが天国に来たのも、口内炎がごっつ悪うなって、誤嚥性肺炎にかかったのが原因やった。そこで『口内炎予防家訓を遺したんや。仏壇の奥に奉じてあるさかい、心して読みぃ! さいなら」
と、マジな調子で言って消えてもうた。
 翌朝いっちゃんで、仏壇から黄ばんだノートの一枚をとり出した。サインペンの丸文字で、こう書かれてた。 
  『実はな、あんたとオカンは、ほんまの親娘やあらへん。内炎かんけい
   なんや、口の。堪忍な……』 
 
 オカンは性格、真逆やし、好かんけど。お婆ちゃんは、好きやわぁ。かいらしやないの。                             (了)
 

 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?