ヒーローの孤独 アンパンマンの歌詞について

アンパンマンの歌詞に「愛と勇気だけが友達」というフレーズがあります。
昔から、これについての解釈はなされているだろうけど、改めて、今ここでやってみることにします。

まず、この曲における登場人物を考えていきます。
次に、この歌詞の話者を定義していきます。テクスト分析においては、作家、作者、話者を区別する。大雑把に言えば、個人としての書き手が作家、作品を書いた人としての書き手が作者、そして物語の中で物語を語る人が話者となります。つまり、最初に話者を定義することは、この物語は誰の視点で語られているかを定義することです。視点を定めることで、物語がどう語られるかを客観視するのです。
そして、最後に「愛と勇気だけが友達」とはどういうことなのか、考えていきます。

登場人物について

歌詞においては、人称は「きみ」という言葉が全体を通じて使われています。そして、この「きみ」はアンパンマンです。

ああアンパンマン やさしいきみは

とサビで歌われていることから、そう読み取るべきでしょう。なので、この曲はアンパンマンに語りかける形になっている。
そして、登場人物はアンパンマンの他は「みんな」となります。そしてこのふたつは対になっています。全体として、「きみ」が「みんな」に何かをするものとなっている。例えば、「おそれないで みんなのために」「行け みんなの夢守るため」など。

ここまでで、大まかにアンパンマンがみんなに何かをする、という構造が見えてきました。そして、その状況に対して、「きみ」とアンパンマンに対して語り掛ける人がいる。「行け」という命令形の動詞である点からも、アンパンマンへの語りかけとなっていることが分かります。

そして、この「きみ」と語り掛ける者、それこそ、この歌詞における話者となります。

話者は誰か

さて、この歌詞は、やなせたかしさんが書かれています。アンパンマンの作者です。歌詞の作家、作者はやなせたかしさんとなります。本来、作家としてのやなせたかしさんんを考える必要がありますが、割愛します。

さて、物語の話者ですが、ふたつの可能性があると考えます。
ひとつはやなせたかしさん。作者が自身の作ったキャラクターへ話しかけるもの。もうひとつは、神の視点です。

まず、やなせたかしさんの視点として考えます。
手がかりとして、感情表現である「いやだ!」と歌われているふたつの箇所を考えたいと思います。

なんのためにうまれて なにをしていきるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!
なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ わからないままおわる そんなのはいやだ!

このふたつの文は、1番と2番の歌詞ですが、対になっているものとして考えるべきものでしょう。そして、このふたつの文は、あくまでもアンパンマンへ話しているものとして考えるべきものです。というのも、「きみ」と言っていることから、対話の先はアンパンマンです。だから、アンパンマンの幸せは何か、アンパンマンの存在意義、幸福について考えているとすることが自然でしょう。

だとするならば、やなせたかしさんが、自身の作ったキャラクターの存在意義、幸福について、何かしらの答えを見つけたい、そういう意味の歌詞と考えられないでしょうか。

しかし、これには少し難点があります。
アニメの歌詞という場でやなせたかしさんがアンパンマンに語り掛けるのでしょうか。そうした、創作のノートのようなものを、公のものとして残すことには少し違和感を覚えます。
また、作者自身が存在意義に疑問を呈することがあるのだろうか?という疑問があります。このキャラクターは、なぜ生まれたのか、その意味を見つけてあげたい、と作者が考えるのでしょうか。

そういうことを考えると、やなせたかしさんが語り掛ける、という案は少し弱いように思います。

神の視点として考えた場合はどうでしょうか。
このふたつのシーンは、台詞のように読めます。

なんのために生まれて何をして生きるのかこたえられないなんそんなのはいやだ!

これは、誰かの心理状態を書いている、と考えられます。そしてそれが誰か、と言えば、アンパンマンでしょう。物語には、アンパンマンと「みんな」しか出ていません。「みんな」が悩むことはありえないから、アンパンマンが悩んでいる。しかし、この読み方も「きみ」と言っているところが少し引っかかるわけです。

なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ わからないままおわる そんなのはいやだ!

「きみ」をアンパンマンとすると、アンパンマンの幸せについて、アンパンマンが考えるのでしょうか。では、「きみ」を別の人として考えてみます。そうなると、ここでの「きみ」は他の登場人物である「みんな」になります。「きみ」という二人称に「みんな」という意味にするのは少々難があります。だとすると、やはり「きみ」はアンパンマンとなる。そうなると、上の台詞のようなものは、台詞として読めなくなる。

では、間接話法として考えればどうでしょうか。

かなこが、かなこの飼っている猫はかわいい、と言った。
かなこが、「私の飼っている猫はかわいい」と言った。

意味は同じですが、「」で会話を表すのを直接話法、地の文で表すのを間接話法と言います。ここでは、間接話法を用いていると考える。
そうであるならば、「きみ」はアンパンマンでありながら、アンパンマンの心理描写として考えることが可能でしょう。神の視点であれば、キャラクターと同化して、キャラクターの心情を語ることができる。

そのように考えれば、やはり、神の視点で書かれている、と考えるのが自然なのではないか、と思います。

いきるよろこび

さて、ここまで書いて、話者は神の視点であるとしました。もっと言えば、アンパンマンの世界の神と言ってもよいでしょう。

ここで、「きみ」と「みんな」という対を考えます。
アンパンマンは「みんな」とは違う存在として描かれています。
「みんな」に入れない孤独な存在として描かれている。

アンパンマンはどういう存在であるのか、考えるために、「きみ」に使われている動詞を集めてみましょう。
サビにおいて、「やさしいきみは 行け みんなの夢守るため」と歌われます。「だからきみはとぶんだ」とも書かれます。そして、直接動詞として書かれてはいませんが、「どんなてきがあいてでも」というフレーズからは、戦うことが想起されます。何かから「みんな」を守り戦う存在として「きみ」が描かれる。

この「どんなてきがあいてでも」というフレーズは、「いきるよろこび」と対立する形で置かれています。「むねのきずがいたんでも」と同列として考える。
同じように、マイナスのイメージで語られるのが、夢を忘れることと涙をこぼすことです。

わすれないでゆめを こぼさないでなみだ

この直後に「だからきみはとぶんだ」と歌われます。「だから」というのは、理由です。アンパンマンがとぶ、これは守り戦うために向かうことと考えます。理由はなんでしょうか。みんなが夢を忘れることや涙をこぼすことを阻止するためです。そのために敵と戦う。

ここで、例のフレーズへと話を進めてみたいと思います。

そうだ おそれないで みんなのために あいとゆうきだけが ともだちさ

「きみ」は「おそれないで」戦うことを求められます。恐れることの反対語は何でしょうか。ここで、勇気が出てくる。おそれないで、と語りかけるのだから、「きみ」は何かに恐怖を抱く存在です。恐怖に立ち向かう、恐怖に対立するものとして、勇気が使われている。

では、愛は何でしょうか。勇気と同列の物として扱われているから、内から湧くものとして考えることが自然でしょう。つまり、アンパンマンが誰かを愛する。それは誰か。別の登場人物である「みんな」でしょう。そして、だからこそ「みんなのため」と歌われるわけです。

サビのフレーズは、「そうだ うれしいんだ いきるよろこび」です。「そうだ」は感嘆、その後に感情を表す言葉「うれしいんだ」が来ます。そのうれしさは「いきるよろこび」です。アンパンマンの生きる喜びは、何でしょうか。歌詞の中で、存在意義や幸福について悩む描写と「きみ」がやることが提示されてきました。

何かから「みんな」を守り戦う。
これが、アンパンマンの生きる喜びなのでしょう。

愛と勇気

少し、整理します。
ストーリーとプロットという言葉があります。
ストーリーは、物語を時系列に並べたものです。
一方で、プロットとは、物語を語る順番のことです。
アンパンマンの歌詞をストーリーとして考えると、

自分の存在意義や幸福について悩む
いきるよろこびを見出す

となるのではないか、と思います。
つまり、この話は、ヒーローの葛藤について書かれているのではないでしょうか。よろこびと言いつつ、「むねのきずがいたむ」とも言っています。プラスの面とマイナスの面がある。それでも、自分が守り戦うことが生きる喜びである。
そして、ヒーローであるアンパンマンは、「みんな」とは区別されます。孤独な存在であるアンパンマンがよりどころにするのは、「みんな」への愛と、敵を恐れない「勇気」なのです。

では、なぜ、「だけがともだち」と書くのでしょうか。
「ともだち」という言葉は、仲間に通じる言葉でしょう。しかし、この歌詞の中では、アンパンマンには仲間がいません。「みんな」と区別されているからです。ヒーローとしてのアンパンマンは、「愛」と「勇気」とだけ親しめる、ということなのではないでしょうか。そして、それをマイナスの言葉である「だけ」を使うことで、ヒーローの孤独が際立つのです。

ヒーローは愛と勇気を拠り所とした孤独な存在である。

これを端的に書き表したのが、「愛と勇気だけが友達」ということなのではないでしょうか。

まとめ

本当のところはどういう意図だったのかは分かりませんが、文字の上で考えた結果。私は「ヒーローは愛と勇気を拠り所とした孤独な存在である」ということを表しているのではないか、と考えました。

皆様方はどのように考えますでしょうか。なつきさん。たてみんさん。ご意見お待ちしておりますね(圧)。具体的には、食堂のノート1ページずつくらいの(圧)。

それでは、みなさまごきげんよう。
おやすみなさい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?