だらだら
久しぶりに、アフィクロに来た。ジェニファーは以前にましてうるさくて、レオルさんの髪は赤紫になっていた。賑やかな店内。また、通ってくれたらいいんだけどな、という言葉に、コンカフェを引退したからな、ということは言えなくて、でも、たまには通ってもいいのかな、という気分になっている。
どこかに、ちょっと寄る、そういう場所がなくなった。極端に話す相手が減ったと思う。金を介した仲だから、と自虐的に言ってみる。でも、その軽さがむしろいいのだと思う。日常の人間は、予測誤差が大きい。コンカフェでは、それが比較的小さい。その小ささ。気楽さ。考えることを放棄していると言えばそれまでだけど、余計なことを考えずにいられる。どうでもいいテレビを延々と流し続けるように、YouTubeや TikTokを延々と見てしまうように、どうでもいい時間を過ごすの考えなさも必要なのかもしれない。
そこが、コンカフェである必要があるのかは分からないけれど、日常の中の逃避先の無さというのは、別の意味で息苦しさなのだと思う。
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