Scalability(適用の柔軟性)とは

会計上の見積りの監査の改正案資料を見て、不思議に思ったことがあります。

Scalabilityを「適用の柔軟性」と訳しているところです。資料12頁には次のように書かれています。

改正後の監基報540では、リスク評価手続及びリスク対応手続に関して、「適用の柔軟性(scalability)」という見出しを適用指針に付 け て 明 示 し た 。 ( A20 項及び A84 項参照)

Scalableを調べてみると、次のような意味があります。

〔コンピューターが〕拡張可能な、拡張性のある
〔文字が〕拡大縮小可能な
〔秤で〕量れる
測定[測量]可能な
〔山が〕登れる

考えても「柔軟性」という言葉が出てきそうにありません。
そこで、原文であるISA540および改正の経緯の資料に当ってみることにしました。

"Auditing Accounting Estimates and Related Disclosures Including Conforming and Consequential Amendments to Other International Standards”には、ScalabilityのBackground(背景)において次のように書かれています(和訳はDeepLの役に手を加えたもの)。

ED-540の開発を通じて、IAASBは、中小企業の監査における不必要な影響を最小限に抑えることを目的として、IFAC中小企業実務者委員会やその他の関連する中小企業実務者との継続的な対話を行ってきました。
(EDは 公開草案)

上のとおり、もともとはScalabiityは中小企業への配慮のために考えられています。そのような会社においては、複雑な見積りは少なく、単純な見積りが多いということでしょうか。公開草案へのコメントでは、次のように書かれています。

ED-540が十分に拡張可能(Scalable)ではないと指摘した人たちは、EDが「単純な」会計上の見積りには複雑であり、相当なレベルの文書化が必要になるなど、リスク評価の要求事項が単純な会計上の見積りには負担が大きすぎるとコメントしていることが多い。

Scalableではないという指摘は、この基準自体が複雑な見積りを前提として作られていることを示唆しています。また、IAASBの決定には、IAASBは「Scalableであることが必要であり、すべてのタイプの見積りに対してScalable」であることを示すために、スペクトラムなリスク評価を導入したことが書かれています。

そもそも、IFRSは国際間の比較のために作られています。そして、その対象は上場会社です。もともと、IFRSが上場するような会社のための基準であるため、ISAも上場監査を前提としています。そのため、見積りも最初から複雑なものを想定して作られているのでしょう。

以上を考えると、Scalabilityとは「適用の柔軟性」ではなく、「適用の(中小企業や単純な見積りへの)拡張」でしょう。誤訳とは言いませんが、前提が違っているように思われます。きっと翻訳時に文脈に合う言葉を探して、「柔軟性」に行きついたのではないでしょうか。

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