会計の評価方法の歴史について

現代の会計では、取得価額による原価評価が原則となっています。しかし、かつては、時価評価が原則でした。

明治期に吉田良造によって書かれた『会計学』によれば、「流動資産とは、短期の使用又は販売により収益するため買入れたる資産の総称にして、此種の資産は其現在価格即ち時価を以て評価の標準となす。」[1]としています。ただし、保守的思想から、時価が取得原価より多き場合は「理論上の一致を無視して斯る場合には原価計算主義を採用」[1]するとしています。
つまり、流動資産は時価評価するものの、保守主義の観点から、取得原価よりも時価が高い場合には原価評価をする、としています。なお、当時の商法が時価評価を基礎としていたようです。
時価評価を標準とする理由としては、「流動資産は固定資産のごとく永久に所有するものにあらずして直ちに使用又は販売して現金に変形するを目的となすものなるが故、計算上常に必要なるは現在の価格にして、事実其買入価格に変動を生ぜし限り最初の原価は現在に於て最早何等の必要なきなり。」[1]と記述しています。要するに、流動資産はすぐに使用または販売するもので、必要な情報は取得原価ではなく現在価格です。

なお、明治期にはすでに流動資産と固定資産を区別していますが、さらに古い会計ではその区別はなかった(していなかった)ようなので、全面的に時価評価だったと思われます。渡邉泉によれば、簿記は信頼性の観点から取得原価を基礎とするものの、発生当初から取得原価の修正として時価評価が行われていたようです。

このように、13世紀初頭にイタリア北方諸都市で発生した複式簿記は、その発生当初から時価によって取得原価の修正を行ってきた。いわば、時価による測定は複式簿記の発生と同時に登場し、17世紀、18世紀のイギリスで出版された多くの簿記書の中で、時価による評価替えの会計処理法が詳細に述べられている。[2]

ただし、当時の時価評価はあくまでも取得原価の延長であったようです。

いうまでもなく、取得原価というのは、取引時点の時価、すなわち取引価格(市場価値)なのである。この取引価格が決算時点では過去の価値を示す取得原価に変容する。それ故、取引価格としての時価と取得原価は、単に時間軸の相違によって生じる表象上の相違に過ぎず、市場価値は、本質的には取得原価と同質なものとして位置づけることができる。[2]

すなわち、取得原価を標準とするものの、取得原価に"含まれる"時価評価が行われていた、ということでしょう。例えば、13世紀には貸倒による債権の切り下げや15世紀にも固定資産の評価替えが行われていたようです。東インド会社では商品を売価(時価)に置き換えたりもされていたようです。
一方、西谷順平は、時価評価を標準とし例外的に原価評価を行う処理として述べています。

実際、コンパニ―アは、もともとの契約書上、期間の定められた商業組織であって、期間が終了すれば利益を分配して解散するという建前であった。それが、出資資本がそのまま据えおかれ、同じメンバーによって新しい契約が再締結されることによって、継続性をもっていったといわれる。そこで重要になるのは、会計上、そこではどうしても清算=再投資の擬制が必要になるという点である。[3]
清算=再投資の擬制のもとで分配可能利益計算が行われていたが、「支払いの不可逆性」のために、組織が大きくなってくると、下方バイアスをかけるインセンティブが生じていた。そして、それが、決算において「原則としての時価評価、例外としての原価評価」という意味での低価法採用につながったと同時に、実務における名目資本維持の萌芽になったと考えられた。[4]

清算=再投資を行うのに、時価評価が原則となるものの、保守的であるために、増価は認識せず例外として原価評価する、ということです。明治期の評価はこちらと同じものとなっています。

想像ですが、発生当初は、信頼性のある原価評価が行われていたものの、この原価は時価による修正を伴うものだった、これは実質、時価評価を原則として保守的な原価評価を行うものと同じであり、むしろ後者として理解されるようになっていった、そして、それが日本に輸入され、商法や会計書に影響を与えるようになったのではないでしょうか。

現代会計は、原価評価が標準となってますが、100年ほど前は時価評価であり、標準的な評価方法が違っていました。しかし、時価評価でも、保守主義を通して原価評価を行うため、現在の会計と会計処理は大きく変わるものではなかったようです。とはいえ、根本の考え方が違っているために、当時と今の会計では違いがあったのでしょう(減価償却はまさにそうかもしれません)。


[1] 吉田良造『会計学』同文館、1910年、72頁。
[2] 渡邉泉 編 『歴史から見る公正価値会計』森山書店、2013年、140頁。
[3] 西谷順平 『保守主義のジレンマ 会計基礎概念の内部化』中央経済社、2016年、58頁。
[4] 同書71頁。

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