3名の予約

その日、南龍亭に予約客がやっていた。

髪を真っ黒く染めた初老の女性。服装は地味目な色で、黒いハンドバックが穏やかに光っている。にこやかに、店員と少しを話をして、テーブル席に通される。3名の予約だから、あと2人、来てないのだろうか。カバンからスマートフォンを出して、なにやら操作してから、店員さんに注文をお願いする。店員は水とおしぼりを置く。誰もいない席にもふたつ、水とおしぼりが置かれている。

奥から、白い制服の若い男性がやってくる。親し気に話しかける。

「来てくれてありがとう、おばあちゃん」
「ともやが就職したところを見てみたくて、押しかけてごめんね」
「いいよ。ありがとう」
「ともやが社会に出るくらい大きくなってくれて、おばあちゃん嬉しいわ。ふたりにも見せたいわ。こんなに立派に」
「そうかな」
「本当にりっぱになって」
そう言って、少し涙ぐんだ祖母の方を、やさしくさする。
「とにかく、今日は来てくれてありがとう」

話している間に、注文していた料理が運ばれてくる。タンメン。湯気の中に、野菜が鮮やかに脂で彩られて、塩味の滑らかなスープに揺らめいている。「またあとでね」と男性が厨房へ戻っていった。スマートフォンを置いて、タンメンを食べる。さわやかに、野菜が音を立てている。艶やかに麺が踊る。塩味がやさしく口の中に溢れる。スマートフォンの画面には、中年の男女の写真。笑っている2人がいる。

タンメンを食べ終わって、メニューを広げ、店員を呼ぶ。ふたつのコップは汗をかいていて、誰にも触られぬままに、水たまりを作っている。おしぼりは静かに、ビニールに包まれたままで、テーブルに置かれている。

杏仁豆腐が来た。白く、滑らかに、震えている。スプーンですくって食べる。ねっとりとほろ甘さ。

「かあさん、ごめん」
中年の男女がやってきた。
「もう、遅いわよ。もう食べ終わっちゃったわ。」

3名が通されたテーブルの上のコップの中で、溶けた氷がカランと音を立てた。

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私の個人的な身辺雑記

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