変身する生身

仕事が終わって、渋谷方面へ。電車が遅い。みっぎゅん出番まであと少し。急ぐ。実弾がないことが分かっている。どこかで補充しなければならない。銀行へ行こうと思ったが、遠回りになる。コンビニ、コンビニか。なるほど。コンビニでお金をおろす。明日にも備えて。

扉を開けると、すでにみっぎゅんが踊っている。かろうじてみっぎゅんのソロステージに間に合った。どこでお金を払うのか戸惑う。横目でみっぎゅんを見ながらお金を払う。少し前になつきさんがいる。見入りながら、ピンクのサイリウムをふりふりしている。みっぎゅんは黒いワンピースで飛び跳ねて、初音ミクの歌を踊っていた。そういえば、踊るのが好きと言っていたな。
僕のイメージは、なぜかハッピージャムジャムで止まっている。今日のみっぎゅんは、ハッピージャムジャムよりポップでロックでかわいいなみっぎゅんだった。少し、低い音の混じった声は、食堂での彼女と比べて、大人びて聞こえた。

みっぎゅんは、ライダーベルトで変身をしようする。なにか、カードかメダルが吹っ飛んでいった。ウルトラマンと殲滅の時に言ってたから、別の何かかもしれない。

変身。生身の人間からアイドルへ。生身の人間からキャストへ。その根本には常に、生身のみくがいる。みくは、きっと、真面目でまっすぐで頑張り屋な良い子だ。ありきたりの言葉が並んでしまったが、心からそう思う。まあ、あくまでも、主にキャストとしてのみっぎゅんを透かして見たみくであり、僕の見る目が正しければ。の話だが。

いくつかの演者がステージに上がる。目の端に、たてみんさんがステージ脇に立ってそれを見ているのが映る。なつきさんが出てきて、たてみんさんとキャイキャイしている。こちらを見た気がした。

客席で、真ん中行けよ、せっかくなんだから、とオタクたちの譲り合いが行われる。押される背中に「一生みく推し」と書かれている。
愛だと思う。そうした愛し方は、僕にはできないな、とも思う。
殲滅のディストピアが始まる。みっきゅんは、先ほどのニコニコしていた表情から一変して、物憂げだがきりっとした表情で、舞台に立っている。
「古井戸があるんでしょう?」「ないよ?」
「離れがあるでしょ?」「ないです。」
コルダでそんな意味不明な会話をしたときとは全く違う表情で、ふとももにつけられたガーターリングとそこから靴下に伸びるギラギラとしたラインがエロティックな雰囲気を醸し出している。

みっきゅんが口上を叫ぶ。
いつもより重く、攻撃的なその声。
あの時、デビューライブを見た時よりも洗練されている。

そう。デビューライブ。
あれを見て、僕は食堂にとどまった。
完全に捨てなかった。
あれが無ければ、今見に来ることはなかったろう。
縁だなぁ、と思う。

挑発的に、煽動的に、みっきゅんが叫び、語り、歌う。唐突に。本当に唐突に。みっきゅんの声に懐かしさを感じる。どこかで聞いたことがある。みっきゅんではない誰か。物憂げに語るときのみっきゅんの声。この声。
そうだ。ほかたんだ。ほかたんに似てるんだ。懐かしい。ロリと呼ばれたほかたん。まだ高校生だった。今も、舞台で小学生を演じてランドセルをしょっていた姿が似合っていた。
みっきゅんも、合法ロリということなのだろうか。みっきゅんの話口調は幼さがある。殲滅のディストピアでも、口上には幼さの残る声で叫んでいる。少女然とした美少女がドSに投げかけてくる。でも、それだけではない魅力がある。

みっきゅんが頭を振る。ツインテールが踊る。この頭を振るのは、ビジュアルやメタルではよくやられるのだろうか。あまり分からない。それでも、みっきゅん様に「やればできるじゃん」と言われた。実際には、僕は何もしていないけれど、うれしくなる。デビュー時に比べて、人数が半減したが、全体に洗練されたように思う。みっきゅんも、表情だけで、みっきゅんというキャラクターになり切ったみくの顔を見るだけで、その裏にある努力が思われた。頑張ってきたんだなと思う。そして、これからも頑張っていくんだな、と思う。
短い付き合いだし、これから先、ずっとついていけるわけではない。いつかお別れをする。それでも、僕はどこかで君を応援するだろう。がんばれ、と遠くから思うだろう。

曲がすべて終わる。
並んで、告知をしている。
「今年の抱負は?」
「豆腐?」
「豆腐じゃないよ、抱負」
「あ、抱負か」
そんなボケボケなみっきゅんもかわいいのである。
挨拶をして、殲滅のディストピアは舞台の端から裏へはけていく。
その直前に、みくは舞台の方へ向き直る。
そして、深々とお辞儀をする。
「ありがとうございました」
そう言って。

こちらこそ。
ありがとう。
生まれてきてくれて。
ありがとう。
アイドルになってくれて。
ありがとう。
食堂にやってきてくれて。
ありがとう。
僕と出会ってくれて。

物販が始まる前に、表へと出る。
あの時は春だった。
今日は冷たい雨。
冬がすぐそこまで来ている。
お誕生日おめでとう、とつぶやいた声は、白く夜空へ溶けていった。

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