努力と偶然性
「ふたつよいことさてないものよ」というのが、河合隼雄の言葉であります。そこから、少し、連想的に考えてみる。
ものごとは、努力による自分でコントロールできるものと、他者(人に限らない)による偶然性との側面があって、他者性を強調すると「ものごとは運だ」ということになる。人事と天命、天命にフォーカスすれば、偶然の幸福を喜ぶことになる。
別の観点で言えば、動くことが最善とは限らないが、ついつい人間は動いてしまいたくなる。動かないこと、他者に任せること。あえて能動的な言い方をするなら、「耐える」だったり、「待つ」だったり。この場合、明確な「頑張り」ではない、別の形の〈頑張り〉に重要性が生まれてくるのでは。
アイドルが売れる、ということも、もっとミクロに考えて、バズるということも、偶然である。とするならば、いかに「他者を支配するのか」という問題になるのではないか。運を味方につけること。偶然を操作すること。
その意味で、バズの再現は偶然性をいかに定式化するか、ということになる。
森岡毅の『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』では、マーケティングの考え方を書いている。確率の高い範囲を様々な情報から特定して、そこに全力で資源を投下する。成功がほぼ間違いないと思われるハリーポッターのために、いくつかの策を行う。キッズのスペースや、ハロウィンナイト、世界一のクリスマスツリーなど。調査を行って、確率の高そうな施策を全力で行う。
例えば、若い女性への宣伝ということを考える。若い女性の何を刺激したいのか、というところがある。刺激によって欲望が刺激され、それにより行動に移る。それを考える。
そもそも、見てもらえる人がいないといけない。でも、それ以前に、見てもらえる対象となる人たちを考えないといけない。見込み客。その中から、初見のお客さんがいる。
こういう商品はこういう属性の人が好む。その中でも、こういうお客さんに来て欲しい。そういう調査を必要とする。例えば陽キャはインスタにいる。だから、インスタを攻める。とはいえ、若い女の子だけ見てもらえればいい。より、ターゲットを絞っている。だから、そこに接触が多そうな人を使って宣伝をする。例えばインフルエンサーに依頼をすることになる。
いろいろ飛ばしているところはあるけれど、ここだけで、いろんな変数が出てきている。宣伝の届いた割合をリーチ割合と仮にすると、
リーチ割合=(見込み客数÷母数)×宣伝を見る割合
になる。宣伝を見た、というだけで宣伝を見る割合という他者性がある、その中で、実際に試すのが何人だろうか。
ライブだと、行ってみようかどうしようかという選択の俎上に乗る、購入する、実際に行く、といった選択がなされてくる。ここまでで、一見さん、初回客になる。
では、このあと、リピートして頂くにはどうするか、という次のステップになる訳だけど、いろんな偶然に左右されている。
だから、努力だけではどうにもならないところがある。でも、努力はしなければならない。どこが確率が高いのか、冷静に調査をすること。そして、実際の施策の実施においては、熱を持って、きちんと仕上げること。すべてにおいてそうだ、とは言えないけれど、例えばTikTokなどでは施策回数が多ければ、バズる可能性も高くなるのではないか。数多くの、優良なコンテンツを、相手に届くような方法で伝えること。サムネは、見たいと思わせるためのポスターのような役割を果たしている。
成功というのは、偶然と努力で成り立っている。努力だけでは成功できるとは限らない。努力には、冷静な準備と熱烈な実行がある。
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