監査報告書の歴史①

古い、昭和50年代の監査報告書を見る機会があったのですが、現在とは相当に変わっていました。

会社法監査対象会社と商法監査対象会社の違い

現行の会社法における法廷監査(会社法436条2項1号)は大会社が会計監査人を設置しなければならない(328条)ことから強制されています。なお、大会社の定義が「資本金5億円以上または負債200億円以上」(2条6号)と定められています。
一方、当時の商法は、『株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下商法特例)』において、金額基準で定められていたようです。

『商法特例』第二条
 次の各号の一に該当する株式会社(以下この章において「会社」という。)は、商法第二百八十一条第一項の書類(同項第三号に掲げる書類及びその附属明細書については、会計に関する部分に限る。)について、監査役の監査のほか、会計監査人の監査を受けなければならない。
 一 資本の額が五億円以上であること。
 二 最終の貸借対照表の負債の部に計上した金額の合計額が二百億円以上であること。

金額は変わりませんので、対象となる会社は基本的には変わらないと言えます。商法特例の規定が会社法になった時に特別法から一般法へ組み込まれたのでしょう。

監査報告書本文

さて、当時の商法の監査報告書は2つありました。

当監査法人は、「株式会社に関する商法の特例に関する法律」第2条の規定に基づき、〇〇株式会社の昭和〇〇年〇月〇日から昭和〇〇年〇月〇日までの第〇〇期営業年度の貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案について監査した。
この監査に当り当監査法人は、一般に公正妥当と認められる監査基準に準拠し、通常実施すべき監査手続を実施した。
監査の結果、貸借対照表及び損益計算書は法令及び定款に従い会社の財産及び損益の状況を正しく示しており、また、利益金処分案は法令及び定款に適合していると認める。
当監査法人は、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」第2条の規定に基づき、〇〇株式会社の昭和〇〇年〇月〇日から昭和〇〇年〇月〇日までの第〇〇期営業年度の附属明細書について監査した。
この監査に当り当監査法人は、一般に公正妥当と認められる監査基準に準拠し、通常実施すべき監査手続を実施した。
監査の結果、附属明細書は法令及び定款に適合して作成されているものと認める。

現行の監査報告書との違い

KAMの入る前の監査報告書と比べると、いくつか違っているところがあります。KAMが入った監査報告書は長すぎるのと、基本的な項目は大きく変わらないので、改正前の監査報告書でも比較に支障はないと思われるからです。

現行の監査報告書は「計算書類、すなわち、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及び個別注記表並びにその附属明細書」が監査対象であるのに対して、「貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案」と「附属明細書」が監査対象となっています。さらに、附属明細書は区別して監査報告書が作成されています。現行では「株主資本等変動計算書」と「注記」が監査対象となっていますが、商法ではこれらが入っていない代わりに、「利益処分案」が入っています。これは「利益処分計算書」について意見をしていたということでしょう。会社法になった際にこれは廃止され「株主資本等変動計算書」が導入されることとなりました。そうした変化でしょう。

また、正しさの表現が違っています。現行の監査報告書では「すべての重要な点において」としているのに対し、商法の監査報告書では、「正しく示す」「適合して作成」という表現になっています。いつの話だったか、どこの国の話だったか、まったく思い出せないのですが、粉飾事件があった際に、監査人が処分される事案があり、「すべての重要な点」という記載が挿入されるようになりました。監査人の責任が課題になりすぎるという理由からです。その点でいえば、商法の「正しく示す」「適合して作成」はきわどい表現であります。
(同じ年の証券取引法も「すべての重要な点」と入っていないので、この後の事件で「すべての重要な点」が入ったのかもしれません。)

さらに、現行の監査報告書は「我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠」しているかどうかに対して意見しているのに対して、当時の監査報告書は「法令及び定款に適合」しているかどうかについて意見しています。
『会計士会計学』(青柳文司)によれば、米国の監査報告書において、「認められた会計基準(accepted principles of accounting)」という字句が挿入されたのは、1932年でした。それまでは、「われわれの意見によれば」という字句が入っていたのみでした。これは英国の監査報告書に記述されていた「われわれの意見によれば」と「会社の会計帳簿にしたがって」という字句から持ってきたものです。英国における「会社の会計帳簿にしたがって」という限定はイギリス特有なものだったようです。

会社が採用する会計方法は定款のさだめる権限の範囲内で行動する範囲内で行動する取締役が随意に決定できることになっていた(中略)かかる権限をあたえられた取締役の決定をいちおう正しいものとすれば、”会社の会計帳簿にしたがって”という監査報告書の様式は貸借対照表の信頼性をうらづける根拠となるわけである。」
『会計士会計学』(青柳文司)249頁

商法自体はドイツ法典を参考にしていたので、英国の話を当てはめていいかは分かりませんが、商法の決算書も商法他法令と取締役の決定による会計方法(定款)とに依拠して作成されていたと思われます(古い話のため、商法時代の建付けは調べきれませんでした)。企業会計原則などの基準はあったはずですし、証券取引法監査においては「一般に公正妥当と認められる会計基準」と監査報告書に記載していたので、商法と証券取引法の監査報告書の記載内容は結構違っていました。証券取引法はアメリカ法を参考にしているので、そこでも齟齬があったのかもしれません。

終わりに

昭和50年代の監査報告書は現行の監査報告書とはだいぶ違っていました。KAMを導入する前のものでもこれだけ違っているので、40~50年という年月は長いですし、監査制度自体も発展途上だったのだと思いました。
なお、昭和50年代の後半に「貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案」と「附属明細書」はひとつの監査報告書になったようです。それまでは商法監査に対してふたつの監査報告書ことも興味深いですし、監査報告書の文言も非常に短いものであったのも興味深いです。当然、当時は継続企業の前提に関する追記もないですし、KAMもありません。監査報告書が徐々に長文となっていき、監査人が記載する定型でない事項が徐々に多くなっています。主に監査人の責任の範囲を明確化、監査対象の拡大、監査の透明化などの要因から字句が挿入されていき、文章も長くなっていきました。
現在の監査制度が完成されたものかは分かりませんが、会計が変わり続ければ監査も変わり、監査制度も変わっていく気もします。今後の50年で監査制度はどのように変わっていくのでしょう。

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