たぬきとわたしの虐待の話
三男は典型的で分かりやすい不良だ。闇金漫画に出て来そうな人種に、どっぷり関わる一歩手前の子供。力の強い餓鬼。
今思えば兄は私の事を、妹という存在をどう扱っていいのか分からなかったんじゃないかと思う。
一緒に遊ぶにはひ弱で、パシリにするには一人で歩かせるのが心配で、守りたいがボロボロになった姿は見たくなくて。彼女の代わりにもされたが、それも違ったんだろう。すぐに終わった。
兄は、なんとか"兄"になりたいようだった。
兄の友達から「妹は俺と違って頭も良いし凄い奴なんだって言ってたよ」と、聞かされた事がある。ニュアンス的には『そんな普通の世界に生きている妹を守りたい』とでも続きそうだった。
中学校では兄が卒業してから私が入学したんだが、気持ち悪いくらい苗字が知れ渡っていた。教師にも先輩にも同級生にも「ああ、あの」と言われる。
そして何をしても優等生扱いをされた。
遅刻しない。テストで平均より高い点数を取る。宿題を提出する。果ては、授業を受けている、廊下を走らないというだけで偉いねと言われた。歩いているって理由で褒められるなんて赤ちゃんの時だけで充分だ。
二年で転校するまで学校生活も不快でしかなかった。
ある日、時間は覚えていないが夜の事。
兄は、彼にしては珍しく無遠慮に私の部屋にきた。興奮気味に面白いものがあるから来いと言った。
「コレ、なんだと思う?」と、私に尋ねてきた。
そこには兄の友人数人に抑えつけられた中型犬に近い大きさの野生動物がいた。
「アライグマかタヌキだと思うんだけど、どっち?」
その動物は抑えつけられながらも、毛を針みたいに逆立て、歯を剥き出して、一生懸命逃れようと暴れているのがわかった。
威嚇する鳴き声と笑い声。
死にものぐるいと遊び半分。
新たな敵が来たとでも言いたげな殺気を含んだ目と、せんせいおしえてとでも言いたげな期待に満ちた目。
「尻尾がしましまなのがアライグマだよ」
心臓がドキドキとしていて、私はそれだけ吐き出した。
「おー! じゃあタヌキか!」
そう言いながら、兄はその異様な空間に戻っていった。私は何か壁でもあるかの様に近づけなかった。
私は兄の背中に「その子、どうするの?」と聞いた。答えは覚えていない。
薄く覚えているような気がするが、正解じゃない気がする。もしかしたら、声をかけてすらいないかもしれない。
とにかく、私は彼らから離れて自室に篭った。布団を被って忘れたかった。
あの、野生の『敵か、そうじゃないものか探る瞳』を、忘れたかった。
味方なんか求めてなかった。助けなんか欠片も期待してなかった。
私の目も、そうなるのかと思った。
私はその頃は死ぬ事と並行に殺す事ばかり考えていた。せっかく殺すなら自分は生きていたかったから、なんとか事故死にみせかけようとしていた。
じゃがいもの芽に毒があるのを知らないとシラを切れるのは何歳までだろうかとか、煙草の葉を美味しい炒め物にするにはどうしたら良いかとか。とか、とか。
武器になりそうな物、ゴルフクラブとかナイフとか、は兄の部屋に沢山あって、それらを使う事も考えたが、同時に『兄は別に素手でも私を殺せるのに武器もあってズルい』と思っていた気がする。
シンナーを吸ってへらへら笑っているのを見かけて『このまま死なないかな?』とも思った。リアルも中2な頃だ。
兄はその後、何かで捕まって少年院に入り、介護の資格をとって働き、そこで奥さんと出会い、結婚して子供も生まれた。未熟児で産まれたので、とても小さな子だった。
私が兄の子を抱っこしているのを見て、兄は満足そうな目をしていた。
そこから今はどうしているか知らない。
結局兄は、私が普通の世界に生きるには兄が離れる事が必須だったと気が付く事は無かった。
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