進めよ勇者。誰がために。
こちらは、雨の中でひとりさん【勇者は遅れてやってくる】
タキさん
【間に合わなかった勇者】
元木一人さん
【食事】
と引き継がれた、ある勇者の物語の私バージョンでございます。
先にそちらを読まれていると更に楽しめるかと思います。(*_ _)ペコリ
「ご〜が〜い! 号外〜! 最新号だよ〜! なんと! ついに! 勇者様が西の領区の魔物の軍団を討ち滅ぼした! 勇者様のご活躍が見たい人は買ってって〜」
新聞屋の女の子はいつもなら元気に街を駆けるが、今日は前に進めないほど人に囲まれた。
一歩だって動いていないのに、栗色のサイドポニーテールが頻りに揺れ、額には薄っすら汗をかくほどだった。
皆がそれ程に1枚の紙を求めた。
常に魔物の恐怖に晒されている人々にとって、勇者の話は希望だ。
「あの魔物の軍団、結局村を3つも滅ぼしたのか」
「可哀想に……魔物はホントに酷い奴らだ」
「勇者様が居てくれて本当に有り難い」
「何か勇者様にお礼が出来ればいいんだけどね」
その日の朗報に歓喜しない者はいなかった。
***
「いやぁお疲れさまでしたぁ勇者様」
路地裏に隠れるように声がささやかれた。声に反応してフードを深く被った男の動きが止まる。
元の色が辛うじて分かるような汚れたローブ。暗い横顔。チラリと見えた瞳は、何も映さないような闇の色だった。しかし、背筋はピシリと伸びた不思議な出で立ちの男だった。
声をかけた方の男は清潔な格好をしていて、間違っても路地裏なんかに用はなさそうだ。顔は若そうに見えるのに白髪の混じった黒髪が年齢を主張しているようだった。
そして、その横に申し訳なさそうな顔をした少年が立っている。しっかりとした作りの肩掛け鞄の紐を両手で握り絞めていた。
「ご活躍の程、きちんと書かせてもらいましたよぉ」
「早く要件を言え」
何をどんな風に書いたのか意気揚々としゃべりだしそうな男に向って、勇者と呼ばれた男は平坦な声で答えた。反応をしたのは少年の方で、ぎゅぅと紐を握り直してから鞄の中から手紙と、小さいが重たそうな革袋を取り出した。
「はぃ、それが今回の報酬と、次に向かって欲しい場所の書かれた地図ですよぉ」
闇の瞳がそれらを見て、次に、にこやかに笑う男を見た。やはり反応したのは少年で、苦痛に耐えるような顔になり、徐々に手が下がって行った。
にこやかな顔のまま男は少年の腕を取り、下がった分、勇者に突き出す。
「すみませんねぇ。国からの分と我々が出せる分を合わせてもこれだけなんですよ」
「不満は無い」
「あ、そうなんですかぁ?」
勇者が、手紙と革袋を受け取るとジャラリと音がなった。
直ぐ様、勇者は歩き出した。思った以上に早い動きで、早々に領都の門へと向かっているのがわかった。
「あの……」
少年から控えめに声がかかる。変声期になったばかりなのか、高いが掠れた声だった。
勇者の動きが止まる。
「街に留まって、休んで、いかれないのですか?」
闇色の瞳が少年を捉えたというのに、今度は少年は震えなかった。
「きっと、大変だと思うんです。想像なんて全然つかないんですけど、でも、魔物を倒す事、人々を救う事……大変だと、思うんです」
辿々しく話す少年に、勇者は微笑みかけた。酷く疲れた、しかし優しい顔だった。
「ありがとう」
勇者はまた、常人には出せぬ速度で門へと歩いて行った。
***
「なぜ、勇者は戦わなくてはならないんでしょうか」
「若いねぇ。質問が」
ポツリと呟かれた真剣な想いにあっけらかんと答えられ、少年は不満を顕にする。
「所長は不思議に思わないんですか! 勇者様だって人間なんですよ? それを休みも無く魔物と戦って。いつか倒れます。それに、あれじゃ……」
「奴隷と変わんないってぇ?」
所長と呼ばれた男は、少年が言い淀んだ言葉を引き継いだ。
事務所に戻り、一仕事終えて休憩、とばかりに男は椅子に座りこんだが、少年は机に置かれたメモ書きのような乱雑な書類をまとめていた。
男がまるで怠け者のようだが、幼い頃に魔物に襲われたせいで男の身体は傷だらけだった。生き残ったのが不思議な程で、当然男の産まれた村は地図から消えた。
故郷と家族と体力。命以外の全てを奪われたような状況で、彼は都市部の新聞屋の所長に上り詰めた。
そんな姿に憧れた少年は、怠け者なのは許していたが……。馬鹿にされればやはりの怒りは湧く。
「それに、魔物だって人間を襲いますけど、食事でしょう?」
「あーー、その考えはダメ」
「なんですか」
「人間が殺されてて食事と言い切るのは新聞屋としてダメさぁ。それに『人間だって他の動物を食う』なんて言うけど、俺達は食い散らかしたりしないよぉ。命に感謝して頂いてる」
男が両手の平を合せて頭をさげる。
バツが悪そうな少年の顔を見ないようにして、男は紙タバコに火をつけた。
「魔物は悪だよ。そして勇者は正義なのさぁ。絶対の」
「絶対の正義って」
「世の中にはねぇ、絶対ってのがあるんだよ。大体、生き物は絶対死ぬじゃないの。遅いか早いか、穏やかか理不尽かの差はあるけどねぇ。いつか絶対に死ぬ。絶対に。だが」
男は紙タバコを吸い込んで、勿体つけて吐き出した。
「完璧ってぇのは無い」
「……所長が何を言いたいのか分かりません」
「勇者の剣の力は神の御業。絶対に切れる魔法の剣。硬い魔物も一刀両断だぁ。じゃあ、それを料理に使えるかぃ? まな板ごと一刀両断だろうなぁ。何でも切れるからって何にでも使えるわけじゃない。それが、完璧じゃないって事だ」
「それがなんなんですか? 変な事を言ってはぐらかさないで下さい」
男が椅子から立ち上がり、少年のそばへと行く。はぐらす気なんて無いと言わんばかりに、少年の瞳を覗きこんだ。
「勇者は正義で、正義は絶対に折れることは無い。折れる正義は在りえない。しかし、勇者になった人間も、支える味方も、人間ゆえに完璧じゃない。だから絶対の正義がないように見えるだけさぁ。とくに、お前みたいな頭でっかちにはねぇ」
「頭に手を置かないで下さい!」
「……お前さ、もっと上に行きたいか?」
「は?」
タバコを灰皿に押し付けながら発せられた、普段聞かないようなトーンの声に少年は少したじろいだ。
「それとも俺についてくるか?」
「僕は、いつか貴方より上にいきます」
男がくっく、と喉を鳴らして笑う。
「そうかぃ。なら2つアドバイスをしてやろう。偉くなりたいなら口は固く閉じろ。それから、考えるのをやめるな」
鍵のかかった引き出しから紙の束が出され、無造作に渡される。と、同時にドアが開かれ元気いっぱいの女の子が入ってきた。
「ただいまです! いや〜今回は似顔絵もあったので飛ぶように売れましたよ〜! 凄いかっこいいですよね、勇者様!」
「おっかえり♪お疲れさま! ねぇねぇそれって俺とどっちがかっこいい?」
「勇者様!」
「即答だねぇ!そういう素直な所、大好き!」
「私はそうでもないです!」
「そっかぁ、それは残念」
とくに残念そうでもなく男は呟いた。
「でも、本当に今日は良く頑張ってくれたから、何か甘い物でも買ってあげるよ」
「ホントですか!? 所長大好き!」
「うーん、君は素直なのか強かなのかどっちなんだろうねぇ。じゃあ……ごゆっくり」
意味ありげな笑顔を少年に残して扉が閉められる。
独りになった空間で少年は渡された紙に目を通し始めた。
「魔物の特徴や出没頻度、傾向がこんなに詳しく……凄く丁寧にまとめられてる」
見れば紙束の大半が魔物のリストだった。研究者ですら喉を鳴らして欲しがりそうな情報量。
「こっちは勇者の出動依頼書……僕がこれまで勇者に伝えた場所と少し違う? でも、国王印はちゃんとしてある」
依頼書には、強い魔物が出現中、緊急性アリと書かれている。しかし、その周辺に出没する魔物をリストで確認すると小物ばかり。書かれているような4本腕の魔物の生息地など、かすりもしていない。
少年は小首を傾げる。大きな街であれば、勇者の力をわざわざ借りなくても、リストの小物の魔物くらいなら倒せる武器はあるはずだった。
「これは? 絵の販売リストか。何でこんなものまで。随分高価な絵画だな」
「ん?……大臣宛? それから買った人の名前……そうだ! 出動依頼書の街の領主じゃないか」
少年の目に力が入る。揃った点を強引に線で繋げるならば。
「まさか……大臣が勇者の力を売ってる……?」
少年は弾かれたように、扉を開けた。
乱暴に開けられたので、大きな音が鳴る。建物の出口に向ってのんびりと歩いていた所長と女の子は驚いて振り返ったが、少年はそんな二人に見向きもせず、その横を走り抜けて行った。手には先程の紙束と地図。
「……アイツ俺のアドバイスちゃんと聞いてたのかねぇ?」
「なんのことやら分かりませんが〜、所長また言葉足らずだったんじゃないですか?」
「まじでぇ? アイツならわかってくれると思ったのにねぇ。クスン」
「とりあえず、お尻触ろうとするのやめてください!」
「ねえねぇ明日でいいけど、求人出す手伝いをしてくれない?」
「? いいですけど。新たに何人雇うんですか?」
「5人」
「え? 多くないですか? いまのメンバーでもお給金ギリギリですよ」
「アイツが抜けたら5人くらいいるさ」
「えぇ〜。もしかして引き抜かれたんですか? もう所長何やらかしたんですか?」
「俺ぇ?」
男は困ったように笑った。
「……さて、アイツは誰に殺されるのか。領主や大臣系ならまだ黙らせられる。勇者ならば、矛先を大臣か俺に向けさせるか。……世界だったらどうしようねぇ?」
「なにブツクサ言ってるんですか。行きますよ〜」
「お、そうだね。何処へ行く?」
「決まってるじゃないですか」
女の子は無邪気に笑って言った。
「少年くんを引き止めに!」
裏があるのか無いのか。分かっているのかいないのか。所長は、女は怖いねぇ、なんて思いながら、同じように無邪気に笑って。
「それが1番か!」
考えるのをやめるな。と、自分自身にも言い聞かせた。
剣をふるえぬ我々が出来る正義は、そこにしかない。
勇者にされた人間を情報で支えるのだ。
姉の時は間に合わなかった。今はそれが出来る所まで来ている。
所長は白髪の混じった黒髪をかきあげた。
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