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「僕と夜のステージで。」
太陽が僕を切り裂くように照りつけるから、家から出るのが怖くなってしまった。
風のない夏の夕暮れ、街に柔らかい陽射しが差し込むと、その幻想的な風景に人々の歩調も心なしか遅くなる。
けれど、僕はその景色から外れてしまった。
当たり前の日常すら僕にはひどく難しく感じるのだ。
何が難しいのか自分でもあまり分かっていないのが、ひどく厄介だ。
自分のことなのに自分のことがよくわからなくなることがある。
だから、他人から理解されるなんて自惚れてはいないし、理解されることを望んでもいない。
たとえ理解されたとしても、僕からすればそんなことはどうだっていいのだ。
人から理解される僕なんて、よそいきの爽やかな笑顔で微笑む、僕のほんの一面でしかないのだから。
嫌いな太陽が沈むと、街は真っ黒い霧に包まれたかのように変色する。
信号の灯りが濃度を増し、すれ違う人々の顔は夜の闇にひっそり隠れてしまう。
長袖のジャケットの内側がやや汗ばみ、腕の皮膚にピッタリとくっついて離れない。
夏の夜はここからどんどん冷たくなっていく。
1日の中でふたつの季節を繰り返すように、昼と夜はまったく異なる顔をもつ。
昼を擬人化して描くなら、顔のパーツも体毛も濃くて、ガタイの良いアメフト選手のような人になるだろう。
夏の夜は、短い丈のワンピースを着た長い髪の女性の後ろ姿を描くだろう。
この例えが合っているのかどうか、全くもってわからないが、つまり言いたいことは、夏の夜が好きだということだ。
静かな夏の夜、音は何一つ鳴っていないのに僕には静寂が聞こえる。
それはどんなクラシック音楽よりも優雅で優しい音色を奏でている。
静寂こそ最上級の音楽の形なのかもしれない、なんて思ったりもした。
家に帰り、ベッドで寝転がっていると、少し暑くなってきてクーラーをつけた。
唸りとともに人工的な機械音が鳴り、冷風と轟音が一緒に出てきた。
心地の良い風が僕の脚とタンクトップから出た腕に触れ、窓際に投げ捨てたジャケットの袖を揺らした。
一時間後、僕はまた家から出なくちゃいけない。
季節が変わっても、街の風景が変わっても、この部屋の中で歳を重ねたい。
家の外は、僕を傷つけるモノで溢れている。
それらは無自覚に僕の心を傷つける。
夏の夜、痛む胸を隠して、誰も知らない一人の時間を超えていく。
太陽が月に変わった濡羽色の空の下を、悩みなんてこれっぽっちもないかのように、肩で堂々と風を切り、涼しい顔で颯爽と駆け抜ける。
誰も見ていない、僕と夜だけのステージで。
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