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参考書とジェンダー

まえがき

約1年前に提出した卒論を読みやすく書き直してみる。
書き終わったとき、達成感あったし自分にとっては興味深いテーマだったんだけど、大学のゼミ以外のお友達にはあまり読んでもらえなかった。

「友達とディズニー来た、天気が良くて最高に楽しいよ!」はみんなインスタで発表してるじゃないか。それと同じくらい、「参考書の例文に表れるジェンダー表現を調べたら社会規範や偏りを見つけたよ!」を伝えたいんだよ。
どちらも休日に好きでやってワクワクするという点では同じなので、ディズニー行ってて楽しそうだね〜という微笑ましい目でお読みいただきたい。

とりあえず堅い部分は省き、正確性も諦め、ざっくりサビだけ、軽い文体で書いてみようと思う~~


テーマ

この研究テーマを決めたきっかけ。
ある日ふと、"stepfather"のニュアンスと対訳が気になって、みんな大好き「英辞郎on the WEB」で検索してみた。まずは定義。

(「英辞郎」https://eow.alc.co.jp)

穏当である。
そして英辞郎は、定義だけでなく用例をいくつも載せてくれている。それがこちら↓

(「英辞郎」https://eow.alc.co.jp
における”stepfather”の用例)


17個載っていた。一見して、何か気付かないだろうか?
虐待する継父、乱暴な継父、非情な継父、飲んだくれ、、、
さすがに酷い意味の形容詞が多すぎないか??

分類して数えてみた。
悪いイメージ: 13個(非情、乱暴、虐待、飲んだくれ、厳しい)
良いイメージ: 2個(愛情深い)
ニュートラル: 2個(妻を亡くした、◯人の)

ひどくない…?と、思った。
たしかにさ、物語において継父がそういうキャラであることは多いかもね。
でも、実際に子供と血が繋がっていない父親や、継父と暮らす子がこれ見たら、どう思うんだろう…
または、小中学生がこの辞書で英語を勉強した時、こういうステレオタイプがより強化されるんだろうな。

これがもし、"bug(虫)"とかだったら、別にこんな非難の気持ちは湧かない。
noisy bugs(うるさい虫), annoying bugs(うざったい虫), stupid bugs(バカな虫), bugs should be killed(虫は葬られるべき), とかね!だって特定の人が傷付く可能性がとてもとても低いから。
辞書で"bug"って検索した人が「あ〜bugってこんなふうに文章で使うんだな。この表現そのまま使おう〜」って、より参考にしやすくなるよね!

だがしかしでもだけれども、
“stepfather(継父)”って単語でこれはダメじゃん、って私は思いました。今も思っています。

ということを経て私は、辞書というものがもつ規範性のことが気になり始めた。

たとえば一冊の小説において、「継父」がどう描かれたって別にいい、それは個別の作品だから。
でも辞書ってのは言葉のお手本でしょ?その単語の意味をまだ知らない人、使い方の分からない人が習う手本。
上で言った、辞書がもつ「規範性」とは、そういう意味である。

コロケーションって?

用語をほんの一つだけ!
ある単語と単語が一緒に使われることをコロケーション(co-location)、「コロケートする」という。

たとえば、
・「エビ」という名詞と「プリプリ」という形容詞(学校文法で厳密にいうなら形容動詞)のコロケーションは非常に多い。
・「ビール」と「キンキン」は頻繁にコロケートする
・「ドシドシ」というオノマトペは、「ご応募ください」以外とのコロケーションを見たことがない。

↑こんな感じで使う。
逆に、「エビ」と「キンキン」のコロケーションや、「ビール」と「プリプリ」のコロケーションはとても考えづらいよね。

ここからちょっとセンシティブかつ本題になる。
↑で説明した「コロケーション」というものについて、ジェンダー的な観点を交えて例を挙げてみたらどうなるだろう。

データ上、
「出勤」という言葉は、「夫」とのコロケーションが多い。
「家事」は、「母」とのコロケーションが多い。

まあ、社会の状況に照らせば、そりゃそうだよね。何もその現状をここでどうのこうの言おうとは思ってない。

だけど、もし、
小学校の国語の教科書に、
「お父さんは仕事に出かけ、お母さんはお皿を洗います」
「お兄さんは乱暴だけど計算が得意です。お姉さんは編み物が得意で優しいです」
「青色が好きなケンくんはサッカーが好きです。ピンク色が好きなユミちゃんはピアノが好きです」

という文ばかり載ってたらどうだろう?
国語の教科書って、日本語の文法だけ教えるってものじゃないじゃん?内容がめちゃめちゃ大事じゃん?
教室で先生がそれを読み上げて、みんなが音読して、書き写して。そうやって規範が子供に受け継がれていく。 
そういうジェンダー規範を、教科書でわざわざ子供に受け継がせていくのはナンセンスじゃないか? と思うわけです。

ジェンダー規範っていうのは、
「男性は強く、自立的で、勇敢で、出世のために頑張るものだ」
「女性は優しく、献身的で、可愛くて、愛想が良いものだ」
みたいな、社会全体が何となく抱いている、"こうあるべきだ" っていう考えのこと。

たしかに、既にあるジェンダー規範を入れないように例文を作るのは難しい。
「ケンジ君は放課後に、」という書き出しには「公園で野球をします」と続くのが自然で、「ミクさんは放課後に、」の後には「友達とお買い物に行きます」と続くのが自然だ。そう感じる観念が確実に自分の中にもある。

言葉の話からそれちゃうけど、
知り合いのところに生まれたばかりの赤ちゃんによだれかけをプレゼントするってなったら、女の子ならピンク、男の子なら水色をとりあえず買っちゃうよね。
ピンクのほうにはお花やクマさん、水色のほうには恐竜や車の刺繍が入ってるかもね。

別にそれが悪いなんて全然思ってない。ただ、社会にあるジェンダー規範を、物心もついていない子供に対して示す行為のひとつとして、この例を挙げた。

実際に調べてくれた人がいるよ

さっき書いた、教科書を通して子供にジェンダー規範を押し付けるのは良くないんじゃない?
って話、実際に調べてくれてる人が結構いるよ!
自分で調査する前に、一旦ほかの人が調べた結果を見させてもらおう。

【小学校の国語の教科書について】

2017年の調査。
物語において、そもそも登場人物の男女比が結構偏ってるらしい。
国語教科書の物語の登場人物を全員数えてみたら、男性69%、女性18%、(性別不明13%) だったんだって。
2021年の同じような調査でも、ほとんど同じ結果が出てる。

【英語の教科書について】

これは2005年の調査。
中学校の英語の教科書では、登場人物の割合が男性60%、女性40%。
さらに、能動的な性格のキャラクターとして描かれているのは男性76%、女性24%だったんだって。

【英語の辞書について】

2017年に辞書に載ってるすべての例文を調べた研究で、「彼」は「彼女」の 3.5 倍の回数使われていたらしい。
さらに、社会的地位が高いとされる職業(医師・教授・政治家など)の登場する場合、その人物は男性である場合がほとんどで、女性として描かれる例はほぼなかったんだって…。

いよいよ自分でデータを集める!

研究対象を教科書にしようか、辞書にしようか、迷った。
そうだ!あいだを取ろう!
ということで、"辞書のような形で使う参考書"を対象にすることにした。
英語の1冊と、フランス語の1冊を選んだ。時間とエナジーさえあれば、もっと複数冊、他の語学も入れて調べたかったな~と思う。

フランス語のほうは省略して、この記事では英語のほうの結果だけ紹介!

選ばれたのはこちらの参考書。

前書きには、「英語の自然な語と語の結びつきを確認して、語感を身につけ、英会話や英作文などに役立」つ、と書いてある。
全部で2500個の単語が収録されている。

さあ、いったいどんな世界観を ”自然な” ”語感”だとして載せてるのか、調べてやろうじゃないの…


数をカウントするのはこちらの単語たち!

この本、約3000個の例文が載っていた。数え漏れがないように、全例文をエクセルに打ち直して単語ごとに数を数えた。図書館の隅っこでの孤独で果てしない作業であった。。。

そして結果は!

全体としては男性63%、女性36%の割合だった。3000文のなかにジェンダー表現が4000単語登場してこの割合だから、まあまあ偏ってるね。

いろいろな発見!

そしてここからは、もっと詳しい結果を見ていくよ!

he/she、man/woman の差がすごい

例文のなかに he が使われた回数が1577回、she は805回だった。
昔は人間一般を he と言ったとかそういう歴史はあるけど、仮にそれが関係するにしても2倍はすごい偏りだよね。例文すべてに目を通した感じ、そんな使い方がされてるのは特に見かけなかったけどね。
しかし一番すごいのは、105回登場した man に対して woman はたったの9回というバカでかい偏りである。man が人間一般という意味で使われる例文も数個はあったけど、、にしてもどうした??一体何があったの…?

fatherとmother など

father と mother は全く同じ回数だった。どちらも33回ずつ。
ちなみにboyとgirlもほぼ同数で、34回と31回。
ちなみにsonは30回なのに対してdaughterは15回。

例文の内容の偏り

単純な登場回数だけでなく、例文の内容にもジェンダー的偏りがあったよ。

たとえば、crime(犯罪)や jail(刑務所)、arrest(逮捕) などの単語が登場する例文をすべて調べたところ、犯罪者として描かれているのはすべて男性だった。

cry(泣く)という動詞が使われている例文10個のうち8個で、泣いているのは女性だった。そして、tear(涙)が使われている例文15個のうちすべてで、涙を流しているのは女性だった。びっくり。

boss(上司) という単語が登場するのは19回。そのうち15回が男性だった。その部下として描かれる人物は8回のうち7回が女性だった。

個人名

たとえば、Emily, Jack, Tom などの個人名が例文には登場する。
それらの名前たちを、(一般的に)男性の名前か 女性の名前かで区別してカウントした。さらに、実在する人物も例文に登場してたから、それも区別してカウントしたよ。
結果がこちら!

こちらも偏ってますね。男性の名前は女性の名前の2倍以上多く使われている。
スポーツ選手や政治家、芸術家などの実在する人物に至っては、男性が女性の9倍も多く登場してた。ちなみに回数の多かった人物を載せとく↓

Barack Obama(男性、政治家)12 回
Tiger Woods (男性、スポーツ選手)4 回
David Beckham(男性、スポーツ選手)4 回

Lady Gaga (女性、歌手)2 回
Madonna(女性、歌手)2 回
Mao Asada(女性、スポーツ選手)2 回


英文と和訳を比べてみたら

ここからは、単語の登場回数とは関係なく、英文とその和訳を比べてみて発見したことを書いていくよ。
英語の一人称って I だけだけど、日本語の一人称って種類がいっぱいあるじゃん? 私、僕、俺、あたし、拙者、とか。二人称も、英語は you だけなのに日本語には何種類もあるよね。君、あなた、あんた、お前、貴様、てめえ、とか。
だから、英語では単に I, you としか書いてないけど、和訳の文には多種多様な一人称・二人称が選ばれてることがあって、それを調べるのも興味深い。

(例)OK. The moment of truth! Will you marry me?
  さあ真実の瞬間だ。ぼくと結婚してくれるかい

『プログレッシブ英語コロケーション辞典』

↑この例では、結婚を申し込んでる側の me を「ぼく」と和訳している。プロポーズするのは男性側だというイメージ(そうすべきという規範)から、筆者が「ぼく」という一人称を選択したんだろうね。

(例)Don't point that gun at me! It's dangerous!
おれに銃を向けるなよ。危ないじゃないか

『プログレッシブ英語コロケーション辞典』

↑こちらは、銃を向けられて反抗している me を「おれ」と和訳している。
銃のイメージと結びつきやすいのは、どちらかといえば男性なのかな。
ちなみに、主に男性が使うとされる「ぼく」「おれ」は何度も出てきたけど、主に女性が使うとされる「あたし」「うち」は一度も出てこなかった。

一人称・二人称だけじゃなくて、they もあるね!英語では性別を区別せず they って言うけど、和訳するときは「彼ら/ 彼女たち」のどちらかを選ばなきゃいけない。
今回調べたすべての例文のなかには they という単語が95回登場したんだけど、「彼女たち」という和訳をつけている例文はなんとゼロ個だった。
they (が物じゃなく人を指している場合) のほぼすべてが「彼ら」となってた。「二人」とか「やつら」も少しだけあった。

この参考書の筆者が男性であることも、関係してるのかな…?

英語にないけど日本語にはあるジェンダー表現として、人称のほかにも、語尾があるね。

(例)You are without doubt the most handsome man in all the world.
あなたほど顔立ちがきりっとした人は世界中を探しても絶対いない

『プログレッシブ英語コロケーション辞典』

↑は「~わ」という語尾から、女性のセリフだと推測できる。
まあ、男性でも現実の話し言葉では「~わ」って言うし、女性でも「~だろ」ってぜんぜん言うよね。女性でも「~かしら」「~だわ」は言わないし。でも、物語のセリフにおいてはまだ、男女固有の語尾として扱われてるよね。だからここでも、現実世界の言葉遣いではなくフィクション世界での言葉遣いを基準にカウントすることにしてるよ。

Oh, Wendy. Good choice.
まあウェンディ、いいのを選んだわね

(例)Oh, look! You spilled milk all over the table!
おい。テーブルじゅうに牛乳をこぼしてる

『プログレッシブ英語コロケーション辞典』


おわりに

今回は1冊の参考書に出てくるジェンダー表現をすべてカウントし、男女間に掲載回数の大きな偏りがあることが分かった。でも普通に参考書として勉強に使ってるだけでは気づかないはず。こんな風に、ジェンダーバイアスは一見するだけでは気づかないような形で隠れてることがある。
そして、模範となる文には男性が登場しがちだとか、政治やスポーツは男性が主として活躍する場であるだとか、そういう言語体験を学習者自身も気づかぬうちに積み重ねさせる。そうやって、人々を縛っているジェンダー規範という縄を、よりきつく締めることに加担しているのである。

「涙」「泣く」の主体がほぼすべて女性だった件

「女性は感情的ですぐ泣く」って決めつけてるのか!って怒りたいわけではない。そういうステレオタイプを強化することは女性にとって不利益だろうっていう批判もできるし、
それと同時に「男性は感情を抑えるべき。泣いてはいけない」という規範を助長することが男性にとって不利益だろうっていう批判もできる。
どちらにせよ、固定観念はみんなを不自由にしているものだと思う。

おわりに of おわりに

今回は、男性・女性を示す表現のことをジェンダー表現と呼び、二項対立で書いてきた。でも、「ジェンダー」というのは本当は、男性・女性という単純な二分じゃなく、多様な性の在り方を含む概念だと思う。
研究対象とした 2 冊の参考書にも、先行研究が扱ってた辞書・教科書にも、男性・女性という2種類の性別しか登場してなかった。
参考書・辞書・教科書は、ほかの書籍とは違い、学習者に対して規範としての影響力をもつんだってことを強調してきたつもりである。だからこそ、男性・女性間のギャップが埋まることはもちろん、さらに、性別二元論および異性愛規範に支配された現状についても考え直されるべきだと思う。このような規範から解放された例文たちが、ごく自然に辞書に載るような社会になったらいいな、と思ってる。


It is time that we all perceive gender on a spectrum, instead of two sets of opposing ideals.

——— Emma Watson, 2016年国連でのスピーチ 


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