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楽園

何を食ってんのかわからないおばあさんだね

あの人

多恵子はひそひそ呟かれる近隣の主婦の話を聞き流していた

ほんとどうやって生活成り立たせているのか不思議よね

キッチンでたくあんを切る多恵子
ざっく、ざっく

多恵子は自分がおばあさんと呼ばれることにピンとこなかった

ざっく、ざっく



たえちゃーん!ともくんが呼びに来たわよー

なぁに?まま
たえちゃんは
母に促され玄関を開ける

あっそぼ!たえちゃん

ともくんがそこにいた
汚れた帽子をまぶかにかぶり
八重歯をだして

たえちゃん!今日は公園でセミとろ!

いぐ?

たえこはスカートをたなびかせ

いくっ!

公園で遊び、トンネルをくぐり
山で遊び、トンネルをくぐり
海に行き
喫茶店に行き
祭りに行った

手を繋ぎ

カミソリの刃のようなせみの鳴き声がしていた

俺さ、たえちゃんと一生一緒にいたいから
祖国に帰ってお金をためて さ
でっかいでっかい船に
乗って迎えにくるよ

たえこはジンジンと鳴るセミの声を払いながら

待ってるね!ともくん
と手をふった

戦争
半島に戦争が起きた

たえこは枕に顔を埋め半島の情勢をラジオで聞いていた

母に言われた
ともくんに代わるお友達見つけないとね

暗闇でチカチカ光るテレビには白馬に乗った王子様が
野原をかけていた

トンネルがあればいいのになぁー
海を抜ける長いトンネルが

たえこは大人になり
家族と離れ働き
家事をして、歳をとっていった

あのお姉さんまだ結婚しないんだって?

あのおばさんまだ結婚しないんだって?

相手がいるって噂よ、半島に
あんな遠くっちゃだめよ

実らぬ恋ね

多恵子は夏が来るとあの祭りがあった鎮守の森の境内を思い出す

うっそうとしげる闇
蝉時雨
ともくん

ともくん

多恵子は自分が歳をとったとは、思わなかった
日々ついやされる僅かな食費と薬代

近隣の主婦たちのひそひそ声
ねー
あのおばあさん何を食べてるのかしら?
霞み?いやだぁーそんなわけないわよ

ひそひそ
ひそひそ

多恵子さんこの薬をきちんと飲んでいてくださいね
そう主治医に促されるまま飲んでいた薬

暗闇に光るテレビ
ニュース速報、
k智也さんが多恵子さんをお嫁さんにするためにクルーズ船で横浜港に来航

ともくん?ともくんなの!?
多恵子はテレビに駆け寄る

しかしテレビはいつもの洗剤のコマーシャルに

多恵子はともくんの姿を思い出しながら
浅い眠りにつく

たえちゃーん!!ともくんが遊びに来たわよ!
早く起きて!

多恵子は寝巻き姿のまま
書いてあった手紙をつかむと玄関から飛び出した

ドン!!

スリップして斜めに止まった軽トラ
ひび割れたフロントガラス

散乱した手紙



ともくんへ
わたしはまだともくんを待っています
お金はたまった?
いつ迎えに来てくれるの?
たえはね
ともくんが来るのをまってるよ
またあの鎮守の森の祭りに行こうね
トンネルを抜けて
またあの海に行こうね
トンネルを抜けて

またともくんに会いに行くよ
このトンネルを抜けて

多恵子は暗い海の底にできた長いトンネルを抜けて

半島に向かっていた
白いワンピースに手紙を持って

浜辺で漁をする日に焼けたともくんに駆け寄った

ともくんっ!

来ちゃった(笑)

そこは地上の楽園だった

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