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「あなた、悪い人そうなのに」

おそらく大半の人は、他人から「良い人そう」のイメージを持たれる機会のほうが圧倒的に多いだろう。

もしかすると、素で鬼の形相をしているとか、たまたま服装の趣味がイカツめで悪目立ちするとかいった理由で、そうでもない人もいるかもしれない。が、それでも真っ当に暮らしていれば、「意外と良い人そう」のイメージを獲得することは難しくないと思う。

かくいう私も、「良い人そう」に分類されてきたことのほうが多い。学生時代は淡々と過ごしていたし、初めて髪を染めたのは3年前ぐらいだし、今もぱっと見は黒髪だ。おまけに今は、顔にでけえメガネをぶら下げている。身体はタテには長いがヨコには厚くない。どうだ、真面目で程よく鈍くさそうで、無害な良い人(っぽい)だろう?

だからひどく動揺した、ほんの10分ほど同じ空気を吸っただけに過ぎないタクシーの運転手さんから「あなた、悪い人でしょ?」という目を向けられた時は――。

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週に1回程度はタクシーに乗るから、タクシーアプリもよく使う。アプリにクレジットカードを登録してあって、支払いもアプリ内で完結するから、社内で支払いはしない。行き先はだいたい、名古屋駅。乗りたいときに呼んで、運転手さんとおしゃべりしたりしなかったりしながら15分ばかしの道を走ってもらって、下りる。それだけだ。

そして、領収書ももらっていく。もちろん近代化が進む今日だから、アプリ内でも領収書はダウンロードできる。だが長年の慣例か、アプリ内で決済をしても、現金やクレカで支払うときと同じように、その場で紙の領収書を出してくれる運転手さんが多い。もう、その一連の動作が身体に染みついているのだろう。

個人的にも紙の領収書のほうが管理しやすいし、とりあえずもらっておいている。たまに降車のタイミングで「領収書いります?」と聞いておきながら、くれと言うと「あ、じゃあ端末準備するんでお待ちください」という運転手さんが居て、今からやるんか~いとツッコんだりツッコまなかったりするが、それもまた一興だ。

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そんなわけで、今回も例にならう。走ること10分強、目的地の駅まであと少し。「支払いはG◯Payですね」と言われたから、「そうです、あと領収書もお願いします」と伝えた。

ところがその瞬間に彼から醸し出された微妙な空気で、「あ、なんか地雷踏んだな」と分かった。何の地雷かは、分からなかったが。

「あ~領収書ですか…いや、全然いいんですよ、出しますよ、はいはい」

なぜ渋る。

あ、わかったぞ。
端末の電源をこれから入れるんでしょう?
たまたま紙を切らしている?あるよね、そういうとき。過去にも何人かいたわ、事実か知らんけど。
ぶっちゃけ、聞いてみたけど面倒だからゴエンリョくださいか?うーん、それならしゃあないな~。

「いやね~たまにね~いるんですよ~アプリで支払うけど領収書ももらっていく人がね~」

おや、これはお初のパターンが来た。
しかも何に渋っているか分からない。

戸惑う。

「そういう人って、アプリに登録した会社のカードで支払ってもらってるのに、立て替えたことにして領収書も会社に出すんですよね~」

わずかに、こちらに視線が投げられる。

「そういう悪いことする人、いるんですよね~」

言外に「どうせお前もそうだろう」というニュアンスをひしひしと感じる。

な~るほど。
さっき踏んだ感触のあった地雷はこれでしたか。
ふ~ん。
そうかいそうかい。
へえ~。

ってコラぁぁぁぁぁ!!!!!何が会社のカードか!!!!!!
こちとら零細個人事業主、ある意味じゃ社長だぞ!!!!!!!
会社のカードイコール己のカードじゃ!!!!!!!
立て替えもクソもあるか!!!全部己の収入から飛び立っていくんじゃ!!!!
つーかお前のが会社員でいろいろ守られとるやろがい!!!!!
ていうかなんでそんなん知っとるんじゃ!!!見たんか!!!!!
こンのダボハゼ!!!!てめえが下りろ!!!!俺が運転するわ!!!!

…と内心で思いつつ、平静を装って「あ、お手間なんですね、じゃあいいです!」と断る。
感情を表に出せないあたりに己の小者っぷりを感じたが、一旦それは置いておく。

「あ、いや、い~ですよ~出しますよ~、お待ちくださいね~」
「いや、いらないです」
「いやいや、出しますよ~」
「いや、大丈夫ですって」
「いやいや」
「いやいや」

近年の「ベストオブ誰も得しない押し問答タイム」は、きっとこの瞬間だっただろう。

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さて、目的地の名古屋駅に到着。停車。領収書、もらう気ゼロ。さっさと下りようと思ったところで、だ。

「あ、お客さん、領収書出しますからお待ちくださいね~」

は?

「はいどうぞ、 ” 領 収 書 ” です~。ありがとうございました~」

あ?

なんだそのクオーテーションマークを付けたような言い方は。
なんだその「おぬしも悪よのう」みたいな意味深な目配せは。
なんだその袖の下を渡すときのような気持ち悪~い手つきは!

最高に腹が立ったが、あいにく列車の時間が近い。
結局、ギチギチした気分を発散しきれないまま、降車した。
もちろん、 ” 領 収 書 ” は、もらった。

腹いせだと言わんばかりに、下りてすぐにタクシーアプリを開く。
今どきのアプリは良い、運転手さんの評価ができるから。

「接客の心地よさ」、最低。
「車内の快適さ」、最低。
「運転の丁寧さ」、別に悪くなかったが、ついでに最低。
…にしようか迷って、「普通」を選んだ。

どこまでいっても、自分は小者だ。
こんな評価にどの程度意味があるのかなど分かりはしないのに、憤怒を表に出しきれない。
せめて私の評価で10パーぐらい給料が減れとは思いつつ、急ぎ昼食を買って、お目当ての電車に飛び乗った。

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別に、俺はお客様なんだぞ!とか、神様扱いしろ!とかは言わない。
だがほら、ジャパンは「疑わしきは罰せず」の国だろう。
こちらに不信感があるなら、せめて泳がせておくれ。
そもそも接客業なのだから、理不尽な振る舞いをされてないなら普通に対応しておくれ。
ていうかさ、疑われるのって結構ショックなんだぜ、知ってるか?

そして今、来年三十路に突入する己がもっと威厳を出すには――しょうもないおっさんどもに舐められないためにはどうすべきなのか、真剣に考えている。

そうだな、とりあえず大きくなろう。
「私が社長ですけど?あなたより儲かってますけど?」と、ふんぞり返って言えるぐらいには。

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