存在のない子供たち

という映画を見た。(ネタバレあり)

レバノンの貧困地域で出生届も出されないまま生きるゼイン。大切に思っていた妹が彼の必死の抵抗もむなしく、大人達の勝手で11歳で無理矢理結婚させられてしまう。そして妊娠の上、亡くなってしまう。
彼は妹の夫を刺して捕まり、そして両親を“僕を産んだ罪”で告訴した。


ゼインの怒りや悲しみをも通り越した、深く静かなまなざしが胸に刺さった。

彼の、「育てられないなら産むな」という言葉。この映画のなかでそのメッセージが深く深く伝わってきた。

日本とは遠く離れた文化や習慣も全く違う中東の話だと思う人もいるだろう。
でも、本当に日本とはかけ離れた話なんだろうか?
正しい避妊が分からない、強制されたなどの背景にある望まない妊娠、いや望んでいたとしても子どもが育つに値しない状況における多産。
まだもう少し環境が違うといえど、日本でも十分起こり得ることだと思った。

子どもは産まれてくる場所や環境は選べない。
親は子どもを安全な場所で、安心できる環境で、養育する責任がある。
子どもをただの快楽の“結果”にしたり、“労働力”にしたり、寂しさの“穴埋め”にすることは許されないことだと改めて思った。
子どもがこの世に生を受けたからには、無条件に全ての大人から祝福されて愛される
そんな世の中になって欲しいと、
そういう教育が受けられる環境がもっともっと広がって欲しいと願わずにはいられない映画だった。

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