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風船を見送ったり束ねたりする話

『とんでいったふうせんは』

その絵本にもう一度目を通しておきたいと思い、本棚から見覚えのある背表紙を探したのは、今から5日前。

初めてその絵本を読んだのは去年。
主人公の「ぼく」目線で描かれた物語を読み進み、すぐにハッとなった。

この絵本の中でえがかれている風船は、1人1人の思い出。
「ぼく」のおじいちゃんは、家族の誰よりも多く風船を持っていて、その風船は色とりどりに揃えられ、持ち主に繋がっていた。
おじいちゃんは「ぼく」に、1つずつ風船に詰まった思い出を話す。どれも愛おしく、大切そうに。
「ぼく」とおじいちゃんが持つ同じ銀色の風船は、2人の思い出がつまったものだ。

しかし、おじいちゃんが同じ話を何回もするようになり、
同時におじいちゃんの風船が引っかかったり、飛ばされたりしてしまうことが少しずつ増えてきてしまった。

しまいには、「ぼく」と同じ銀色の風船もどこかへ消えてしまう。


私の祖父の風船もどこかに引っかかりやすくなってしまったのは五、六年前。おそらく自分でも分かりだしていたのだろうと思う。

「何かを言いたくても口からすぐ出なくなるんよ。」
「ごめんなあ、ごめんなあ。」

悔しそうに、優しい困り顔で何度も言っていたのを覚えている。

祖父は、とても優しくて、時にはおどけた口調で話したり、たまに諭すようにそっと注意してくれるような、そんな人物だった。

小さい時、友達と遊んだ時に飲ませてもらったカルピスの飲むゼリーが忘れられなくて、祖父母の家の近くにあるスーパーや、そこら辺の自販機に売ってないか連れ回したことがあった。
私の拙い説明にも耳を傾けて、手を繋いで必死に探してくれたのを覚えている。

中学にあがる頃、好きなタレントさんが野球経験のある人で、それに憧れて、叔父のグローブとボールを借りて、基礎基本も知らない私のために、腰が痛いのにキャッチボールに何度も付き合ってくれたこともあった。

そして何よりもふれておきたいのが、
私と祖父が共通して持っているであろう風船。

「鳥にまつわる思い出」だ。
私は幼い頃から鳥が好きで、バードウオッチングをしによく家族と出かけていた。野鳥の種類や鳴き声にも詳しくなり、まわりからも「鳥と言えば君だ」と言われるくらいだった。

そんな私を見て祖父自らも鳥を愛し、地元の野鳥の会や自然の会に入り、一般の参加者に説明したり、広報として記事を書いたり、展示を企画したりするほどのめり込んだのだった。おそらく私が中高生の頃は、私よりも知識が豊富だっただろう。

年があがるにつれて、少しずつ別の分野にも興味の方向がそれていった私は、あまり前よりは鳥の話をすることはなくなった。それでも祖父は、私の幼い時の鳥への熱を受け継いだように、風船を手放す直前まで熱中していたように思う。

「あの鳴き声はきっとイカルだ。」
「この季節だとあの鳥はあまり見られないはずだ。」

そんなもの知りで意欲的に活動する祖父が、
私のことを忘れるわけが無い、まだ大丈夫。
そんな根拠の無い自信が
当時は私の中に植わっていたように思える。

しかし、そんな思いとは裏腹に、
祖父の風船は次々とどこかに引っかかり、私や周りの手をすり抜けて飛んでいった。

ある時を境に私や母のことも分からなくなっていた。

認知症だ。

『なんでとばしちゃうの!』

絵本の中の「ぼく」は悲しくて叫ぶ。
どうしておじいちゃんが、あれだけ大切に持っていた風船を、気づかずに飛ばしてしまうのか。理由もわからずに。

「あなたのことも、おじいちゃんもう分かってくれないかも。」
ある時、電話を代わる前に母が言った言葉を聴いても、実感がなかった。

しばらくは私の名前はわかっていても、孫と祖父という関係性がわかっていないようだった。
仕方の無いことだと、単純にそう思った。
人は老いてゆくものだし、忘れっぽくなるのだって、誰しもそうなるだろう。
テレビに映る芸能人を私や母だと言ったりすることもあり、「そうそう、それ私なんだよー」って、おどけて一緒に笑ったりもしていた。
風船を手放すことが増えて、祖父は支離滅裂なことを言ったり、ふら〜とどこかに出かけようとしたりするようになった。少しボーッとして遠くを静かに見つめることが多くなった。
老衰からか病院に通うことも増え、デイサービスでもお世話になるようになり、
最終的には施設に入った。

一度だけ、祖父が風船を取り戻したことがある。
確信して言えないけれど、私はそう信じている。

同窓会の幹事や会計事を引き受け、人一倍よく動いていたらしい祖父。
その日祖父母宅では、私は銀行員として、何かしらの手続きを希望していた祖父の対応を、おどけた口調で話しつつ丁寧に何度も対応していた。

ほんの30分くらいの間、私と祖父以外の家族は買い物にいくため、祖父を見ておくよう留守番を頼まれた。

祖父母の家にはアップライトのピアノがあったので、その時は教採の試験のために練習で使わせてもらっていた。

「春がきた」を演奏していた。
すると、祖父が私のメロディーに合わせて口ずさんでくれた。

演奏後、仰々しくピアノから手を離して振り返ると、ソファに座る祖父と目が合った。じぃっと私を見つめていた。

いつもと顔つきが少し違う気がした。
少し違和感を感じながら祖父に声をかけた。

「( 祖父の名字 )さん、お孫さん、お元気ですか。」

私はまだ祖父の前では「銀行員」を演じていた。

だが、祖父は違った。

「なにを言っとるん、
あんた、( 私の名前 )じゃが。」

久しぶりにしっかりとした祖父の声で
私の名前を聴いた。
ビックリしてすぐに言葉が出なかった。けれど、

「おじいちゃん。」
と思わず呼びかけた。

「私にはね、おじいちゃんが2人いるけど、
お父さんの方のおじいちゃんは生まれてすぐに死んじゃったから、
私の記憶の中でのおじいちゃんは、やっぱりおじいちゃんなんだよ。」

そう口早に言った私に、祖父はこう返した。

「うれしいよぉ、おじいちゃんは。あんたはわしのたった1人の孫なんだから。かわいいかわいい孫なんだから。」

その答えに私はたまらなくなって、
ボロボロと泣き崩れた。

そんな私を見て、祖父も貰い泣きをしていた。

『ぼくたちのふうせんなのに!なんで?』

そうか、私はやっぱり悲しくて寂しかったんだ。
仕方の無いことだし、おじいちゃんのせいでも、誰のせいでもないって分かってるのに。
おじいちゃんとの思い出が、おじいちゃんの中になくなっちゃうことが怖かったんだ。

無意識に気丈に振る舞っていたみたいだった。

泣いている「ぼく」にまるで別の子に話すように、おじいちゃんは言う。

「ぼうや、どうしたんだね。かなしいことでもあったのかい?」

泣き顔を整えるために、ピアノに向き合ってまた少し演奏した。

また振り返ったら、祖父は遠くを見つめていた。
風船を見送っていたようだった。


記憶がなくなるのって、どういう感じなのだろう。
やはり寂しくて、怖いものなのだろうか。

私も忘れ物をよくするし、
やばい、昨日何したっけ、何食べたっけ、
軽率に色んなことを忘れているなあなんて、日々思うことがあるけれど、

大切な風船を見送る本人は
ふとした時、
やはり、居た堪れない気持ちになるのだろうか。


「おじいちゃんのおもいでのふうせんは すべてあなたのものよ」

気づくと「ぼく」の風船がいつの間にか増えていて、
その増えた風船は紛れもなくおじいちゃんがかつて持っていたものだった。
おじいちゃんの風船も携えた「ぼく」は、風船を手放したおじいちゃんにその風船に込められた思い出を一つずつ話していく。



祖父は一昨日、83歳の人生に幕を閉じた。
思っていたよりも早い別れだった。

認知症の症状が進み施設に入ったあとでも、祖父はよく動き、よく喋り、施設のレクリエーションをいつも笑顔で楽しんでいたらしい。施設の人が写真を沢山残してくれていた。

そんな話を最近まで聞いていたから、1週間前、目を覚まさなくなったという知らせを聴いて驚いた。家族とお世話になっている施設に急いで向かった。

コロナウイルスのこともあり、約2年振りの帰省だった。

久しぶりに会った祖父はさらに痩せていた。口をあけていびきをかき、声を何度かけても、肩をそっと叩いても、手を握っても眠り続ける祖父の姿を見て、寂しさでいっぱいになってしまった。

私は祖父と同じ色の風船をたくさん作れただろうか。

祖父の姿を思い出しながら、私は再び1年振りに
「とんでいったふうせんは」の絵本を手に取っていた。
そしてまた読み返した。
絵本の最後のシーンである、「ぼく」がおじいちゃんのひざで思い出を代わりに語ることが、
私と祖父の間にも現実で起り得ることを信じて。

訃報が入ったのは、その2日後。
仕事が落ち着きだした夕方だった。
一週間しっかりがんばれ、ということで、待っていてくれたのだろう。

向かっている行きがけの電車で、母が話した。

「おじいちゃんと、おばあちゃんと、私たちで旅行した時の思い出の中には、いい顔したおじいちゃんがたくさんいるよね。おじいちゃん、あなたと過ごせて嬉しそうだったねえ。」

私と過ごした祖父は、私の思い出の中にいた祖父は、
優しくて、笑顔で、
少しひょうきんで、
私と同じく鳥が好きで、
マジメな、ステキなおじいちゃんだ。

十分な思い出を、十分な数の風船を作り出せたのかは正直今でもわからない。
もっと出来たことがあったなあ、なんて悔やむこともいくつかある。何を今更と怒られるかもしれないけど。

だから、正式にお別れした今日、
この敬老の日に、
この気持ちがブレないうちに、
あなたのことを少しでも書き記しておこうと思った次第だ。

自分のことなんて取り上げなくていい、と照れくさそうに言うだろうけど、
敬老の日の孫のプレゼントだと思って
向こうで気まぐれに読んでもらえるとうれしい。


思い出をたくさんありがとう。

優しくしてくれて、かわいがってくれてありがとう。

大好きだよ。

受け取ったふうせん、あなたと一緒の色のふうせん、
飛ばされないように束ねておくからね。


私もこれからまだまだがんばるので、

見ていてください。


またね。


2021.9.20.
敬愛の念をこめて。
あなたを愛する孫より。


今回紹介した絵本
『とんでいったふうせんは』
作. ジェシー・オリベロス  
絵. ダナ・ウルエコッテ
訳. 落合恵子