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温羅切る

劇所要時間:20分

人数:1人台本

演じていただける際は一度プロフ参照おねがいします

・登場人物
・私


あの御方は力をもっていた

その瞳は目配せ一つで全てを黙らせた

その声は心(しん)を腎(じん)を鷲掴みにされるような深い声だった

力強く美しい肢体は大型の肉食獣を想像させ
対するものは己が捕食される立場であると否応なく本能が感じ取る

その強靭な美しさは自ずと命を捧げたくなる悪魔のような魅力をもっていた

戦場で激を発すれば敵は怯え武器をおき

味方は己の命を捨てその方の糧になる事を誉れとした

この地に住む全ての生命があの御方を畏怖し

愛していた

もちろん

私も

心から愛している

ただ私は

私は

あの御方の全てが欲しい

あの御方の身も心も声も魂も全てを私だけのものにしたい

だが

私があの御方の寵愛を一身に受けることは叶わない

私が戦であの御方の信頼を一身に受けることも叶わない

私があの御方をなにか一つでも独占する事は不可能なのだ

このままあの御方を信望する配下の一人として生を全うするのか


耐えられない

私をみてほしい

私だけを

愛してほしい



あの御方を討てとの勅令が時の天皇から

自らの皇子に下るという情報が一族の情報部にはいってきた

天皇の勅令をもった皇子と正規軍の侵攻

それでも私にはあの御方が負ける未来が浮かばない

あの御方は勝つであろう

勝ち続けるであろう

勝ち続ければいずれ時の天皇の首にすら手が届いてしまうだろう

そうなればもう

もう

私には触れることすら

一目拝む事すら許されないほどの高みにいってしまわれるのだ

あの御方を独占するどころか手の届かぬ存在になってしまう

耐えられない



私が死んだらあの御方は私の事を思ってくれるだろうか

あの御方の心に私は残るのだろうか



否だ

私の死があの御方の崇高な精神に波紋を起こさせる事などありえない

あの御方の心に残れない死などになんの意味があろうか

私の中で思考が廻(まわ)る

廻る

廻る

胸に火が灯る

あの御方の命を私が奪えば

あの御方の全てを私が手にいれられるのではないか

あの鋭い瞳がこれから見る全てを

あの力強い腕がこれから掴むもの全てを

あの深い声がこれから紡ぐ言葉全てを

あの美しい魂がこれから拓(ひら)く未来を

全て

全て私が奪うのだ

肚(はら)の底が震えた



天皇の勅令に関する情報が流れてくるのは
情報管理が雑なのではない

離反者を募っているのだ

だがあの御方の近くに仕えたことのある者の中に

天皇の名に怯(ひる)んで離反する馬鹿などいないだろう

離反工作に私の一族は使えない

離反の動きに気づかれたら族長の私であろうとも

あっさりとあの御方の前に引きずり出されるだろう

使えるとすれば金で雇える外部の者か

私を毛嫌いしている戌(いぬ)あたりか

なんでもよい

突然の開戦で城内の警備が少し手薄になるだけでいい

そのためであれば

何でも使ってやる



天皇への書簡は手配済だ

あの御方を討つなどとふざけた事を抜かす能無しを使うのは癪だが

あの御方がいなくなったこの地は容易く侵攻されるだろう

それほどまでにあの御方の力で成り立ち

あの御方の力で集まっている國(くに)なのだ

あの御方のいなくなったこの國に未練などないし

蹂躙(じゅうりん)されたとてそこまで気に病むこともない



あの御方をただの山賊扱いになどさせはしない

あの御方の威を貶(おとし)めることは許さない

私の愛したあの御方は

全てを切り開く力をもった御方であったと

それがたとえ化物のような伝承になろうとも

あの御方の威が未来永劫続くように

その為に私は無能な天皇の元に下り生きていく

冷遇されようが屈辱的な扱いをされようがなんてことはない

あの御方への愛をもってあの御方のために生きるのだ

……

満月の晩

美しい虫の音が響いている

が静かな夜というわけではない

城の外は少し慌ただしい動きをしている

あの御方へ酒をつぐ

ほんとうに美しい御方だ

酒を呷(あお)る姿ですら絵になる

この一瞬が一生続けばいいのに


急な交戦状態にはいったとの報で中枢部が多少ばたついている

前もって今日の城内の人事は調整した

邪魔な者はさきほど消した

今この時間この場所はあの御方と私の2人きり


すっと出された盃に酒を注ぐ

ずっとこの一瞬に酔っていたい

甘い誘惑に負けそうになる

だが二人きりの時間はそう長くはない

この時を逃せばもうあの御方は私の手の届かぬ場所にいくだろう


あの御方が猿女(さるめ)と名を呼ぶ

正面を見据えたまま舞を踊れと一言呟いた

立ち上がりながら服を正し高揚する心を静める

何事も一番にはなれない私の唯一の取り柄

その舞をあの御方が所望してくださった

舞台の中央まで歩を進める

シャラン

シャラン

鈴を響かせ一心不乱に舞う

シャラン

シャラン

あの御方の為だけの舞

あの御方が最後にみる景色がこの舞なのだ

なんて

なんて光栄なことであろう

シャラン

熱が篭もる

シャラン


カラン

あの御方の盃が音を立てて転がる

シャラン

舞が終わる

あの御方が気付かない程度に夕餉(ゆうげ)から少量ずつ混ぜた毒

お酒もすすんでやっと眠りに落ちてくれた

シャラン

鈴を置きあの御方の顔に触れ

首に手を回しそのまま唇を重ねた

頬を一筋涙が伝う

首元にそっとあてた舞踏用の刀を静かに引く

口の中に鉄の味が広がる

コクリと口に溜まる命の液体を飲み干しながら首に布をあてる

唇を離しあの御方の血の味に酔う

あの御方の口から一筋零れた血を舌で舐めとる

全てをねじ伏せて己が力だけで道を切り開けるあの御方も

命が零れ落ちる時は儚いのだな

口元には笑みが浮かぶが同時に零れ落ちる涙も止まらない

出血が弱くなってきたところで刀をもう一度強く引いた


体から離れた頭部をぎゅっと抱き寄せる


猿女:「温羅(うら)様……これからもずっと…ずうっとお慕い申しております」



あとがき

お手に取って頂きありがとうございます

まだまだ素人文なのでご意見ご感想等声でいただけるととても嬉しいです

そもそもは古事記等の古い文献の考察動画で桃太郎のお話の基になったストーリーがある事

吉備の国を支配していた温羅という一族とそれを討伐した皇子のお話

そしてそれを助けたとされる犬飼、猿女、鳥飼がお供の犬、猿、雉のベースになっていたってお話で

犬飼、猿女は元々温羅一族の配下であったこと

それが温羅を切る。裏切るの語源になったという逸話を聞いて

裏切った猿の心情みたいなものをコロナで死んでる時に動画聴きながら思いついたのがこのお話のきっかけです

そうそう吉備団子は討伐したあとの吉備の領土であったそうです

また浦島太郎もこの温羅の一族であり

温羅の嶋子であったというお話も!!

さすがにお話には使えませんでしたが面白かったです

気になる方はチェックしてみてください

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