勝新太郎さん

ある日の午後、僕は千里中央の朝ドラのスタッフルームで仕事をしていた。スタジオ収録中でスタッフルームは僕一人だった。突然、入口の階段を駆け下りる大きな音と共に、二人の男が飛び込んで来た。一人はこの朝ドラでドラマデビューを果たした奥村雄大さん(のちの雁龍さん)。そしてもう一人は、そのお父さんで、大映の看板スター・勝新太郎さんである。勝さんは、スタッフルームに誰もいないかの如く、ドスの効いた声で息子に芝居を教え始める。赤ら顔に無精髭。ドスの効いた声が僕の頭上を通り過ぎる。本物の「座頭市」だ。勝さんは自分で芝居をやって見せ、一つ一つ息子の雄大さんに教えている。時折、優しい笑顔も垣間見え、息子のデビューが嬉しくも心配な様に僕には見えた。そんな勝新太郎さんのオーラはもの凄い。僕は、目を合わせない様にうつむいて机を見っぱなしだ。何とか仕事に神経を集中しようと努力するが、勝さんの発する唸る様な大声の迫力に、全く何も頭に入ってこない。唯一浮かんだのは、朝ドラには出演していないが、「勝新太郎さんの控室」は必要だったのでは、という事だった。前にも後にもあんなにオーラを出している俳優さんと出会った事は一度も無い。本当に緊張しまくった。勝さんは15分位、熱心に息子・雄大さんに芝居を伝授したかと思うとようやく満足して嵐のように立ち去って行った。僕しかいない朝ドラのスタッフルームと勝新太郎さんの存在のアンバランスさに少し楽しく、笑ってしまった僕がいた。

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