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解釈ハピエン/ヒロインのために死ぬ主人公(Ciel『After…』プレイ日記その6)

 2021年5月。20年の時を越えゲームブランドCiel発のPCアダルトゲーム『After…』にハマった私。

 ドがつく田舎出身なのでもう展開の望めないコンテンツにハマることに慣れている。私はせっせとヤフオクと駿河屋を周回。

 そんななか掘り当てた『After…』グッズのひとつにCDがある。『After…Complete Vocal Collection』。OP・EDテーマをはじめなんと12もの楽曲を収録。作りすぎだろ。えらい。イントロがそのまま切ない場面のBGM『優しい涙』とか入りで泣いちゃう。

 収録楽曲の先陣を切る『Memories With You』はゲーム中盤・二部構成となっている『After…』第二部OPとして耳にすることができるのだが、本譜がこのCDのトップバッターを飾るあたり『After…』の本筋は第二部ということになるのであろう。忌々しいことにも。「絶対に戻ってこない、あの日々」物々しいテロップが挿入される本稿の引用画像もまたこれを物語っている。テロップのバックを彩るヒロインのひとり「喜志陽子」のスチルは、彼女のルートで私が最も好きな場面のそれで、第一部の一幕である。


慟哭するオタクの『After…』プレイ日記

 ノベルゲー寄りのアダルトゲーム『After…』は、アマチュア登山家として飛騨山脈に位置する穂高連峰に挑む高校三年生の主人公「高鷲祐一」と三人のヒロインが織り成す死亡フラグが美しい第一部、肉体の死後、魂となった祐一とヒロインのその後を描く第二部から構成される。

 本作には幼馴染の「汐宮香奈美」、実の妹である「高鷲渚」、そして友人の幼馴染である「喜志陽子」という主人公との関係に応じた三人のヒロインが登場するが、主人公の死後というIFから主人公とそれぞれとの関係性を浮き上がらせるところに『After…』というゲームの個性がある。

 そんな『After…』のプレイ経過を辿ると、

 初手、実の妹・渚ルート。死んでからが本番な本作が展開する「実妹とハピエン? 他人の体借りとけ」といわんばかりの鬼畜シナリオでうっかり自爆した私。以後指し手は震え続け、二手目・渚ルート第一部とファンディスク渚エピでかろうじて延命、三手目・香奈美ルートで「祐一と香奈美と渚が幸せな日々を過ごす」お花畑を幻視し爆死、四手目・渚ルート第二部ではしっかりバドエンのシーン回収をするなどして無事召されることとなった。さるバッドエンドにて自ら生を断つ選択をする実妹・渚の最期を見たときは「これがトゥルーエンドか〜」と思うくらいにはこじらせが悪化したのだが渚ルートへのお気持ちは稿をあらためたい。

 今回はそんな私が藁にもすがる思いで手を出した「友人の幼馴染」陽子ルートのプレイ感想である。


友人とその幼馴染

 主人公・祐一の良き友人「滝谷紘太郎」。彼の幼馴染である陽子は、本作のメインキャラクターのうちただひとり祐一がゲーム開始後に出会う人物である。祐一にとって初めから気のおけない間柄である幼馴染の香奈美、妹の渚とは違い陽子は新鮮な異性の友人であり、ごく自然に気になる女の子だった。夏からはじまる物語の序盤、夏祭りのイベント。勇気を出して陽子を誘う祐一の姿は普通のギャルゲー主人公そのものであり、そんな彼の姿は渚こじらせプレイヤーの目にも新鮮に映る。

 夏から冬・卒業までの季節を過ごし恋仲となった二人だったが、祐一は冬山で滑落死。死後祐一の魂は友人・紘太郎の肉体に宿ることになる。そこにいるはずの紘太郎は姿を見せない。祐一はしばし紘太郎として陽子と接することで、意図せず陽子の紘太郎に対する幼馴染を超えた感情と向き合うことになる。


友人とその幼馴染と主人公

 文武両道・気さく・恵まれた出自と絵に描いたような好青年・滝谷紘太郎。学園中の女子が放っておかない彼の幼馴染である陽子は肩身の狭い思いをしていた。幼いころの紘太郎は、ずうっと自分の後ろにくっついて泣いていたことさえあったのに。そんな紘太郎のすっかり変わった姿と彼の取り巻きに気後れする陽子。紘太郎もまた陽子とは裏表に、心の片隅で彼女を想いながら、周りに気をやるあまり素直になれずにいた。

 陽子ルートでは、そんな二人の憧れとして主人公・祐一が描かれている。一心に穂高を目指し、幼馴染の香奈美といつでも軽口を叩きあう気取らない祐一の姿は、紘太郎から見て持たざるゆえの自由人として、陽子から見て壁を作らない自然体の人として、それぞれに彼を慕わせる。いつでも素直にいられない二人が祐一となら素直にいられる。そんないじらしい姿が描かれる。夏から冬。第一部で祐一と陽子は結ばれるが、最後まで紘太郎は引け目を感じる友人に圧され陽子への想いを語らず、陽子もまた、かけがえのない幼馴染への想いは捨て去らず心の奥にしまい込むのだった。

 第二部。死後、魂となり身体を間借りする祐一に対し紘太郎は姿を見せない。困惑しながらも術なく紘太郎として陽子と接する祐一。そんな祐一(紘太郎)に陽子の秘めた想いが溢れ出す。

「あたし……おかしいの……高鷲くんが死んじゃって、哀しくてたまらないのに……紘太郎が助かってうれしいの……どっちかで一杯じゃないの」

 対する祐一のモノローグが切なく響く。

「陽子は、いま、紘太郎の手を握ったんだ……俺の手じゃない……」

 どこにいるのか、聞いているかもわからない友に向かって、陽子への気持ちを、姿を見せない真意を問いただす祐一。友が絞り出す想いにようやく紘太郎は姿を見せるが、俺はもういいんだ。俺のことはいいから、二人で幸せになってくれ。憧れとともにコンプレックスを抱く友に、そんな友を愛したかけがえのない幼馴染に、紘太郎の決意は固い。


その最期

 ところでゴールデンウィークからこっち暇を見ては本作のプレイかはたまたこうした感想を書き綴っている私だったが、既婚者のくせにエロゲにずぶずぶハマる私に妻はドン引きだった。ドン引きしつつ話を聞いてくれる女神なのだがこのところの陽子ルートの話をすると「その流れで紘太郎が身を引いたら私は地雷なのでぜったいにその先の話はするな」とピシャリ。ごもっともである。いくらヒロインと無事幸せに暮らしましたと言っても結果的に友人を押しのけているのであればそれはちゃんちゃんオチない。ギャルゲーとしては主人公とヒロインの結末こそグッドエンディング、それが既定路線のように思えるがそれにしてもたしかにどう幕を引くのか。渚ルートできたえられている私といえども身構える思いで先に進む。

 期せずして、祐一は死を選んだ。

 陽子のことは大好きだ……だけど……だからって、陽子から紘太郎を奪えない。祐一は最期、夢のなかで友人たちと、愛する陽子とほんの二、三の言葉を交わして静かに逝く。あまりにも静かに。


解釈ハピエン

 主人公・祐一を頂点にした紘太郎、陽子との三角関係は嫉妬ではなく羨望の目で結ばれている。そこに「嫌なやつ」はいない。爽やかというには悲しい結末だけれど、切なくも晴れやかな幕引き。いい話だった。これが私の陽子ルートの所感である。

 でもどうなんだろう。これはギャルゲーなんだろうか。物語のラスト、陽子は紘太郎との結婚式で「ユーモレスク」を弾くという。それは陽子が祐一に、穂高から戻って来たら聴かせると約束した曲だった。陽子と祐一、二人だけの秘密を陽子はこれからも紡いでゆく。いいよ。いい。こういう一辺倒でない幸せの在り方、解釈ハピエンは好みだ。

 そうか。『After…』陽子ルートはギャルゲーではなくノベルゲーなんだな。もしくはキャラ萌え。ヒロインの幸福至上主義とでも言うべきか。すると渚ルートについても合点が行く。友の体を借りることで結ばれる渚ルート、友の体を借りることで結ぶ陽子ルート。二つの結末・二人のヒロインの夢描く幸せは対照的だ。

「祐一の死」を物語の軸に据えることで、『After…』は「グッドエンディングのあとに主人公が死んだIF」を展開すると同時に、ヒロインごとの関係性を要因とした「死んだ先にこそある真の幸せ」を提示している。プレイヤー(私)にとってこうした「主人公が死ぬことでしかありえないハピエン」は辛い。本作を鬱ゲーと評したい所以である。要はヒロインを幸せにするために祐一は死ぬしかない。そもそも第一部という時を止めてハピエンを迎えたことにしたいスイートストーリーはまやかしに過ぎないのである。陽子ルートで言えば、第一部で祐一と結ばれてなお陽子が秘める紘太郎への愛情は祐一死語の第二部なくして行き場がない。

 自然、プレイヤー(私)は第一部を振り返ってヒロインたちへの想いをこじらせる仕組みになっている。こういう忌々しい仕様がまんまと私を『After…』沼に突き落とした。私はつい考えてしまう。渚と陽子の二人は、祐一が死なない世界線と死ぬ世界線、選べたならどちらを選んだのだろうか。いまの私が二人に求める答えは決まっていて、それがナンセンスだとわかっているところに、私の苦しみがある。


私から遠ざかる祐一

 本作はノベルゲー。そうはいってもギャルゲーと思ってプレイしていた私の記憶と体験は拭えない。時に新たな生を受け入れ、時に死を受け入れる祐一という主人公の追体験は私にいまだ消化し切れない感情をもたらした。その感情は、いつしか自分を重ねていた祐一と私を突如引き剥がす衝撃的な展開を迎えてなお、私は祐一とともにありたいと、祐一と同じ立場からヒロインと向き合いたいと、私にそんな甘い願望を抱かせる。そしてそれが叶わない苦しみを抱かせる。カプ厨になりきれればよかったのだろうがそうかんたんには行かなかった。ギャルゲーとしてのめり込んだ私にとって祐一を他人だと思うことはもはや容易ではない。けれど自らの死を中心に廻る運命を前に、ヒロインのため毅然と立ち向かう祐一を私は理解できない。わからない。安易にわかると言いたくない。祐一という友人に苦しみ救われた紘太郎。立場は違えどいまとなっては彼が見ていた景色が目に浮かぶ。

 実妹との許されない恋物語、友人とその幼馴染との三角関係。二つの物語において規定路線であり美しく幕を引くための条件でもある主人公・祐一の死。では幼馴染・香奈美にとってはどうか。明らかにそれはただ不幸なできごとだろう。そのとき祐一はどうするのか。『After…』はいったいどんな回答を用意しているのか。意図せず香奈美ルートに向かう準備が整ったように思う。はたして。

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