見出し画像

あるカプ厨の肖像(Ciel『After…』プレイ日記その3)※ネタバレあり

 去るゴールデンウィーク。ひょんなことから古の美少女ゲーム『After…』PS2移植版をプレイ、主人公祐一の妹「高鷲渚」を攻略しすっかり実妹ヒロインをこじらせた私。

 高鷲兄妹により亡者と化したあわれな実妹ヒロインゾンビは、うつろな目をしてPC版『After…Story Edition』を追加購入していた。

 
 本編を再プレイし高鷲兄妹の物語と向き合うことを目下の使命に課した私であったが、そこはまあまあ、とりま本編と同時収録のファンディスク『After…Sweet Kiss』より『Episode 2「渚 〜Anytime be with me〜」』をプレイ。祐一と渚のいちゃこらを補給し本編の再プレイに向け弾みをつける、はずだった。

 ということで、こちらは株式会社スペースプロジェクトのゲームブランドCielより2003年発売のPCアダルトゲーム『After…』について語るものである。


ファンディスク『Sweet Kiss』の位置づけ

『After…』とは、ノベルゲー寄りのいわゆるギャルゲーである。

 高校三年生の主人公「高鷲祐一」は、幼いころからの夢である穂高連峰の冬山踏破を目標に掲げ、ワンダーフォーゲル部を創部。本作は、この部活動を中心として、同じ高校の男女六人が織り成す青春ストーリー。そこであり得る世界線の一つとして描かれるのが、高鷲兄妹の物語である。

 祐一とその妹の渚は、共通の友人たちとともに過ごす日々を通じ、互いをかけがえのない存在として意識していく。男女としての成長にとまどいながら、なにより実の兄妹であることに打ちのめされながらも、少しずつ距離を縮める二人。そんな二人の姿をプレイヤー(私)はじれったくも微笑ましく見守るのだった。

 痛いほどの葛藤を抱えながら、迎えた卒業式。二人はついに互いの胸のうちを打ち明け、結ばれる。このくだりは涙なしには語れない。そして、穂高登山中の事故により友人の体に憑依した祐一が兄妹の壁を越えて真に渚と結ばれるころには涙は枯れていた。

 ファンディスク『After…Sweet Kiss』では、秋・普通よりちょっぴり仲良しな、だけどまだ普通の兄妹である祐一と渚の二人に、そして春・一週間後に穂高登頂を控えた卒業式直後の二人に再会できる。


「ずっと一緒に」

『After…』本編にて高校三年の夏(渚は高校一年)から秋、冬、そして春と季節を共に過ごした祐一と渚。そのあいだそれはもうほんとうにいろいろと山あり慶生ありだったのだがそのへんの事情はこれまでの感想をご査収。なにはともあれ二人は祐一の卒業式に「ずっと一緒にいよう」と誓い、キスを交わした。

 その翌日。祐一はこれまでと変わらない朝を迎える。いつもどおり、渚の声で目を覚ます。これまでどおりの渚の声。昨日と同じ今日。だが、二人はこの日々をこれからもずっと二人でくり返すことを誓い合っている。そのことが二人に変化を与えていた。「これからもずぅっとお兄ちゃんが好きなお料理、作ってあげる」。渚は、祐一との約束を確かめるようにそう口にする。

 この言葉を聞いた祐一は、心のうちで「こうやって一緒の時を刻んでいけばいいんだ」そうつぶやいた。


お兄ちゃんってば健全

 その日の夜、二人はささいなことでケンカをしてしまう。祐一は、自室にこもってしまった渚を気にかけ、そっと様子をうかがう。眠っている。ここで選択肢。おっと。このゲームがアダルトオンリーなのを忘れていた。ここでプレイヤーは祐一のつもりで渚にキスをするかしないか選択できる。動揺した私はとりあえずしないを選択。健全なのだ。しない祐一は言う。眠っている渚に手を出すのは違う。それでは二人の関係は壊れてしまう。兄妹だからこそ、越えてはならない一線を見誤ってはならない。よく言った。お兄ちゃん立派だぞ。おやすみ。そう言葉をかけると祐一は自室に戻るのだった。

 ここでプレイヤーの視点は渚に移る。渚はどうやら眠っていなかったらしい。

 渚のモノローグ。「そのままキスしてくれてよかったのに……。普通の恋人同士なら、できたのに。」苦しむ渚の独白が続く。「ずぅっと一緒にいてくれるって言ったのに……遠いね。」

 翌朝。再び、昨日と変わらない朝。祐一は自分の買い物に渚を誘う。渚の買い物に付き合うことはあっても、自分の買い物に付き合わせることはなかった。「お兄ちゃんの買い物は長いからなあ」渚はいつも自分が言われていた台詞を返す。目を合わせて笑い合う二人。じゃあ早く朝ごはん食べちゃおう。兄妹はそう言葉を交わすのだった。

 プレイヤーはここで、祐一と渚、二人の物語とお別れである。


誓約と制約

 物語を振り返ると、「こうやって一緒の時を刻んでいけばいいんだ」という祐一の台詞。これは象徴的だと思う。

 実は先に紹介した選択肢だがいずれを選択しても二人は一線を越えない。そして割愛したがむしろしない祐一ルートのほうがアダルトゲームするというギャルゲー初心者を動揺させる驚きの設計だった。

 さておき。渚は、祐一から兄としてではなくパートナーとしての愛情が欲しくて、言葉にできないその想いを抱えて苦しむ。反対に、祐一はそうした愛情を渚にあげられなくて苦しむ。そんな想いを抱いてはいけないのだと、今のままで自分は幸せだと、そう自分に言い聞かせる祐一の姿は、自分(自分たち)は間違っているという自覚に対して、見ていて痛ましいほど自罰的だ。

 渚と祐一、想いを通わせたはずのこの二人のすれ違いは、少なくともこのとき・この二人にとって、一線を越えない限り永遠に解消しないだろう。そしてこの一線を越えた先に待っているのはもっと苦しい共犯関係かもしれない。「遠いね」という、渚のモノローグが響く。つまり「こうやって一緒の時を刻んでいけばいいんだ」という祐一の言葉は決して前向きな「いいのだ」ではない。「いくしかない」という懊悩と覚悟がないまぜになったかなしいつぶやきである。そして、

「ずっと一緒にいよう」

 祐一と渚は一見同じ言葉で誓い合いながらも、決して手を取り同じほうに進むことはできない。それこそずっと。この言葉は、二人にとって誓いの言葉であると同時に呪いの言葉になっている。この言葉で二人が交わす約束は「ずっと一緒にいる」ための多くの苦しみと犠牲を秘めている。そしてそのことを互いに了解する、そういう約束である。あまりに切ない。あーしんど。


高鷲兄妹に刺されたカプ厨説

 ところで私のギャルゲー経験値はきわめて低い。せいぜい『ときメモ』を履修している程度だがそのときメモもなぜか「鏡魅羅」さんだけ攻略するという謎プレイ。厳密にはあちらは恋愛シミュレーションに分類されるのだろうが、そもそもギャルゲーにしろノベルゲーにしろオタクでありながらほとんど関わらない人生を送ってきた。ゲームという媒体で文章を追うことがあまりにも苦手なのだ。今でも続けている『グラブル』でさえイベントシナリオはほぼ全スキップという始末。『After…』にハマった今でもそうだし、たぶん、これからもそうだ。

 私がこうやって感想文を提出するのはきっと、このようにギャルゲー(ノベルゲー)に対する免疫がないためにかつてない衝撃を受けたから。そしてなにより、この衝撃の正体がきっと自分でもまだよくわからないからだ。私はいま、自分の胸のうちに広がる言葉にできないこの気持ちを、理解して、受け止めるために手探りで作業をしているのだと思う。嫌いな上司の口癖が「とりあえずやりながら考えよう」なので人のことを笑えないなと思った。ギャルゲーはキャリアアップにもなるらしい。目からうろこだね。

 そんな私が本作をプレイして気がついたことが一つ。ギャルゲーというものは「私」がある美少女キャラを「攻略」するものだと思っていたのだが、それは勘違いだった、ということである。

 そういう作品もあるのだろうが少なくとも私にとって本作は違った。私は高鷲祐一と渚の物語にまんまとハマった。私は、好きな作品の筆頭に『狼と香辛料』と『魔界探偵脳噛ネウロ』を挙げるが、それぞれ「ホロとロレンス」「ネウロと弥子」というカプ(バディ)がとても好きで、そこが好きでそこを語る。要するにカプ厨なんだろうが本作はそんな私に「実の兄妹」という設定の尊さを、「高鷲兄妹」という切なくて美しいカプの物語を与えてくれた。ありがとう。そして許さない。

 付け加えるなら『俺妹』は全巻持ってるけどここまでこじらせなかったので(Tonyさんの絵による)渚がどストライクだったこともある。でもきっと、主人公がほとんど顔を見せないギャルゲーという形式が私をここまでおかしくした。うーん。それなりに長いオタク人生を送ってきたつもりだったが、まだまだである。


ほんで再プレイは?

 さて本編の再プレイ前の助走と思って手を出したファンディスク『After…Sweet Kiss Episode 2「渚 〜Anytime be with me〜」』。うむ。見返すと素敵なタイトルだなあ。「Anytime be with me」。いや。ちょっと腹が立ってくるな。こんな切ないタイトルにしやがって…。もはや助走のつもりが無事当て所のない永い旅へと離陸した感覚である。先が思いやられる。しかしここで立ち止まっている場合ではない。もう一度この切なくも美しいアフターストーリーに戻ってくるためにも、あらためて、メインストーリーと向き合おう。向き合い続けたところでこの致命傷、たぶん悪化するだけだが。愚か。香奈美ルート? いやーやっぱ渚ルートっしょ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?