ギャルゲーと終わらない夢(Ciel『After…』プレイ日記7-2)

 ギャルゲーの魅力。それはプレイヤーとして経験値を稼ぐことで自分だけの主人公を作る・成すところにある。

 私たちは個性豊かなヒロインといろとりどりの会話を交わし、思い出を積み重ね、悲喜こもごも数々のエンディングを迎える。主人公とヒロインが紡ぐいくつものかけがえない物語の観測者となる。しかし、私たちは最後には主人公としてではなく「プレイヤーとして」一人を選ばなければならない。やっぱ渚が至高なのだと。これがギャルゲープレイヤーに課せられた使命であり、その醍醐味である。

 私がこのことを学んだ『After…』というゲームのお話である。


鬱ゲーにおけるメインヒロイン

『After…』は、「登山狂として夢に掲げた冬山の穂高岳登頂にて事故死」することが約束された主人公「高鷲祐一」が死の運命に翻弄されながらもパワー系ハピエンを迎えるべく数々の困難に立ち向かう物語である。

 実妹の攻略対象「高鷲渚」とは死後に友人の肉体に憑依し物理的に兄妹の壁を粉砕。友人の幼馴染「喜志陽子」とは自ら死ぬことで彼女が長年想い患った主人公の無二の友人でもある想い人と結ばせるデスキューピットを敢行。「ヒロインのためなら俺なんてどうとでもなれ」そう言わんばかりのパワー系解釈ハッピーメーカー。祐一はそんな気骨あふれる人柄の持ち主だ。

 さて。実妹や友人の幼馴染という設定と一線を画す幼馴染たる約束されたメインヒロイン「汐宮香奈美」のルートはどうだろう。

 今度の祐一は自らの死を招いた男の肉体に死後転生。かつて愛を交わしたヒロインたちから加害者呼ばわりされるハメとなる。追い打ちをかけるかのようにさる有識者から「明後日にはこの体の持ち主と同化しお前の人格は消滅する」などと恫喝される始末。踏んだり蹴ったりの祐一だったが幾度となく死の因縁を断ってきた歴戦の戦士はこれに奮起。居直って思いの丈を香奈美にぶつけ、二人はすれ違いの日々に終止符を打ったのだった。

 が、それも束の間。祐一・二度目の死が予告された運命の日。二人は「公園に三時で」と約束を交わす。雨の降るなか身じろぎもせず祐一を待ち続けた香奈美の前にようやく現れたのは祐一としての記憶を失った、祐一、いや、もはや肉体すら祐一ではないのだから本当にただの他人、知らないだれかであった。一縷の望みをかけ声をかける香奈美だったが男は戸惑うそぶりを見せるばかり。香奈美は懸命に呼びかける。「お願い……思い出して……ユウ……お願い」香奈美と一緒に呼びかける私。頼む。思い出してくれ祐一。だが男は困惑ぎみに首を振る。「あなたが言ってるユウって名前でもないし、君の事も知らないんだ……」。終わった。誰もがそう思った。

 しかしそこはメインヒロイン。二度の辛すぎる別れにも香奈美はめげなかった。旧知に呼びかけ駆り立てられるように祐一の死地たる穂高に挑むことを決意。きっとそれはただ彼が最期に見た風景を心に留めておきたい。それだけのことだったのだろう。奇しくも時を同じくして心に焼き付いた風景をその目で確かめるため穂高に登る男・祐一(仮)と再会。男は死に場所にまで迎えに来た・来てくれたその大切な少女を、誰より大事な幼馴染のことを、ついに思い出すのだった。運命の場所で感動の再会を果たした二人。こうして『After…』は感動のフィナーレを迎え幕を下ろした。

 *

 うむ。見事なご都合主義だ。いっそ美しい。いいよ。大丈夫。嫌いじゃない。先に申し上げたように渚ルートや陽子ルートが祐一の執念だったとすれば香奈美ルートはメインヒロインの執念が実った。そんな力感あふれるエンディングだ。天国まで祐一を迎えに行った香奈美に私は拍手する。

 さて。渚ルートに戻るか。


というのもですよ

 先に紹介した「記憶をなくした祐一(仮)と香奈美」のやり取り。ここで私は終わったと思ったと申し上げた。だがそのときを振り返るとどうも私は「ここで終わってほしい」……醜悪にもそう思ったらしい。

『After…』はエロゲーで鬱ゲーだ。そう私は思っている。たぶん世にはびこる本格派鬱ゲーに比べればかわいいものなんだろうけど本作は私には十分鬱ゲーだった。バドエンの渚レイプされて手首切って死ぬし。ハピエンでもレイプ未遂に会うし主犯は野放しだし。実妹だし。つまり、

「私は」

「渚ルートで鬱ゲーみある展開にピュアにも苦しみ、のち乗り越え、のち微妙に解釈違いのハピエンを見て実妹とは結ばれ得ぬのだと絶望し」

「陽子ルートで死の救済を味わい」

「香奈美ルートでご都合主義の洗礼を受けた」

「高鷲祐一」

 である。これが『After…』をプレイした「私」であり、私が作りあげ私が演じた「高鷲祐一」の物語である。


だから 

 だから・私は祐一と香奈美の物語「も」鬱く切ない終わりをしてほしい。仄暗い気持ちでそう願ってしまったのだった。こんなハピエンは祐一じゃない。おろかにもそう思ったのである。鬱ゲーに魅了された男の末路である。情状酌量の余地はない。最初から香奈美ルートをやっていればこんなことにならなかったのかな。いや。よそう。何度記憶をなくしてプレイしたって初手渚なお兄ちゃんでいたい。そう思うほど私はこじらせてしまったのだから。

 だから・私は渚ルートに戻る。この帰巣本能の先に結論などないし、これ以上、私がこのゲームをプレイしても終わりはない。私はもうそこに描かれている「高鷲祐一」ではないから。

 だから・私は屈折した、屈折した私は「高鷲祐一」として渚ルート・それも祐一の死以前の幸せなころに戻って終わらない夢を見るしかない。陽子も香奈美も好きだよ。どっちのルートもいい話だったしみんな幸せになれてよかった。で? 渚は? これは私が『After…』をプレイして得た正直な感想なのだが、ギャルゲー先輩諸兄・みなみなさまはどんなメンタルでそのゲームを終えているのだろうか。常人の沙汰でないことは確かだと思うのだが。みんなあたま大丈夫?

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