だから私は「共依存」(『ピオフィオーレの晩鐘』オルリリの話)


前略

私の人生初となる乙女ゲーム『ピオフィオーレの晩鐘』。


結論から申し上げると、私は作中カプの一つ「オルリリ」を温かくも理解不能のまなざしで見守る一人のモブキャラと化す。勢い込んでお伝えしていこう。

(注)以下ネタバレあり。「オルロックルート」しかやってない人間の感想です。


『ピオフィオーレの晩鐘』とわたし

そもそもの道行である。

こうして筆を取るのは『ピオフィオーレの晩鐘 Character Drama CD Vol.3 オルロック』(以下エピローグCD)を視聴した、私だ。

私は第一作のNintendo Switch移植版『ricordo』オルロックルート、そして第二作『1926』オルロックルートをプレイし先のエピローグCDになだれ込んでいる。他ルートには目もくれておらぬ。ただ、『ピオフィ』体験として他キャラにうつつを抜かさずエピローグまで「なだれ込んでいる」のは間違いないのだが、実は『ricordo』から『1926』のプレイまで現実時間で約半年の時間が過ぎていた。乙女ゲーム初見の衝撃から半年、尊みの暴力を受けてエピローグの豊永利行ヴォイスCDに涙するという遍(変)歴。それがいまの私であることをまずもって記しておきたい。


半年前のうつろな記憶で語る「初の乙女ゲーム」

さて、不肖わたくし、男であるので乙女ゲームというものに疎い。疎いがどうだろう。『ピオフィオーレの晩鐘』オルロックルートは果たして「乙女ゲーム」なのか。

オルロックという青年がいる。未成年。若者である。作中「教国」と呼ばれる組織に身を置き、神に仕える使徒としてばっさばっさと天誅を下す汚れた経歴の持ち主だ。本作はイケメンマフィアが多数登場するため幸いその悪行ぶりはそれほど浮いたものではない。そうはいっても人殺しである。他ルートの攻略キャラも手にかける。おうおう。ぶいぶい言わすじゃないの。

そんな彼が此度めぐり逢ったのがヒロインであるリリアーナだった。リリアーナ・アドルナート。片田舎の教会に身を寄せる平凡な少女だ。愛称・リリィの彼女を巡り、ゲームの舞台ブルローネは三すくみのマフィアによる三つ巴の抗争を展開してゆく。『鍵の乙女』という運命に翻弄されるリリィに、敬虔な信徒として尽くすオルロック。

作中、オルロックは自らの汚れた手で尊いリリィを救うことに苦悩する。使徒として自らの心を殺し律することと、貴き聖女に傅くことは、彼のなかで容易に割り切ることができない問題だった。苦しそうなその様子は白馬の騎士というより心を持った怪物のようである。

対して、リリィにとって彼は頼りになる用心棒であると同時に、それ以上に、手の届く場所にいる迷える子羊さながらだ。そうはいっても彼女は自らが聖女などという大層な身分でない自意識がある。ここにも鏡写しの葛藤がある。リリィにとり、それは演じるに過分な役に対するためらいというより、安易な助けはオルロックという一人の青年を真の意味で救うことにはならないという戒めによるところが大きいように見える。

「オルロック」という名は使徒という役に与えられたコードネームである。使徒オルロックとしてしか生きられない彼に、リリアーナは、突如として地獄に転落した自らの世界のなかで、そこに顕現した、たった一人の純粋な生を、その一つだけをこそ「救いたい」を願い、行動する。リリィはオルロックに救われたから報いたいだけではなくて、目の前に現れたきれいなものを守りたい。そんな穢れのない愛をオルロックに捧げている。

……本作のクライマックス、オルロックは、使徒として、過去に手をかけた男の子息を、リリアーナを守るため討ち果たす。かつては任務としての行動で、リリアーナと出会い「人は殺してはいけない」という当たり前を誓い、そのうえで、殺す。これがパケのキャラなんだからまたもう。おうおうおう。

たくさんの人を殺めた事実を、たくさんの恨みを買い、たくさんの悲しみを生み出し、いつ命を狙われてもおかしくない、「だから守るため殺す」という形で背負う決意をした、オルロック。それを許すのではなく一緒に背負い、ともに生きる決意をしたリリアーナ。私見だがこれは共依存ではない。互いに背負いあってこそ二人はこれからも生きていくことができる。その意味で共依存であることに違いはないが、驚くことに二人は全く別のものをそれぞれ別の方法で背負っている。その、すれ違っているようで全くすれ違っていない二人の在り方は、「ともに生きる」ことの美しさを描いている。


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以上。『ricordo』感想。うん。これが乙女ゲームかー。どう見ても人の生死を扱ってるおも重めノベルゲーなんだが。これが乙女ゲームか?プレイヤー(私)の偏った感想か?

よくわからないがよくわからないまま、私はあまあまカップリングとかではなく重く尊く重いカプとして「オルリリ」を心に刻み、半年を過ごした。

なんだかんだ重い腰をあげ気が向いたので『1926』をプレイしたのがつい先日のこと。そこで解釈違いに見舞われたショックがこうして筆を取らせているのだが、その辺、疲れたので稿を分けることにしよう。

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