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犬飼と初デートする話 【犬飼】

「そろそろ初デートしよっか」
「はい?」

土曜日の午後、ハンバーガー屋でポテトLサイズを貪っていた時だった。
元から彼は突拍子もないことを言い出すタイプだったけど初デートとは、これはまた急な話だ。
確かに私たちが恋人になってからまだ日は浅い。でもそれまでの数年間はずっと友達だったから2人で出掛けることなんてザラにあったし、今更初デートとか言って浮かれるような間柄でもないというのに。

「いや、今更だって思うのはわかるけど。1回くらい、思い出としてやっとこうよ」

私の考えを察した犬飼は、何か言われる前に素早く言い加えて真面目に説得しようとしている。
そういえば、彼が以前『2人の思い出をこれからも増やしていこう』と言って、私も賛同したのを思い出した。なるほど、そういうことなら有言実行しなくちゃ。

「いいよ。“初デートといえばこれ!”ってわかりやすいのがあったほうがいいし」
「そうそう!で、どうせなら2人とも今までやったことないことしたいなーって」

山の中で一番長いポテトを引っ張り出しながらそれっぽいことを述べて賛同すると、犬飼はパッと顔色を明るくして話を進めた。

「いいね、私そういう思考わりと好き」
「よっし!じゃあ作戦会議ね」

そう言うと彼は座ったまま身を低くして、本格的に秘密の作戦を立てる体勢になった。

「どう?何か案ある?」

彼のこういうところが好きだなぁと呑気に考えている私に、早速意見を求める。

「例えば、2人で電車に乗って流れる景色をただ延々と見つめる会とか?」

提案を聞くとくすくすと楽しそうに笑った。彼はこの手の話が好きだし、私はこういうの考えるのだけは得意だ。

「いつも思うんだけど、そういう発想どこから来んの?」
「自然と降りてくる」
「天才じゃん」

絶対に要らない才能を君が大切にしてくれたんだよ、と心の中でだけ返事をした。こういうのはいつか、家のソファーで寝そうになってる時とかに言おう。

「犬飼は何かある?」
「俺ね、写真撮りたい」

最初から決めてました、って速度で返事が返ってきた。意外にも、写真。

「へぇ、意外」
「えー、嫌?」
「ううん。でも犬飼いつも、撮って残すってよりは目に焼き付けるって感じで色々なもの見てるから、意外だなって」
「うわー…またすぐそういうこと言う…!」

額に手を当てて顔を隠す。これは、犬飼が照れてる時の仕草だ。

「え、何で照れてんの…情緒やば」
「これからもっと2人で思い出増やすから、些細なことでも忘れないようにしたくなったってことです!」
「……何ですぐそういう照れること言うん…」
「言わせたのそっちだから…」

あぁ、何だこれ。私達たまにこういうことになるからアホなんだよ……こうなるとしばらく目も合わせられない。

「でも、なんか嬉しい。ありがとう。男の子ってプリクラとか撮る時あんまり乗り気じゃないし、写真に興味ないと思ってた」
「一緒にプリクラ撮ったことなくない?」

……これ、地雷踏んだな。一気に冷や汗が出てきたり、動揺してポテトを探す指先が犬飼の手に当たって、指の隙間に彼の指が入ってくる。散々だ。逃げられない。

「…いやまぁ、それは過去のことで」
「目見て話しなよ」
「犬飼以外の男の子と撮った時のことです」
「…へぇ、それまだ持ってんの?」
「いや、存在忘れてたっていうか、別に置いてたわけじゃないんだけど…多分まだある」
「ふーん。まぁ俺も普通に、そういうの持ってるけど」
「だよね!?ていうかないわけないよね!?良かったーー!安心!」

あー、焦った。私だけ知らないうちに裏切ってたらどうしようかと思った…ほっと安心して胸を撫で下ろしていると、犬飼が神妙な面持ちで何か考えているのに気付いた。

「よし、決めた」
「え?」
「初デートは今まで異性と撮ったプリクラを燃やしてキャンプファイヤーしよう」
「待て待て待て」


※火の扱いには細心の注意を払っています。

キャンプファイヤーの雰囲気を出すため、私達は日が暮れてから近所の河原に集合した。コンクリートで舗装されてる場所なので燃え移る心配がない。
私が持ってきた燃料は全部でせいぜい5枚程度だけど、言い出しっぺの犬飼は私の数倍の燃料をコンビニの袋にぶち込んで持ってきた。この野郎。

「よーし!燃やすか!」

犬飼がルンルンで家から持ってきた焚き火セットを広げて、鎮火用の水やもしもの場合の逃走経路の準備も整った。チャッカマンで最初の火をつける犬飼の隣に腰を下ろした。
火がある程度の大きさになったら、燃料を交互に入れていく。当然私の手持ちが先に無くなって、そうなると彼は残り全部を一気に火の中に投入した。

火の粉が1つ2つと、過去の思い出みたいに光っては消えていくのをしばらく黙って眺めていた。先に口を開いたのは犬飼だった。

「まだ俺のこと、面倒くさい奴って思ってる?」
「マシュマロ持って来れば良かったなって思ってる」

私の返しが気に入ったらしく、彼は腕に顔を埋めて声を押し殺して笑う。そんな隠すように笑わなくてもいいのに。
ひとしきり笑い終えると、静かに顔を上げて、今度は眩しそうに火を見つめた。

「こんなに違うのに、一緒にいたいって思うの何でだろね」

たまにこんなことを考える。彼の目には、世界はどんな風に見えてるだろう。どんなものに心を惹かれて、何を感じ取っているんだろう。

一緒にいるようになってから気付いたことがたくさんある。思ってたよりお喋りな人ではなかったこと。黙って何かを見つめたり考え込んだりしていることが多いこと。たまに彼が使う優しくて、思いやりのある言葉はこんな時に生まれているのかな。

「今まで私は、言い寄ってくる君に対して結構酷い扱いをしてきたけど、犬飼といると結局いつも楽しかったんだよ」

今まで私が好きになった人とも全然違うし、どっちかと言えば苦手なタイプだと勝手に思ってたけど、それって犬飼の上辺しか知らなかったからだ。

「酷いとか思ったことなかったよ。好きになってもらうために好きになったわけじゃなかったし」
「よーーく言うぜまったく」
「すみません今のは流石にカッコつけました」
「あははっ、犬飼おもしろ。三門市で一番面白いんじゃない?」
「まーじで恥ずかしくなってきたから苛めんのやめて〜」

私がからかいすぎて、犬飼は両手で顔を完全に覆って静かになってしまった。
2人でつけた火が昔好きだった人たちを燃やして、今の私たちを暖かく照らす。こんなことしても過去は消せないってわかってるけど、我慢できなかったよね。我慢できないくらい、お互いに素直になれてるってことで。

「犬飼、楽しいね。また一緒に遊ぼうね」

よく見えそうで見えなかった彼の心の中が、顔を隠されてもわかるようになって、言葉にしなくても通じ合えると嬉しくて、通じ過ぎてたまに恥ずかしい。

「一生の思い出になった?」
「うん。犬飼は?」
「俺はお前と過ごす毎日が一生の思い出」
「どしたん犬飼、今日めっちゃ調子良いじゃん」
「突っ込み待ちですけど」
「上着燃やしたろか」

上着を燃やされないうちに、犬飼が水をかけて火を消した。灯りが消えると辺りは真っ暗でシンとしている。

「なんか怖」
「手繋いであげようか?」
「うるさいわ、荷物全部持て」
「おぉ怖い」

あー、またやっちゃった。
ずっと友達みたいな付き合いをしてきたから、恋人っぽい物理的な距離感にどうしてもまだ慣れていない。犬飼ごめん、許して。

「さ、撤収撤収〜はいどうぞ」

心の中で反省会をしているうちに彼は荷物を片手で纏めて、空いた片手を差し出した。そして、私が好きになった笑顔で微笑む。

「彼氏の片手、空いてまーす」

もう今日は犬飼が優勝でいいや。

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