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瞳を閉じて心を開く 【犬飼】



(『犬飼と体育祭に行く話』の後の話です)



『一度ちゃんと話し合おう』と約束をしてから1週間以内に犬飼から連絡があって、昼の防衛任務後、作戦室を貸し切って何とか2人で話す時間を作れた。

「ねぇ、俺今日振られる?」

そういうこといきなり聞けるところ、どういう精神なの?って思う。
返事も相槌もせずに目を見つめると、彼はへらりと笑って目を伏せた。

「何の話からする?」
「じゃあ、先に謝っていい?」
「うん」

静かに、机の上で握りしめた両手には力が入っていないように見えた。

「周りの雰囲気に流されて、好きになってくれないかなって思ってたんだよね。でも、もうやめる。しんどい思いさせて、ごめんね」

大切なことだけ伝わるように、手短に謝るスタイル。
でも、私は今省かれた犬飼の気持ちの部分が彼の口から聞きたい。

「わざわざ周り巻き込む必要皆無でしょ。何で直球でこないん」
「直球で押しても反応ないから、思考変えてみたって感じ?」
「それで嫌がられてたらボロボロじゃん…そもそも犬飼が何で恋愛にそこまで本気になれるのか、私にはまだわからん」

もっと賢い人だと思っていた。少なくとも、私みたいな奴を好きになったりしないくらい。

「多分言ってもわかんないよ。本気で人好きになったことないでしょ?」
「それは犬飼もだし」
「俺は今、本気で好きだよ」
「…その本気って何、何でわかんの」
「全然違うから」

それは、答えになってないじゃん。

「俺に好かれるの、いや?」

質問しておいて、問いとは別のことを探るような目を向けている。

「恋愛的な意味でなら応えられないし、私はあくまで友達でいたいと思ってる。それに、犬飼が辛そうだから、嫌」
「あは。何それ」

無理矢理笑われてもわかるから、少しも楽にならない。今、ちょっとイラついてるんでしょ。だったらへらへら笑うなよ。

「自分の意見は通したいのに俺にも傷付いて欲しくないとか、無理でしょ。好きになれないことを咎めたりしないから、自分の立場くらいハッキリさせて」

彼は矛盾した態度を見逃さない。どこまでも真っ直ぐなその気持ちに私はいつも苦しめられている。だって、誰もが自分みたいに真っ直ぐ立てると思い込むなんて傲慢でしょ。

「友達が辛い顔してるのに、自分は助けられないのがどんだけしんどいか考えたことあんの?こんなに心の中を曝け出して話ができるの、犬飼が初めてなんだよ。大事にしたいに決まってるじゃん」

なんで、それを恋愛感情と別で考えられないの。
口に出して言ったら、今まで我慢してたものが全部喉の奥の痛みへと変わって、少しでも気を緩めると泣いてしまいそうだった。

「…ごめん。好きになったりして」
「ほんとだよ、戻ってきてよ…」

項垂れるように机に突っ伏した。疲れた、帰りたい。泣きたくない。ゆっくり息をして、呼吸を整える。私の言葉に、犬飼は返事をしなかった。

「…俺も、初めて。こんなに俺のこと大事にしてくれる人」
「全然出来てないよ」
「そんなことないって」

私がどれだけ突き放しても諦めてくれないし、投げつけた酷い言葉を優しい言葉で返す。だから私は、犬飼に対する苛立ちとか、抱えきれない感情の行く当てをいつも無くしてしまう。

「…俺が言うのも変だけどさ、“『好き』に『好き』で返さないといけない”ことなんて、ないんだよ」

机の上に放っていた手に犬飼の手が軽く重なった。いつもならすぐ振り払うのに、今日はそんな気さえ起こらない。

「好きか嫌いかの二択を迫ってるわけじゃなくて、俺は一択だよって教えたいだけだから」

だから、俺のことずっと好きにならなくてもいいよ。

もう返事はしなかった。彼の優しさに触れるたび、自分の最低さを思い知る。

「あんまり気負わないで。避けられたりすると一番しんどいから、普通に接して欲しい」

相手の声だけでどんな顔してるかだいたいわかるのに、何でこんなに距離を感じるの。

「…避けるとか、有り得んでしょ。真面目に向き合いたいって言ったじゃん」

『…ありがとう』彼が言ったのを聞いて、これ以上話を続ける気は無くなった。

「…ちょっと寝かせて、もう疲れた」
「うん。ここに居ても良い?」
「お好きにどうぞ」

今まで彼の下敷きだった手を、今度は私が上に重ねる。戦意喪失。じきに意識も遠のいていく。
私はこの人には一生勝てない。




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