見出し画像

クリスマスの夜 【犬飼】


「あ〜何かいいもん食べてるね」
本部の食堂でカレーを食べていると犬飼に絡まれた。
「あー。犬飼、お疲れ」
「何それ、ダジャレ?」
「しばくぞ」

もう互いの挨拶のようになっている、他愛もないやりとりをして犬飼は真向かいの席に座る。

「何か食べないの?」
「さっきカップ麺食べてきたから」
「ふーん」

会話が途切れた。いつもなら犬飼がすぐに話し始めるけど今日は何をするでもなく、ただこちらを眺めているだけ。
こいつ何してるんだ?と不審に思いつつも構わずに食べ進めた。気を遣って間を持たせるほどの間柄でもない。あとスプーンを4回くらい口に運べば完食、ってタイミングで犬飼はやっと口を開いた。

「クリスマス、一緒にどっか行こーよ」

今思い付いたのか、それともずっと言おうとしていたのか、口ぶりからは読み取れなかった。とにかく、クリスマスは2週間後だ。昨日シフトを提出したばかりだから覚えている。

「その日バイト入れた」
「うっわ…マジ?まさか両日?」

コイツあり得ない、って顔で瞬きする彼に向かって頷く。そうですけど何か。

「特別手当て出るし、やるっきゃないよね」「嘘でしょ………バイト先何処だっけ?」
「言うわけないじゃん、教えたら来るでしょ」

ですよねー、って撃沈した犬飼は机に突っ伏し、残念感を全面に押し出す。

「…ちょっとでも会えない?このままじゃ俺、人生初のクリぼっちコースなんですけど」
「知らん知らん、家族と過ごせ」
「犬飼家のクリスマスを家族で祝う風習はとっくに廃れてるんだって〜」
「じゃあさっさと彼女作るか防衛任務入れなよ、とにかく私はバイトなんでパース」

逃げるように最後の一口を食べ、冷たい水を一気に喉に流し込んでから、トレーを持って立ち上がった。

月日は流れ、あっという間に24日を迎えた。宅配ピザ屋は目が回るほどに忙しく、勤務が終わった頃には20時をとっくに過ぎていた。

「クリスマス勤務お疲れ様〜」
「お疲れ様です」

勤務中に着用を命じられていたサンタ帽を片付けていると、さっき白い息を吐きながら配達から帰ってきた店長が事務所に入ってきた。

「シフト入ってくれてほーんと助かったよ〜高校生なのに偉い!そんないい子にはプレゼントをあげないとね」

優しい笑顔を浮かべた店長は、帰ってきてからずっと片手に持っていた大きめの紙袋をこちらに渡す。

「え!やった!これ何ですか?」
「クリスマスケーキ♡配達の帰りに買ってきたの」
「ワンホールも!いいんですか?」
「いいのいいの!明日もよろしくね」
「ありがとうございます」

クリスマスイブに現れた優しい女性のサンタさんにお礼を言ってから、爽やかな気分で退勤した。時給も高いうえにケーキまで…こんなんもう超ハッピークリスマスじゃん、全人類が私の味方をしている。メリークリスマス世界!ケーキをワンホール持っているだけでこの寒ささえも幸せに思える。ふと、私のせいでクリスマスを一人で過ごした人のことが頭に浮かんだ。彼は、クリスマスを楽しめただろうか。…ケーキ、食べたかな。


で、結局来てしまった。犬飼の家。
なんか真っ暗で人の気配ないけど、これもしかして誰もいないんじゃ…だとしたら虚しすぎる。ていうか1回こっぴどく断っといて今更来るのもおかしいんじゃ……
ええい!とにかくここまで来たんだからインターホンを押さずに帰るなんて有り得ない!と、持ち前のガッツと勢いでインターホンを押した。ピンポーン、と鳴らしたベルが耳の奥でこだましている。
出ないじゃん……
一応、一応メッセージ送ってみよう。

『今、どこ?』かじかんだ指先で送ったメッセージには、1分もせずに既読がついた。『家いる。どうして?』彼は私より文字を打つのが速い。さて、何て返せば変に思われないだろう。『窓の外見て』
既読マークがついてからすぐ、2階の部屋の電気がついて、明かりが漏れた窓から犬飼が顔を出した。
胸の横で小さく手を振ってみせると、彼は驚いたような顔からパッと笑顔を咲かせる。くるりと踵を返し、ドタバタと階段を駆け下りる音が聞こえたと思えば、ものの数秒で玄関の扉から飛び出してきた。

「マジで!?本物!?」

きらきらと子供みたいに目を輝かせて寄ってくるから、なんかこっちが恥ずかしくなってくる。

「どーも、こんばんは」
「うわー!!本物だ!!」
「あはは、サンタさんだよ」
「やばいめっちゃ嬉しい!何で?てか俺の家覚えてたの?超ビビった!」

落ち着いてって言いたくなるようなこの反応。やっぱり、来て正解だった。

「何回か来たことあるじゃん。はい、メリークリスマス」
「ケーキだ!」

私から紙袋を受け取った彼は中身を覗いて飛び跳ねた。私が買ったやつじゃないけど。喜んでるから言わないでおこう。

「じゃあ、私はこれで」
「え、何で?食べて行くでしょ?」

さっさと立ち去ろうとした私に向かって、犬飼はきょとんと不思議そうに声をかける。

「いや、こんな時間に家上がるの流石に申し訳ないよ」
「あぁ、平気平気。ウチ今誰もいないし。両親はクリスマス旅行行ってるから」
「でも、お姉さんたちは?」
「2人とも彼氏とデート。毎年朝帰り」
「え、犬飼マジの1人じゃん…何してたん」
「寝てた。換装解いたらパジャマだよ」
「どうりでトリオン体なわけだ」

なんか…ほんとに来て良かったな。犬飼は私が想像してるよりもずっと寂しいクリスマスを過ごしていたようだ。

「とにかく寒いし家上がりなって。体冷えたでしょ?」
「あ、でも…」

誰もいないのは逆に、どうなんだろう。私達、ただの友達だしなぁ。彼女でもないのに、いいんだろうか。

「…不安なら、誰か呼ぼうか?国近ちゃん、加賀美ちゃん、ゾエとか、当真と王子…はあんまり呼びたくないな。ここからだと誰が家近いっけ…」

スマホを取り出した手に、とっさに手を重ねる。

「いいよ、いい。2人で食べよう」
「…嬉しい。ありがとう」

そんな悲しそうに笑われたら、こうするしかないじゃないか。


「お邪魔します」
「どうぞ〜」

初めて上がった彼の家は、人の家の匂いがするはずなのに、心がほっとするような不思議な感じがした。

「…何?」

犬飼がこっちをじっと見つめているのに気付いて思わず身構える。

「いや、何か変な感じだなって」
「私が犬飼の家にいるのが?」
「うん、そう」
「私も変だと思う」
「あははっ、俺の部屋2階だから上がってて。お皿とか持ってくる」
「わかった」

ケーキを受け取って階段を登った。何か、超違和感。勝手に人の家に上がった泥棒ってこんな気分なんじゃない?
犬飼の部屋は扉が開けっ放しで電気も付けっぱなしだった。ベッドの布団が乱れまくってて突然の来訪者に慌てたことが伺える。やばい。私、今探偵みたいなことしてる。
もっと何か探ってやろうと辺りを見渡すと、どこか見覚えのある粘土の置物が勉強机の一角を支配しているのが目に止まった。この不恰好なペンギンはもしかして、いやもしかしなくとも、かつて私が美術の授業で作った置物…!そうだ、思い出した。これ去年、犬飼の誕生日に何も用意してなくて、たまたまその日学校で返却されて鞄に入れてたのを押し付けたやつだ……やばすぎる。犬飼の奴、こんなえぐいものよく部屋に置いておけるな。…呪われかねない。持って帰ろうかな。

「お待たせ〜…あっ!何してんの!?」

そっとペンギンに手をかけようとしていると、割り込んできた犬飼の手によって阻止される。

「これは私が責任を持って回収します」
「いや駄目に決まってるでしょ、俺のだよ」
「こんな特級呪物、見逃すわけにいかない」
「何て言おうが返しませーん。これは俺のペンギンです」

まるで自分の赤子を守るように両手で大事そうに抱えて、呪いのペンギンをクローゼットに仕舞った。

「犬飼ってちょっと趣味おかしいよ」
「作者がそれ言う?まぁいいや。ケーキ食べよ〜」
「わーい!ねぇ、蝋燭つける?」
「当然」

気の利く彼は食器と一緒にチャッカマンも持ってきてくれたようだ。

「歌とか歌う?」
「いいよ。なに歌う?」
「赤鼻のトナカイとか?」
「俺笑う自信しかない。歌ってよ」

電気を消して、窓からの月明かりを頼りに犬飼が蝋燭に火を付けた。私はスマホで流したメロディに乗せて1番だけを歌う。犬飼は楽しそうに笑いながらサビの部分を一緒に歌ってくれた。
せーの、で吹き消した火は部屋の中に独特の匂いを残して消えてゆく。一瞬だけ味わえる、身体に悪そうなこの匂いが私は結構好きだ。
4号のホールケーキをとりあえず4等分に切り分けて、一切れずつお皿に取り分ける。犬飼は何も聞かず私のケーキに特別仕様のチョコプレートを乗せてくれた。

「私、犬飼のそういうとこ好きだなぁ」
「…え」

目を丸くして固まってる彼を見て、自分が口を滑らせたことに気付いた。まずい。少しでもこの空気を打ち消すような言葉がないかと探していると、彼はふわりと幸せそうに微笑んだ。

「…それ、一生覚えとくね」

すぐに忘れて下さい。空気を変えるために手を合わせる。

「いただきます!」
「いただきまーす」

パクッと放り込んだ大きめの一口はとびきり甘くて、いちごの香りがふんわりと鼻から抜けた。このケーキ、自然と笑顔になるくらい美味しい。

「美味しいね」
「うん、美味しい」

目の前の彼は私と同じ笑顔を浮かべている。やっぱり1人で食べるより、2人で食べて良かった。

あっという間にケーキを食べ終えて、2人で何だかんだ話をしている間に出してもらったお茶も飲み終えた。時刻は22時を指そうとしている。

「そろそろ帰るね」

頃合いを見て立ち上がった私に続いて、彼も立ち上がる。

「うん、送るよ」
「平気平気。家遠いし、外寒いし、走って帰るから」
「言ってることめちゃくちゃじゃん」

からかうように笑ってる彼は、もう私が何を言おうと一緒に来るつもりだろう。

「お邪魔しました」
「またおいで」

外に出ると夜の冷たい匂いがした。家の方向に向かって足を進める。犬飼もいるし、星が見えるようにゆっくり歩くことにした。

「今日はありがとう。まさか会いに来てくれるなんて、微塵も思ってなかったからビックリした」

吐いた息が白くなる。そんなちっぽけなことが、この季節だけ目に見える私達が生きてる証。

「あれは…ちょっとした気の迷いでしたね」

何だか、犬飼には自分が気付いてない心の奥の部分まで気付かれるような、そんな気がする。それは時々嬉しくて、時々怖い。

「俺のこと、ちょっとでも気にかけてくれてるって知れて嬉しかったよ」

でも、そんな風に人の心を汲み取ろうと努力してくれる彼に対してはなるべく素直でありたいと思う。

「気にかけるくらい当たり前じゃん、友達なんだから」

わざとこんな言い方をするのは、ちょっとした牽制の意味も込めているからだ。私の気持ちは彼もとっくにわかっている。

「…ねぇ、いつか俺のこと好きになる可能性って、何パーセントくらいある?」

また、空気が変わる。こんなこと聞かれるの、ちょっと苦手だ。

「何、急に。そういう話してたっけ」
「ううん。でも、俺は友達で終わりたくないから」
「犬飼ってなんでそういつも直球なん…」

そんなにストレートに言われると、もうこっちは言葉を濁せなくなる。

「犬飼が私のこと、どれだけ好きでも関係無く私はただの友達としか思ってない」
「うん」
「パーセントとか…私達が話すべきなのはそういう話じゃないんだよ。想い続ければいつか気持ちは通じるかもしれないけど、だからって同じものを相手が返してくれるとは限らない。犬飼は、もっと自分の時間大事にした方がいいよ」

しっかり伝えるために目を合わせて話した。彼は目を伏せて、悲しそうに笑っている。そんな顔されると胸が痛い。でも、ここで同情するのが1番最低だ。

「…おっけー、わかった」

大切にしたいけど、ごめん。答えられない気持ちに頷くようなことはできない。

冷たい風が私達の間を通り抜ける。

彼ばかりが変わっていくことに、私は少しだけ腹を立てていた。
最初は私からだった。何度話しても素顔がわからない人だったから友達になりたいと思って近付いた。趣味も好みもあまり合わなかったけど、小さなことに心を動かされているところが自分と似ていると思った。
同じ時間を過ごすうち、だんだん価値観も似てきて、そのことには彼も私も薄々気が付いていて。これからもそんなおもしろおかしい日々が続くと思っていたけど、彼の気持ちの変化に私の方が追い付けなくなってしまった。
だから、今はこんな変な関係になっている。

「でも、好きでいるのは俺の勝手だよ」

そして、私がどれだけ頑張って話しても結局彼はいつもこう言って終わらせる。
こんな風に、捨て身で人を好きになる人だとは思わなかった。私がそうさせているのだったら、ごめん。でも君が言った通り、好きでいるのは自由です。間違いありません。

「うん」
「もうあんまり言わないから、また遊んでよ」
「暇があれば」
「うん。楽しみにしてる」

指先が冷たい。彼も今、同じ冷たさを感じているのだろうか。みんな、この冷たさを知っているから、誰かと手を繋ぎたくなるのだろうか。

今、私の隣にいる彼が来年はもっと幸せなクリスマスを過ごせるといいな。彼が、早く別の人を好きになれますように。その人もどうか、彼のことを本当に好きになりますように。そして私も、いつかは。

クリスマスを彩るイルミネーションが、夜空に瞬く小さな星の光を見えなくしていた。作り物の電飾は派手な装いで、何処か寂しさを訴えるように光り、君の瞳の中で綺麗に輝いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?