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好きぴに夢中 【隠岐】


「あ〜もうほんまに可愛い…何でそんなにキュートなん?天使からの特殊な訓練でも受けてる?」

そんな意味不明な問いかけをこちらに投げかけ、半歩後ろを着いてくる恋人、隠岐孝二。
靴を履き替えることを忘れて上履きのまま下校するという失態を犯した私は下唇を噛みながら、言葉に出来ない苛立ちを発散するために目の前に落ちてた石ころを蹴った。

「おっちょこちょいやなぁ〜今日は疲れてたん?もしかして悩みごとでもある?」

嬉しそうに顔を覗き込んでくるこの男…よくわかっているじゃないか。そう、私は見てしまった。こいつが女の子と楽しそうに笑って歩いてるところを…!

「うん」
「そっか。俺に話せること?」
「…話しにくいこと」
「じゃあそれ、悩みの原因俺のパターンかぁ…」

私が蹴った石の続きを彼が蹴って側溝に落とす。こちらから出発した沈黙が会話を終わらせた。

別に隠岐のことが嫌いになったわけではない。むしろ大好きだ。それに、顔や態度を見ていれば彼が私と同じ気持ちなのもわかる。
ただ、こんなにうんざりする程彼が構ってくれてるのにまだヤキモチ焼いてるなんて格好悪いから言いたくないだけ。
だって自分も隠岐以外の男子と話したりするのに隠岐が女子と話していると傷付くなんてワガママでしかない。利己的で、思いやりがなくて、醜くて恥ずかしくて酷い。誰にも知られたくない本当の私。
みんなの知らない彼の一面を知っている、その事実だけで満足できたら良かったのに…当然のように、私の知らない彼も誰かの目の前にいる。それを早いとこ認めて、許せるようになれたら立派なのに。

昼間見た光景がまだ頭の片隅から消えない。

暖かい陽射しのような彼の微笑みは、恋人でも友人でも関係なく、全ての人に等しく与えられる。


**


もし秘密に交際している人がいるなら、たとえ廊下ですれ違ってもその人を見るべきではない。目が合わなかった時の虚しさは地球を包めるくらい大きい。

「いやいやマジやって。何なら俺実家で猫飼ってるし」
『うっそウケる笑、写真見せてよ』
「ええよ。ちょっと待ってな」

隠岐の野郎…見かける度に違う女といるな?なんかもう、ここまでくると普通に悲しい。私にも猫の写真を見せろ〜!と心の中で猛抗議しながらその場を静かに通り過ぎた。何事も起きないのが更に悲しい。
そんな悲しい気持ちを胸に抱えたまま教室の扉を開ける。
何故だかわからないけど、クラスみんなの視線が一斉にこちらに向いた。

「え、何。ビビる」

異様な出来事にとりあえず一言だけ感想を述べ、意味のわからないまま席へ着こうとすると、パッと誰かに腕を掴まれてしまった。

『ね、ごめん。ちょっと来て』

声の主は最近やたらと絡んでくる隣のクラスの男子。みんなに注目されるのが好きなタイプの人だ。

「何で?」
『告白!』

突き放すように聞いた問いを、さっぱりとした笑顔で堂々と返された。冗談でしょ神様。答えは勿論ノーの一択だけど、この場所で話をされるのはちょっと気まずいが過ぎる。

場所を変えて話をするために、そのまま手を引かれて外に連れ出される。さっき歩いてきた道を逆戻りする途中、あちこちから聞こえる浮かれたざわめきが私の気分を一層悪くした。


**


『いやわかるけどさー、あんなあっさり振ることなくねー?』
「振られたその日にまだ話しかけてくるんだ。メンタルすごいね」

放課後、学級日誌に“今日は厄日でした”と書き込んでいると、昼間の彼が懲りずにまた現れた。さっきまでいたはずの友達は変な気を遣って先に帰り、教室に2人きりにされてしまった。

「だいたい言うほど仲良くないよね?何でいけると思ったの」
『だ〜って俺の前でだけ笑顔が何か優しい感じがしたんだよ』
「自意識過剰すぎて言葉を失う」
「てか真面目に彼氏いないなら俺でも良いじゃん。これでもなかなか人気の物件ですけど』
「冗談キツイ、事故物件でしょ」
『言うね〜脈なしなのはわかったけどさ、あんなに注目集めといて無理でした⭐︎とか恥ずかしすぎて俺明日から学校来れんよ』
「君が来なくても私は何も困らない」
『この子ひど〜!』

溜まっていたストレスをさりげなくコイツを使って発散していた。絡みは浅いけど、案外悪い奴じゃないことは知っている。

「あの〜楽しそうなところ悪いんですけど〜」

突然聞こえた声に驚いて、机の隅にあった消しゴムを床に落とす。

『ごめんごめん、うるさかった?…ってかあれ?A組の隠岐くんじゃね?』

恐る恐る声の方へ視線をスライドさせると、A組の隠岐くんが教室の扉に手をかけて立っていた。ファンサービスかな、人当たりの良さそうな笑顔を見せてくれる。

「どーも、俺のこと知ってんの?」
『いつも女子連れて歩いてるモテメンじゃん!うわ本物まぶしう〜〜』
「ふーん、そういう認識なんや」

いや何これ。どういう状況?
何処を見るのが自然なのかわからず、混乱して目をキョロキョロさせる。

「なぁ、2人で何してたん?」

貼り付けたような笑顔を崩さないまま扉を後ろ足で閉めて、ゆっくりとこちらへ近づいて来た。これは…何かやばい雰囲気。

『それは隠岐くんに関係なくね。はいどーぞ』
「どうも…」

隠岐の言葉を跳ね除けた彼が、落とした消しゴムを拾ってこちらに渡す。
おずおず受け取れば出した手をそのまま隠岐に見せつけるように握られた。こんなにやばいシチュエーションは人生にそう何度もないだろう。いくつ心臓があっても足りない。

「手、離して」
『いいよ、一緒に帰ってくれるなら』
「無理、普通に嫌」
『じゃあ離すのやーめた』

お前は何でこの殺気を感じない?背後の彼氏が怖すぎて手が震える。

「嫌がってるやん、離してあげや〜」

まず優しく諭すように声をかける。彼も穏便に済ませたいという気持ちがあるのだろう。私もそれがいいと思います。

『ダルイって。空気読めよ』

いやお前が空気読め…!私の手汗がやばいことにそろそろ気付け!命を無駄にするな…!
視線で訴えかけても察しが悪い馬鹿には全く伝わらず、手は離れないまま、ゆっくりと着実に近づいてくる足音がついにピタリと止まった。私を捕まえていた腕を隠岐が掴み挙げる。

「いちびっとんちゃうぞお前。頭おかしいんか?離せ言われたら一回で離せや」

隠岐のそっくりさんかな…?と疑うくらいに彼本人の口から出た言葉とは思えない。喧嘩をする時のような荒々しい口調のわりにやけに落ち着いた声色が恐ろしい。
付き合ってそれなりに時が経つけど、怒っているところを初めて見た。

『部外者がいきなり出しゃばってきて何キレてんの?』
「お前みたいな奴が気易く触っていい人とちゃうねん」

常にゆるゆると弧を描いていた彼の目も、今ばかりは相手を刺してしまうほど鋭い。

「隠岐、もういいって」

「良くない。怖い目に遭わなわからへんの?俺が来おへんかったらどうするつもりやったん」

マズイと思って止めに入れば、その鋭い視線が次はこちらに向いた。彼は的確に痛い所を突いてくるけど、私も負けじと言い返す。

「どうするも何も、別にただの同級生だし」
「告白されたのに?」
「ちゃんと断った」
「断ってもしつこく絡まれてたやん」

いつだって物腰柔らかで優しかった彼が使う捲し立てるような口調に萎縮して黙り込むと、ふぅ…と小さく溜め息を吐かれた。
隠岐は男の腕をポイっと雑に離して隣の席の椅子を引く。

「よく知らん奴のこと信じすぎやねん。俺の目見て」

言われるがままに顔を向ければ、真剣な瞳と視線が絡む。すると彼の表情が少しだけ和らいだ。

「最近あんまりうまくいって無かったよな…話してる時も緊張してるみたいでぎこちなかった。きっと俺のせいやんな、ごめん」
「気付いてたの…」
「うん。理由もなんとなくわかる。ほんまは俺、付き合ってること隠したくないねん。こんな間男に狙われてると思ったら気が気じゃないわ。だから公言したいってそっちに思ってもらえるように、わざと女子に愛想良くしたりヤキモチ焼かせるようなことしてた」

突然の自白に驚いて言葉に詰まる。隠岐ってそんなことするタイプだったんだ…

「最低じゃん…」
「やんな〜〜うわほんまにごめん…言葉にしたらめっちゃアホなことしてるわ…でも焼いたんやったら我慢せんとちゃんと俺に当たって欲しい。空振りしまくってめちゃくちゃショックやったし…」
「自業自得では?」
「俺の傷抉る世界大会あったら間違いなくチャンピオンやな、自分…」

そう言い残して隠岐は見事に沈没した。この人はきっと、素直になると途端に不器用になってしまうのだろう。

『ちょい待ちちょい待ち、俺がいること忘れてね?え、てか2人付き合ってんの?聞いてないんだけど。それ知らずに間男呼ばわりされて巻き込まれた俺めっちゃ可哀想じゃね?』

黙って聞いとけよ、と私達の視線が1人に集中する。

「全然可哀想とちゃうわ、女の子相手にせこい手使いよって。もしこの子が俺と付き合ってなくてもあの迫り方は犯罪チックやろ」
『え〜ひど、泣きそう』
「どうぞお好きに」
『隠岐くん性格悪…』

おめでとう、君は大天使隠岐に愛想尽かされた数少ない人物だ。

「あのさ、ちょっといい?」
『なに、傷抉りチャンピオンからのお言葉?』
「コイツ死にたいんかな?」
「よく言った隠岐、ありがとう。…まぁ別に私は怒ってないんだけど、しつこく絡まれて良い気はしなかったし出来ることなら今後はあまり関わりたくない。でも、私と隠岐が付き合ってることは君以外に誰も知らないんだよ。この意味わかる?」
『俺が2人の弱味を握ったってこと?』
「ちょっとでも噂になったらまずお前をしばくってことだよ」
『泣いちゃいそう』
「これは流石に俺も鳥肌立ったわ…」

男子2人が私を見て身震いする。隠岐は自分のことを棚に上げているようだ。

「だから今日聞いたことは綺麗さっぱり忘れて、明日からまた平穏な学生生活を送ろうよ」
『ぜひ、そうさせてください』
「良かった。じゃあさっさと帰って」
『はい、帰らせてもらいます!失礼します!』
「気をつけて帰りや〜」
『はい!お疲れ様です!』

調子の良い男が突風のように去っていき、隠岐と顔を見合わせてふぅ…と息をつく。もう疲れるからアイツの話はしないでおこうねと目を合わせる。

「何か今日は新しい一面見たな、お互いに」
「隠岐が怒ってるところ初めて見た。あんな言葉使えるんだね。神様みたいに優しい人だと思ってたのに…」
「カッコ悪いからもう忘れて…てかあれは怒るやろ流石に。…幻滅した?」

すっかり別人の顔でこちらを見つめていることが無性に面白くて、何でも許したくなってしまう。

「しないよ。隠岐こそ、私のことまだ可愛いなんて言える?」
「当然やん、一生言い続ける覚悟ですよ」
「それは…嬉しいね」
「ほら可愛い〜もう、どうしてくれよかなこんなに可愛い子…」
「で、話戻すけど。やっぱり、付き合ってることはまだ人に言わない方がいいと思う」
「…何で?」

このままでは話が脱線してしまうと察知して素早く話題を戻すと、隠岐は少し悲しそうに眉を寄せた。
不安にならないで欲しいけど、恋愛ってうまくいくことばかりではない。

「隠岐リアコ勢の反乱を防ぐためだよ」
「何やそれ〜!」

大袈裟に身体を仰け反らせてわざとらしい突っ込みがキマる。いいね隠岐、流石関西の血が流れてるだけある。

「隠岐がモテるのが悪いんです〜女子の嫉妬は怖いんだから」
「ンン"ッ……何しても可愛く見えるわ」

鬼のポーズをしてみせると彼はわかりやすく反応する。揶揄い甲斐のある面白い奴だな。
かと思えば、またコロッと表情を変えて今度は真面目にこっちを見た。

「でも…俺も正直そこまで気回ってなかった。先走って、色々やらかしてごめんな」

暖かい手が優しく重なる。彼が思い切った行動を起こすまで何も気付かずにいた私も悪い。

「何事も経験だよ、気にしないで」

ゆっくりと手を握り返すと、同じタイミングで笑顔が溢れた。

もうすぐ下校時刻です、と校内放送が入る。曲名はわからないけど何処かで聴き覚えのあるBGMが流れて、開きっぱなしの窓から入ってくる風が夕焼けの色に染まったカーテンをひらひら踊らせる。彼と一緒にいるから、こんな瞬間もかけがえのないものになっていく。




「俺が他の人を好きになるかもとか、考えたことある?」

今日こそはちゃんとスニーカーで踏みしめる帰り道、彼が突然こんな問いかけをした。

「うーん…考えたことはないかな」
「そう、良かった…」

心底安心しましたって感じの声を聞きながら、目の前に落ちてた石ころを蹴る。側溝にホールインワン。

「でもそんなこと聞くってことは、逆に隠岐はあるんだよね、考えたことが」

今のは自分と同じことを考えていなくて良かった、って風にも聞こえた。探偵のような名推理に見抜かれて、目を伏せた彼がそっと自分の気持ちを話してくれる。

「…勿論、信頼してないわけじゃないねんで。でも、俺達が付き合ってるっていうのは2人の間でだけの事実やから、無くなる時も呆気ないんかなとか…そういう風に考えたら不安になる」

さっきから思っていたけど、彼は何だか純粋に健気すぎて…どうしよう。申し訳ないと思って謝るのも、慰める言葉をかけるのも何か違う気がする。

「つまり、外堀から埋めずにいきなり天守閣を狙い落としたから、これから天下を維持できるかどうかが不安…ってこと?」
「まさにそれ!そういうことやねん!いやでも例えすごいなぁ…」

知り合ってから付き合うまでがとても手っ取り早かったからこそ、私達の間にはまだお互い触れていない部分や打ち明けていない思いがある。特に隠岐は、思ったことをすぐに言わない性格だ。でも、きっと誰かに知っていてほしい。

「じゃあ、今度私の家おいで。隠岐のこと、家族に紹介するよ」

勿論、隠岐が良ければだけど。そう付け加えて顔を上げると、彼がキラキラした目で私をじっと見つめた。

「…俺が行ってもええの?」
「うん。この人が私の彼氏だって自慢しなきゃ」

笑いかけると、私にとって一番価値のある笑顔が返ってきた。

「…やばい、めっちゃ嬉しい」

ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべたまま近付いてきた彼が、私の両手を自分の両手と合わせて指先をぎゅっと繋ぐ。

「スーツでビシッとキメて行くわ」
「頼むから普段着で来てください、ありのままの隠岐で」
「ふふっ、わかった」

もし、私がまだ知らないような一面があったとしても構わない。どんな彼でも受け入れてあげたい。もう彼が一人で不安にならないように、心を傍に置いていたい。

「ありがとう」

もしかしたら、考えていた言葉はもっとたくさんあったのかもしれない。
でも案外そのたった一言で、あぁ、大丈夫だと思える。


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