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春の風が吹く 【犬飼】

1時間後の防衛任務まで、ラウンジでアイスカフェオレを飲みながら時間を潰していた。なんとなく視線を散歩させていると、見知った金髪頭が目に止まる。彼はすぐ視線に気が付いてこっちに向かってきた。おいおい、走らなくても逃げないってば。

「久しぶり」
「ん。言うて先週会ったじゃん」
「ほとんど話せなかったし。前までは毎日のように会ってたから余計にね」

犬飼の場所を作るように向かいの席に置いた荷物を退けると、彼はわざわざお礼を言ってから座った。
今月はお互い新生活で慌ただしく、2人でゆっくり話したのも片手で簡単に数えられるほど。それは私たちが高校生だった頃と比べるとかなり少ない数だ。

「一人暮らしは順調?」
「結構大変。やっぱりお母さんって偉大だったんだなって思うよ」
「あはは、ちゃんとご飯食べてんの?」
「うん、本部で食べることも多いけど、なるべく自炊してる」

「見てこれ、私の手料理」といくつか写真を見せると「へぇ、ちゃんとしてるじゃん」と感心するような声があがる。ふふん、どうだい偉いだろう。まぁ今見せたのは一人暮らし始めてすぐのやる気に満ち溢れていた時期のものですが。

「犬飼はどう?学校楽しい?」
「うん、そこそこ楽しいよ」

『でも思ってたより忙しいかな』人の話は色々聞くくせに自分のことを話す時は手短だ。そんな相変わらずな犬飼を見てると、ふと思い出した。

「ていうか犬飼、もうすぐ誕生日だね」
「そー。18歳終了間近でーす」

同時に去年あげたプレゼントが記憶の片隅をよぎる。美術の授業で作ったペンギンの置物。……今年はもっとマシな物をあげよう。そう思っていたのに、頬杖をつきながら彼がニコニコからかうように笑って聞いてくる。

「今年は何の置物くれんの?」
「あげないよ。根に持つねキミ」
「えー、置物が一番欲しいのに」
「そんな奴何処探してもいません」
「ここに若干1名」

まさかの食い下がる姿勢に本気なのかネタなのか判断しかねて、軽く流して話題を変える。

「今日は防衛任務?」
「ううん、さっきまで個人でランク戦してた。今はちょっと休憩。そっちは?」
「そうなんだ、お疲れ様。私は今から防衛任務〜」
「そっか。頑張って」

カフェオレを飲み干して、そろそろ行くよと荷物を持って立ち上がる。今日もあんまりゆっくり話せなかったな、なんて考えていると別れ際に犬飼がこう言った。

「土曜日、朝から会えない?」
「朝から?何かあるの?」
「朝活しよ。公園集合で」

何だその誘い、笑える。でも朝ならちょっと早起きすれば会う時間が作れる。

「おっけ」

手のひらでひらりと了解して、その日はそのまま別れた。
彼との会話は相変わらず淡々としている。それは今に始まったことでもないし、ある意味一緒に過ごした時間の長さを物語っている。でも、最近は自分自身の冷たさの現れなんじゃないかとも思うようになった。

そんな風に考え始めた時点でもう変化は始まっているのに、何もしないなんて意気地なしだな。そうだよ、当方意気地なしです。悪いかよ。

あの時、彼がどんな気持ちでいたかなんて、当時の私は考えもしなかったよな。私が悩んでる時は彼も悩んでいるなんて、結構当たり前なことのはずなのに。

まぁ一人で悩んでも仕方ないし、切り替えよう。…ところで100均って何時まで開いてるのかな。


**

5時半集合の朝活は気合い入りすぎでしょ心の中で散々文句を垂れながら、それでも低血圧の体に鞭打って布団から這い出てきた。
公園に着くと犬飼はもう既に丘の上に到着していて、こちらに手を振っていた。

「おはよう」

早すぎるわ。来る途中誰ともすれ違わなかったぞ、と目だけで訴えると彼はあはは、と笑う。

「今日7時から防衛任務入ってたの忘れてて」
「それなら無理しなくても良かったのに」
「するよ、バースデーボーイだし」
「何それ意味わからん」

でもちょっと面白かったから許す。

「誕生日おめでとう」

用意してた小綺麗な紙袋を突きつけると、彼はありがとうと笑顔で受け取った。そしてその場で中身を見て一瞬固まる。

「ぶっ、あははっ!!ねぇこれなに?マジでやばい!」
「自信作ですけど」

紙袋から100均の紙粘土で作ったペンギンの置物を取り出した彼の笑い声が朝の公園に響く。

「何でまたペンギンなの?」
「可愛いから」

たしかに。ってペンギンを見つめる横顔から、何となく目が離せなくなった。

「ありがとう、大事にする」

わざわざ言わなくても君ならそうすると思ってるよ。

「ん」

朝日ってこんなに眩しかったっけ。犬飼まで輝いて見えてきた。まさか乱視かな。昼から眼科行ったほうがいい?
目を細めて景色を眺めていると、犬飼が手持ちの鞄を持ち上げて言った。

「朝ごはん作ってきた。一緒に食べよ」
「何その女子力」
「え、なに?食べたくないって?」
「滅相もございません犬飼先輩!いただきます!」
「あははっ、よかろう」


池のほとりのベンチに座って、魚を捕食する鳥を見ながら犬飼お手製のサンドイッチを食べる。面白いくらい美味しいの何でなん。

「にやけるほど美味しいですか」
「言わなくてもわかるの腹立つな」
「ん〜俺もにやけちゃいそう」

もうにやけてるじゃん。でもこんなに穏やかな朝は本当に久しぶりだ。今みたいな時間があるなら、毎日早起き頑張るのにな。

「ん!何か甘い」
「あは、当たりだ。一個だけチョコレート入れた」
「たまごサンドに?独創性強すぎ」
「普通じゃ面白くないでしょ」

たまごとチョコが口の中で混ざって変な感じ。不思議と不味いと感じないのは、私の味覚がおかしくなってしまった証拠だろう。いっぱい病院行かなくちゃ。味覚がおかしい時ってどこの病院に行けばいいんだろう。

「美味しかった。ごちそうさまです」
「いーえ。またピクニックしようね」
「次は私が何か作るね。チョコレート入りのホットドッグとか」
「負けず嫌い〜」
「覚悟しとけベイビー」

最近、二人でいると時間の流れが速い。7時から防衛任務ならそろそろ本部に向かった方が良さそうだ。多分言わなくても彼はわかってるだろうな。

ふと目が合うと犬飼は柔らかく微笑んで、それから少し遠くに視線を投げた。私も釣られてそれを追う。彼の目に今何が映ってるのか、本当のことを知る術はない。

「前まではさ…俺達、どれだけ楽しい時間を過ごしてもいつかは離れるんだろうなと思ってたけど…一緒にいる時間が長くなればなるほど、離れられなくなるみたい。今日もずっとここに居たいくらいだ」

喉の奥がぐっと締まって、『居ればいいよ』とは言いたくても言えない。だから私は先に立ち上がる。

「本部まで、一緒に歩こう」
「バースデー特典?」
「もうちょっと話したくなっただけ」
「…やったぁ」

満足そうに顔を綻ばせて、犬飼も続いて立ち上がった。

朝の澄んだ空気が身体の奥を静かに冷やすから、彼と話している時に自分の心が温まるのを感じる。

出会ってから、私も犬飼も変わった。一緒にいるとだんだん似てくるのが面白くて、お互いの違うところが逆に目立って息苦しくなったりして。
友達と恋人の違いなんて正直まだよくわかんないけど、でもいつまでも一緒にいたいし、君の一番の味方になりたい。これからはお互いの似てるところも、全然噛み合わないところも大切にできるような気がする。



私達の住む街で一番大きな建物。ボーダー本部はもう目と鼻の先にある。見知ったメンツが入り口付近に隠れて本日のバースデーボーイの入り待ちをしているのが見えて、犬飼も私も見て見ぬふりをして立ち止まった。

「今日はありがとう。プレゼントも、久しぶりにゆっくり話せたのも全部嬉しかった」
「うん」

向かい合って、お互いの目を見つめ合って話をする。

「今年も頑張るから、俺のこと見ててほしい」

私の指先を軽く握った犬飼が目を細める。声に出さずに頷けば、澄み渡るような笑顔を浮かべた。

「じゃあね、いってきま〜す!」

静かに手が離れて、彼が一歩前に踏み出した。前見て走れよ、と心の中で突っ込みを入れる。

向こうの方で誰かがクラッカーを誤射した。するとみんなサプライズなんかどうでも良くなって、各々好きなタイミングで無茶苦茶な音を鳴らす。『犬飼誕生日おめでとう!』の声だけが奇跡的に揃った。

輪の中に入って行った犬飼が、振り返って困ったような笑顔を見せる。


最初は、よくわからない人だと思っていた。

「犬飼!」

でも今は違う。彼自身がそれを変えた。そんな姿に私はめちゃくちゃ憧れました。

「好きだよ!」

過ぎてゆく言葉は春の風に溶けて、ほんの少し向こうの、君がいるところまで届いた。

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