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犬飼の体育祭を見に行く話 【犬飼】

帽子を深く被り、国近に貸してもらったサングラスをつけ、六頴館高等学校体育祭にカチ込む準備は整った。飲み物を買いに寄ったコンビニから出たところで、ふと知り合いを見つけて声をかける。

「当真」

軽く手を振ると、駐車場に原付を停めようとしていた当真が『誰だコイツ』という風に目を細めたから、サングラスをずらすと『なんだお前か』と手を振り返してくれた。

「誰かに追われてんのか?」
「紫外線対策」

出会い頭の突っ込みは用意していた台詞で跳ね返す。

「ていうかキミ、何食わぬ顔で違反駐車するなよ」
「いーのいーの。ついでにここで買い物してくから」
「ドアホめ。私のおばあちゃんの家すぐそこだから、停めさせてもらおう」
「おっ、いいんっすか!お世話になりまーす」

時間的に、私も当真も開会式には間に合わないことが確定した。おばあちゃんの家に寄ってから、当真と徒歩でまた学校まで向かう。

「ていうかお前がこういうの来るの珍しいな」
「いや、来るつもりなかったんだけど、王子が終わった後に焼き肉行こうって言うから…」
「そうか…お前もまた、俺と同じ理由で王子にノコノコ誘き出された一人だったか…」

なるほど…王子には今日も何か企みがあるようだ。私はお肉が食べれたらそれでいいけど。

「でもまぁ、お前が来てると犬飼なんかはめっちゃ張り切るんじゃね?アイツだいぶ好きだろ、お前のこと」
「それがダルいから犬飼には来ること言ってない」

私の服装をもう一度見てから、当真はなるほどな、と頷いた。まぁ、だいたいそういうことです。

「そもそも何でお前はそんなに犬飼を嫌がってんだ?前は仲良かっただろ」
「だって、犬飼ちょっと変わったし」
「変わったってか、もともとそーゆー奴なんじゃね?あいつ器用なタイプだけど、お前と話す時だけすげー子供みたいだもんな」

態度に出るのは“慣れ”とかそういう類のやつで、恋愛感情とは別でしょって、当真に言っても仕方ないか。

「てかまず、男女友達の延長線上に恋愛があるっていうノリがもう無理。私はただ、犬飼とは友達になりたかっただけなんだよ。それ以上とか正直、想像つかんし今も気まずいだけだわ」

でも多分、周りの空気は私の望む方向とは別に向かって流れてる。それに一人で抗っていくの結構しんどいんだよ、君にこの気持ちがわかるかね?いやわかってたまるか。

「…まぁお前ら二人は、仲良くなりすぎたってのもあるだろ。外から見てるとちょっとこえーくらい、二人の世界出来上がってたもんな。とにかく逃げたいならさっさと腹括らねーと、そのうちお前逃げれなくなるぜ」

こんな時、第三者の意見が結構大事だったりする。これが私と犬飼の問題だってことは大前提として、私たち二人が気付けていないのに、周りには当然のように見えてるものもあるだろうから。

「うん。ありがとう」

こんな変な関係をいつまでも続けるのはおかしいと思うし、やっぱり、彼とはもう一度ちゃんと話そう。


それから話題は何度か変わり、サイゼリヤのプリンのコスパがえぐいという話をしているうちに学校についた。門は開放されていて、人が多い方へ進むと自然と運動場に辿り着く。

「遅かったね二人とも。もうクラウチの挨拶終わったよ」

王子たちと合流できた頃には校長の話やら選手宣誓やらは既に終わっていて、生徒たちはプログラム1番のラジオ体操を踊らされている真っ最中だった。

「遅れて来るっつーのが俺らのスタイルなんだよ」
「原付停めるのに彷徨っただけでしょうが」

王子は結構朝早くから場所取り合戦に参加しないと得られないような良い場所に陣取っていた。大きなブルーシートの上には王子の他に荒船隊、弓場隊の顔ぶれが集まっていて、それぞれに軽く挨拶を交わす。

「今日、韓国アイドルの空港ファッションみたいでカッコいいね」
「三門で生まれた奇跡、運動場に上陸」
「わー」
「頼むから突っ込んで」

いつもの調子で加賀美ちゃんの隣に腰を落ち着けた。ブルーシートの上に大勢が集うだけで謎のアットホーム感が生まれる。

「おー、あそこにいるの菊地原じゃね?」
「ほんとだ。めっちゃ踊らされてる感」
「歌川もいるな」
「そういえばさっき風間さん見たよ」
「え、マジ?1人で来たんかな」
「そういや俺も見かけたな、米屋と三輪」
「やっぱみんな結構見に来るんだね〜隊員の運動会」
「二宮さんは来てるかな?」
「それはなかなかカオス」

みんながわいわい話しているのを聞きながら、まず犬飼がいる場所を予測する。クラスまでは知らないけど3年だからきっと端っこの方だろう。確認してみると、幸いなことに3年の位置はここから遠かった。

「そのサングラスいいね。おしゃれ」
「国近に貸してもらったんだよ〜」
「犬飼くん対策?」
「紫外線だって」
「あははっ、了解了解」
「私と犬飼がセットみたいなノリそろそろやめよ、普通に疲れるわ」
「ごめんごめん。だって二人のやりとり面白いんだもん」
「スミくんの君への態度が特に面白いよね」
「王子まで…さてはそれが見たくて私を呼んだな?」
「今更気付いても遅いよ」

なんてことだ、このままでは貴重な休日を差し出したのに採算がとれない。アフターの焼き肉屋で死ぬほど活躍しないと。(主に食べる方面で)

それにしても、今日は雲ひとつない晴天で、絶好の運動会日和だ。家族や知り合いを見に来た人達のざわめきが心地いい。私もまだ学生だけど、なんかこういう場所って懐かしい気分になる。いつか私にも子供が産まれて、こっち側に座り続ける人間になるのだろうか…諸行無常。隙あらば感傷。

それから3時間ほど徒競走やら学年種目やらを見届け、太陽が南中した頃、午前の部が終わりお昼タイムを迎えた。

お昼ご飯は王子や弓場さんたちが用意してくれた気合の入ったザ・運動会飯をみんなで分け合って食べた。
お重に入っている海老を食べながら、私も大人になったんだな〜ちょっと前までたまご焼きとおにぎりばっかり食べてたのに…なんて懲りずにまた感傷に浸ってると、隣で帯島ちゃんが私より器用に海老を剥いて食べていた。くぅ。

「みんな、来てくれたのか」
「美味そうなもん食ってるな」

お昼休みも中盤に差し掛かると、荒船と蔵内が挨拶をしに顔を出した。みんなそれぞれ、昼食は家族や同級生と一緒に食べたようだ。

「荒船の300m走、私の荒船伝説に認定された」
「あのフォームには創作意欲掻き立てられたよね」

すかさず荒船に感想を伝えにいく私と加賀美ちゃんに続いて、半崎や穂刈もわかる、と頷く。

「チートだったもんな、一人だけ」
「まぁボーダーの中でも荒船さん運動神経高い方だし、一般人と比べるとそりゃああなるよねっていうか」
「これ、俺褒められてんのか?」
「あはは、多分な」

隊員たちからの隊長いじりを食らった荒船をしっかりフォローしてから、蔵内が私を見て微笑む。

「犬飼が知ったら喜ぶだろうな」

こいつもか…と呆れて何も言えなくなっていると、「そういえば、スミくん一度もこっち来てないね」と王子。

「犬飼は次の種目の準備でちょうど招集されてるはずだから、手が空いたら一度顔出すように伝えておくよ」

そして蔵内と荒船と入れ替わりに、さっきから姿を眩ましていた当真が新たに風間さんを連れて戻ってきた。

「風間さん、こんにちは」
「あぁ」
風間さんに軽く挨拶をしたところで、当真が私を見て言う。
「お前、今からコンビニ行くからちょっとついて来い」
「えぇ、荷物持ち?」
「ちげー。お前のばあちゃんに渡すもんついでに買っとくんだよ。俺、好みとかわかんねーし」
「なるほど、お気遣いどうも」
頭上にはてなマークが浮かぶ風間さんに『こいつ、私のおばあちゃんの家に原付停めてきたんですよ』と軽くチクりつつ立ち上がる。後ろでののさんが「ついでにアイス買ってこい!アイスー!」と言うのでとりあえず全員の要望を聞き、荷物が重くなるだろうからと弓場さんも一緒に来てくれることになった。まぁ、実際は年長者の風間さんをパシらせるわけにはいかんという配慮だろう。弓場さんはその辺の気配りが出来る人だ。

行き道はどんなメンツだよと心の中で軽く50回は突っ込んだけど、美味しいラーメン屋の話で打ち解けてから私たちの会話は意外にも軌道に乗り、買い物を終えてみんなの元へ戻った頃にはいい感じに仲も深まっていた。

「おかえり〜借り物競走もう始まってるよ」
「やば〜『アイス食べてる人』として借りられちゃったらどうしよう」
「実行委員の気が狂ってない限り、それは心配しなくても良さそうだね」
一瞬ドキドキした私に冴えた突っ込みが飛ぶ。まぁ、『絆創膏貼ってる人』や『理系の先生』、『三角コーン』が連れていかれているところを見ると、本当に私が出て行く心配はなさそうだ。それにしてもこの種目だけ他とは段違いに盛り上がってるじゃん…生徒席のあたりに青春のダイヤモンドダストが見えるような気がする…。

「お、あれ犬飼じゃねぇ?」

当真の声に釣られて目を凝らしてみるとたしかに、最後の走者の中に犬飼がいる。こういう競技に喜んで参加しそうだもんな、彼は。

「アンカーはお題が2つあるみたいだね」
「急激に難易度上がるじゃん」

犬飼が走る番になった。パンっと空砲に弾かれたように走者が一斉に走り出すと、生徒席がワアッと盛り上がる。全員が箱の中からお題を引き、目的のものを見つけるために生徒席まで引き返したり応援席に借りにきたり忙しなく動き回っている。
犬飼はというと、お題を引いてから一度生徒席まで引き返し、お題の紙をみんなに見せびらかして何か借りようとしているところだった。
こっちに来なくて良かった〜と安心して、アイスクリームの最後のひと口を味わっていたところでさっきまで騒々しかった当真や王子、周りにいる全員がピタリと喋るのをやめた。

「貸ーして♡」

容赦なく降り注いでいた太陽の光が遮られ、聞き慣れた声が降ってくる。顔を上げると、『眼鏡』と書かれた紙をチラつかせてる犬飼が私を見下ろしていた。

「ど、どうぞ」

異様な緊張感が張り詰めた空気の中、つけていたサングラスを差し出すと、グイっと腕ごと引っ張られる。

「は?何、」

犬飼が『眼鏡』の紙を裏返してみせた。そこに書かれていた文字は『bae♡』。

「はい、そういうことです」
「嫌嫌嫌嫌嫌絶対無理無理無理無理イセンマンイセンマン……」
笑顔の犬飼に呪文を唱えて抵抗するが手は一向に離れない。ていうか力強っ!こんな馬鹿力キャラだった覚えはないし第一にサングラスと眼鏡は別物だ!

「あははっ、いってきなよ」
「モタモタしてると一等賞獲られちまうぞ」
「往生際が悪い〜」
「ほら、さっさと行け行け」
「まさかの四面楚歌モード…!」

誰一人面白がって助けてくれないから、諦めて犬飼の手に引かれて立ち上がると、これ以上にないくらいのどデカい歓声が上がる。もうブチギレそうなの越えて虚無だよマジで。

「よし、走ろっか」

犬飼はいつの間にかサングラスを奪って着用し、するりと手まで繋ぎなおして走り出した。何コイツ。手、あったかいな。

「マジ意味不明。不可解すぎる未知の生物、犬飼実は宇宙人なん?」
「めっちゃ言うじゃん笑。俺もお題見てどうするか迷ったんだけど、会長が『両方一気にクリアできる奴いるぞ』って言うし、もうこうするしかないなって」

どんなフッ軽……?まぁでも犬飼ってそういうことする奴か…わかってるのに私は何でいつも巻き込まれてしまうんだ……自分の運のなさを改めて実感する。
最高に盛り上がるオーディエンスとは裏腹に、それから私たちはほとんど言葉を交わさずに走り、堂々の一位でゴールテープを切った。犬飼に『一位おめでとう』と書かれたチープなタスキがかけられる。
本来は種目に出た全員が揃ってから退場する決まりだけど、彼は近くにいた先生に適当な理由を告げて抜け出し、そのまま人の集まっていない場所まで私を引っ張っていった。

「ありがとう、来てくれて」
「こんな漫画みたいなことして、犬飼大丈夫なん?」
「多分後で死ぬほどいじられる」

多分じゃなくそれは確定事項だ。そのわりには平気そうな顔して、『それよりも』と話を続ける。

「正直ビビった、絶対見に来ないと思ったのに普通にいるし。何で教えてくれなかったの?知ってたら俺、朝からめっちゃ全力で格好つけたのに」

やっぱり全然わかってないなこいつ。そろそろオブラートなしでハッキリ言った方がいいみたいだ。

「犬飼にそういうあからさまな態度取られるのが面倒くさいから言わなかったんじゃん。いつもこっちの意思とはお構いなしで冷やかされるし、そのノリ私があんま好きじゃないの、知ってるよね」

私はわりと本気で勘弁してほしいと思ってるのになんか周りは『まんざらでもないんでしょ』って謎解釈してるし、そういう風にみんなの流れを持って行ってるのは紛れもなくこの男だ。
周囲を巻き込んでどうにかしようとするの、マジでムカつく。
少し責める姿勢で言ったからか、犬飼は声色や表情に反省の色を見せた。

「だよね、わかっててやった。ごめん。でも、好きな子の前で他の人連れて行けるほど俺が器用じゃないの、知ってるよね。冷やかされたりするのは完全俺のせいだし、それについては一回ちゃんと時間作って話させて」

心ばかりが中途半端に先に伝わってしまうから、私たちには言葉が足りていない。

「…うん。私も話したいことある。それに、犬飼とは真面目に向き合いたいって思ってるよ」

だからもうこんな関係やめよう。

みんなは『犬飼はお前と話してる時が一番楽しそう』って言うけど、結局彼に暗い顔をさせてしまうのもいつも私だ。そんな顔するくらい辛いなら、実らない恋なんて早くやめてしまえよ。
犬飼が心に灯してしまったのが一人で消せないような火なら、私も消すの手伝うのに。何故か、彼は自分の身を焦がすその火を守ろうとしていた。

「あは、ありがとう。それと、勝手に手繋いでごめんね」
「うん。謝る気あるならまず手を離そうか」
「……いや無理、勿体無くて俺からは離せない…!嫌なら振り払って」

言葉とは逆に強く握られた手を、お構いなしにフン!と振り払うと犬飼はわかりやすく肩を落とした。

「俺のハッピータイム秒で終焉じゃん…」
「アホめ。こういうのは好きな人同士でやってこそハッピーなものでしょ」
「いやー、ごもっともです…」
「あと、さっきからめっちゃ見られてるんだけど」

影に隠れて見守っているつもりの知らない人たちを指差すと、犬飼は片手を腰に当てて、ふぅー…と溜息を吐く。

「見えてんだけど、お前ら」
「い、犬飼〜!このっ!この青春野郎!」
「俺が荒ぶる女子たちを止めてなかったらお前危うくTikTokに晒されるところだったべ!?」

開き直って出てきた犬飼と似たようなタイプの男子2人を心底鬱陶しそうに一瞥すると、彼はさっきまで自分につけてたサングラスを私の顔に戻し、「ごめん、逃げて」と申し訳なさそうに笑う。
その言葉を無視して、犬飼より一歩前に出て彼の友達2人と向き合う。これは逆にチャンスだ。

「いつも澄晴くんがお世話になってます。私は澄晴くんのイトコなので誤解無きよう頼みます!そして、今後も彼が困ってたらお二人が助けてあげてください」

2人の手を取って無理矢理握手し、私の中に眠っていた“しっかりした年下のイトコ感”を呼び覚ます。犬飼に任せるとどんな後処理されるかわかったもんじゃない。

「え、マジ?苦し紛れの嘘っしょ」
「流石に騙されんわ。こういう場面の“イトコ”は9割パチだべ」

…なるほど、腐っても進学校か。予想してたより疑い深い。仕方ないからお前も何か言え、と犬飼の方を一瞥すると察した彼は渋々話を合わせた。

「可愛いでしょ、俺のイトコ」

じっ…と犬飼と私、交互に2人の視線が集まる。いくら見ても私たちの顔つきは似てるはずないけど、人間ってこういう時は案外単純になる。

「うわなんだ〜!マジでマジのイトコか!フツーに勘違いしたわ、ごめんねイトコちゃん」
「澄晴くんのことは今後も俺らに任せといてくださーい!」

助かった。ひとまず安心。“これ以上余計なことするなよ”の意を込めて犬飼を一度睨みつけて、さっさとその場を去った。


大いじりされる覚悟を決めて戻った私に、意外にも冷やかしの声が飛んでくることは無かった。きっと風間さんの計らいだろう。さりげなくお礼を言えば、静かに頷いて応えてくれた。

午後の部の犬飼の活躍は目覚ましかった。私はやっぱりそれが鬱陶しく、そして身内精神で少し誇らしくもあった。



「来てよかったでしょ?」

王子がそう言ったのは焼肉屋からの帰り道。お腹いっぱい食べて、みんなよりゆっくり歩いてた私に並んでこっそり笑いかける。
彼の誘いに乗りさえしなければ、きっと今日は何てことない平穏な1日だったはずだ。
うんと認めてしまうのも癪なので、笑顔を返すと彼はわかってくれた。

前を見ると、当真や荒船たちと楽しげに話す犬飼に視線が向く。彼との距離を遠ざけようとしている私がこんなこと思うの変だけど、今日は彼がとても遠い世界にいる感じがした。男の子で、友達がたくさんいて、足が速くて、好きな人がいて。私とは何もかも違う。最初はその“違い”が面白かったはずなのに、最近はその違いのせいで居辛さを感じるようになった。

彼に好きだと言われるたび辛いし、みんなでいるのに心の何処かで寂しいと感じている私は、やっぱり少しおかしいのかもしれない。
夜空に響く大切な人たちの笑い声を聞きながら、いつまでこんな日々が続くのだろうと考えた。

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