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ハッピーキャンパスライフ 3 【嵐山】

最近女の子に話しかけられることが増えた。

「ねぇねぇ、嵐山くんと仲良いってホント?」
「え、嵐山准?あー…うん、友達だよ」

今日も講義が始まる10分前に教室に到着すると、後ろの席の女の子に肩を叩かれる。この席を選んだことへの後悔、それに加えてまずお前誰だよと困惑する気持ちを抑えて聞かれたことを答える。

「やっぱガチだったんだ!2人が話してるとこ何回か見たことあってさ〜ほら、嵐山くんそういうの珍しいじゃん?てか、え、もしかして付き合ってたり…?」
「フツーに友達。他の人にあんま言わないでね」

初対面の初々しさを全部すっ飛ばして来るタイプの人には私も相応の態度で返す。

「おけおけ。あのさ、ぶっちゃけ嵐山くんって彼女とかいたりする…?」
「…さぁ、そういう話しないから。本人に聞いてみて」
「いや出来るわけ〜!笑 ねね、一旦LINE交換しない?」

マジか積極的。

「もっと仲良くなってからね」
「え〜仲良くなるために交換するんじゃん」
「一応言っとくけど流石に嵐山にも人権あるし、私から連絡先教えたりは出来ないよ。マジで私のだけが欲しいなら話は別だけど」
「あ、そっかぁ〜じゃあいいや、ありがと!」

マジか消極的。ここまであっさり振られると流石にショック。湧かなくていいのに、負けてらんねぇなという気持ちが湧いてしまう。

「そんなこと言わずに、嵐山じゃなくて私にしなよ」

マスカラが塗られた彼女の睫毛をじっと見つめると、カラコンの瞳が困ったように揺れた。

「え、何ビビる。ジョークですか?」

この女…急に冷静になるじゃん。まるで私がスベったみたいになっとるがな。(スベった)

「冗談。また話しかけてね。でも今度は一番最初に私の名前聞いて」

タイミング良く友人が入ってきたのが見えて、席を移動するために立ち上がる。
さっきとは離れた位置に並んで腰を落ち着けた。

「おはよ」
「おはよ、もしかして絡まれてた?それとも絡んでた?」
「絡まれてた方」
「あ〜ね。嵐山くん紹介して〜でしょ?」

よくわかっていらっしゃる。頷けば彼女は同情するように言った。

「最近テレビよく出てるし、株が常に上昇してる感じ?とにかく同じ大学ってだけでワンチャンあるって勘違いしちゃう女子が増えてんのよ」
「へー、テレビ。そうなんだ。アマプラばっか見てるから知らなかった」
「あんたねぇ」
「でも確かに、最近嵐山レアキャラになりつつあるよね」
「あれだけ忙しくしてたらキャンパス内にいないの納得だって。逆にいたらクローン説疑うもん。ていうかあんた、個人的に会ったりしてないの?」

嵐山クローンの想像に半分意識を持っていかれそうになりながらも、なんとか頷く。

「授業とバイト以外巣ごもりしてるから」
「はい宝の持ち腐れ〜」

彼女が指す宝って何なのか明確に理解してなかったけど、教授が出席をとり始めたので適当に相槌だけ打って、この話は終わった。

**

「あの〜、すみません」

今日の授業をすべて終え、バイトもないし買い物でも行くか〜!と盛り上がって廊下を歩いていると、また知らない女の子に声をかけられた。

「ん、何か?」
「突然話しかけてごめんなさい。嵐山さんと仲が良いって聞いたので…これ、彼に渡して貰いたくって」

最近学校来てないみたいだから、と彼女がこちらに差し出したのは手紙だった。これは…まさかの少女漫画的展開。

「わ、わぁー」
「えぇマジ?自分で渡さないの?」

目を見張る私の隣で、友人が若干引き気味に聞けば「嵐山さんは私のこと知らないだろうから…」と小さな声で返ってきた。その声のわりにはやってることが大胆だ。

「え、これホントに私が渡していいの?伝わらなくない?」

これが真剣なものであればあるほど、責任感皆無の私に託すのはどうかと思う。聞いてみても簡単に首を振られた。

「中に連絡先は書いてるので大丈夫だと思います、よろしくお願いします」

質問の意図は彼女に正しく伝わらなかったのだろう。一礼だけすると、逃げるようにあっさり去っていった。私の手元にぽつんと取り残された手紙。

「渡してあげるの?」
「持っててもしょうがないもんね」
「お疲れ」
「まさかの飛脚扱い」
「あはは、ウケる」

ウケない。仕方なく手紙を鞄に入れる。なるべく折れないように気を遣って。

「でもここまで絶大な人気とは。もはや感動のレベル」
「あんたは嵐山くんの価値をちゃんとわかってないのよ」
「そうなんかなぁ…私はみんなが夢見すぎな気もするけど」
「うーん…まぁそれも確かに。やっぱ実際に話してみないとわからないことってあるもんね。私もタイマンで話してからめちゃくちゃ印象変わったし」
「どういう風に?」
「まぁ…少なくとも合コンには絶対呼ばないでおこうと思った」
「何それ笑」

嵐山一体何の話したんだろう。それとなく聞き出そうとしても彼女は「守秘義務、守秘義務」って言うだけで教えてくれなかった。


**

大学生ってほぼ大人のようなものだし、何でもできるようになるって小さい頃は思っていたけど、残念ながら大学生になっても砂糖なしでコーヒーが飲めないという現実。
そんな私の空きコマをやり過ごす時のルーティーンは、カフェテリアの学生一杯無料のコーヒーにスティックシュガーを3本入れて飲むこと。だったのだが、本日をもって強制終了した。
恐らく、たった一杯に何本も使う私のような節度を持たない学生に痺れを切らしたのだろう。
先週までスティックシュガーの箱が置かれていた空間を呆然と眺めて立ちすくむ。視界に入る『スティックシュガーの無配は終了しました』の貼り紙。片手には既に注いでしまったブラックコーヒー。

何の知らせもなしに姿を消したことに不満を感じないわけではないけど、どうしてこんな酷いことをするんだと抗議するほど本気でショックでもない。ついに大学側も動いたか、程度のゆるい衝撃。今日、キャンパス内で起こったこの静かな変化に影響を受けている人は私以外に何人いるのだろう。同じ思いをしてる仲間がいるならぜひ繋がりたい。

窓際の2人席にブラックコーヒーと相席して、いつものようにネット記事をスクロールする作業を始める。クジラに飲み込まれて生還した男、新しいコンビニスイーツのレビュー、人気の韓流アイドルが近日カムバックするって情報。次々と縦に流すだけでどれにも深く入ったりはしない。何を思うわけでもなく、ただ時間を浪費していたそんな時、視界の端で人影が立ち止まった。
顔を上げた私と目が合うと、レアキャラ嵐山は爽やかな微笑みを浮かべた。目に映るものの彩度が上がる。

「休憩中?」
「うん、微妙に1コマ空いてて」

俺も。と立ったままでいる彼に手振りで向かいの席に座るよう勧める。おまけに間違って入れちゃったコーヒーも差し出して。

「これ、まだ口付けてないやつだし良かったら飲んで」
「ん?あぁ、スティックシュガー廃止になったもんな。ありがとう」

コーヒーを受け取った彼は、「ブラック飲めないの?」なんて小さい子に接するみたいに微笑んだ。私の中の揶揄われセンサーがすかさず反応する。

「飲めるよ。飲めるけど、飲まないだけ」
「そっか〜」

疑いの言葉をかけたりしないのは逆にこっちの考えを見透かしてるみたいだ。ブラックコーヒーを飲めることとは別に、彼の態度は他の同級生たちよりもいくらか大人びている。
多分それは彼を取り囲んできた環境が要因だったりするのだろう。しかし、そろそろ私もこの一面だけが彼の全てではないとわかってきた。
例えば、一度笑い出したらしばらく止まらなかったり、横断歩道を渡る時にこっそり白いところだけを踏むところ。
線路沿いの誰が育ててるかも知らない植木にまでいちいち目を向けているって気付いた時は流石に驚いた。きっと彼は大人の考え方を知っているけど、それでも子供みたいな目の高さで景色を見れる人なんだろうなと思う。

「話すの久しぶりだな。元気だった?」
「もちろん、エブリデイハッピーデー。嵐山は?」
「そっか、なら俺も一緒」
「おそろじゃん」
「おそろだな」

軽いノリには軽く返してくれるところが彼の良いところだ。私もそれが正解だと思います。

「あ、そうだ」
「ちょっといいか…って、被ったな」
「被ったね。お先どうぞ」

話し始めるタイミングが重なって、照れ笑いしながら譲ると嵐山も同じように笑って「ありがとう」って仕切り直す。

「映画行く約束しただろ?今月ちょっと無理そうで…来月でもいいかな?」

忙しいのに、ただの口約束をわざわざ覚えていてくれたんだ。超良い奴…

「全然いいよ。忙しい時は無理しないで」
「無理なんてしてないよ、むしろ自分へのご褒美だと思って楽しみにしてるから…来月のこの日なら行けるか?」

彼が示した手帳の日付と曜日を見て頷く。見なくても来月の予定なんてないし、なんなら明日とか明後日の予定すらない。しかし、ふと見えてしまった手帳には予定がびっしり書き込まれている。

「よし、決まりだな」
「うん。てか嵐山ちゃんと休んでる?」

指摘を受けると、嘘が下手な彼はあからさまに目を泳がせた。

「まぁ…それなりには」
「歯切れ悪。マジで心配してるから無理しないでね」
「わかった、ありがとう」

まぁ今の感じじゃ多分気持ちの50%も伝わってないだろうけど。

「はい、じゃあ次どうぞ」

今度は私のターンだ。と言っても、別に私が彼に話があるわけじゃないんだけど…鞄の中に入れっぱなしになってた手紙を差し出す。

「え…」
「これ嵐山に渡してって言われて」
「…あ、君のじゃないのか?」
「違う違う笑 可愛い女の子から」

彼は手紙を受け取ると、それをさっさと鞄の中に入れてしまった。1人の時に読みたい派なのだろう。

「悪い。次から受け取らなくていいからな、こういうの」
「あぁ、うん」

ちょっとくらい喜ぶのかなと思っていたけど嵐山の面持ちは深刻で、少なくともラブレター貰った人の表情ではなかった。

光のあるところには当然影が落ちる。やっぱり、アンチからの手紙とか貰ったこともあるのかもしれない。こんな良い人にでも難癖つける奴がいる世の中だから。

「嵐山、私は応援してるからね」

気持ちが伝わるように瞳を見つめるけど、何故か彼の視線は落ちていく。

「…そうか」

もしかしたら手紙に対して何らかのトラウマがあるのかもしれない。私も昔オロナミンCの蓋を開けるのに失敗してからは、オロナミンCを見ると思い出してしまうから何となく疎遠になっている…いやそれはどうでもいいな。

「手紙とか、あんまり好きじゃない?」

表情の理由が気になって聞いてみると、「そういうわけではないよ」と答えて、心配しないでって言うみたいに微笑んだ。

「こういうことって結構あるの?ファンレター貰ったりとか」
「…まぁ、わりと」
「へぇ〜、なんか想像つかない。貰うと嬉しい?」
「そうだな…うん。暖かい言葉を貰えると元気出るし、有難いと思う」

なるほど、貰う側の気持ちを聞ける機会は貴重だ。嬉しかった時の気持ちを思い出したのか、嵐山の面持ちもだんだんと明るくなってくる。

「そっか〜私も好きなアイドルにファンレター書こっかな…」
「え〜俺にはくれないのか?」
「嵐山には書かなくても口で言うじゃん」
「くれないんだな…」

わざと残念そうにするのは脅しか何かかな?何通でも書いてやる。

とりあえず話がひと段落したところで、私の方から話題を変える。

「いきなりこういうこと聞くのも不躾なんだけどさ…」 
「ん?」

声を潜めて少し前のめりになれば、彼も私の声を聞くために前のめりになってくれる。

「嵐山って彼女いるの?」
「……逆にいると思うのか?」
「いるように見えていない?」
「いるように見えてたのか…いないよ」

珍しく呆れたような声と、頭が痛そうに額を抑えてる様子からして、やっぱりこういう話題は好きじゃないっぽい。

「で、どうしてそんなこと聞くんだ?」

コーヒーを口に運び、姿勢を正した嵐山には謎の威圧感があった。こちらを試すようなその感じ、面接官みたい…なんて思いながら答える。

「最近女の子たちによく聞かれるんだけど、答えられなくて」
「それは答えなくていい」

そんなバッサリ…

「まぁそれだけじゃなくて、私って嵐山のこと実はあんまり知らないのかもなーって思ったりしてですね…」

切れ味の良さに怯んでまごついてしまう。これが面接なら問答無用で落とされてただろう。でも嵐山は逆に、そんな私を見ると頬杖をついて柔らかく笑う。

「…そっか。君が知りたいことなら何でも答えるよ」

優しさが急に滲み出ている……爆速で知りたいことを脳内検索するけど、ローディングが長い。

「じゃあえっと……うーん……昨日の晩御飯何だった?」
「カップラーメン、シーフード味」
「なるほど、緑が足らんな…」
……

爆速で訪れた沈黙。マズイ、咄嗟にめっちゃどうでもいいようなこと聞いたせいで嵐山のことまでどうでもいい奴みたいになっちゃったな…

「他には?」
「…う、…何か気になればその都度聞きます」

終わった…私の場合知らないとかじゃなくて聞きたいことがなかったのかもしれない。思わぬところで薄情バレ…

「了解。じゃあ俺も君に聞いていい?」
「任せて!何でもどうぞ」

絶好のタイミングでターンが切り替わる。一瞬漂った気まずさを掻き消すように意気揚々と返事をした。ちなみに私の昨日のご飯はしゃぶしゃぶです。

「彼氏いますか?」
「しゃぶしゃぶ…え?彼氏?」
「え、しゃぶしゃぶ?」

いやミスったミスった!違う違う!しゃぶしゃぶ黙れ!

「間違えた!当方彼氏いません!」
「あははっ、元気だな」

焦って返した声は思ったより大きく、突っ込みを入れられてようやく我に返る。

「えやばい、声大きかった…!?」

動揺しまくりの私とは正反対にツボに入って大ウケしている嵐山。なんて奴だ。

「も、も〜…マジで勘弁してって…恥ず…」
「はー、ごめん。楽しいな」
「ソウデスネ…」

マジで今日揶揄われっぱなしだ…ていうか私がやらかしすぎ。もっと落ち着きのある大人の女性になってください…
反省モードに移行していた時、空気を突っ切るように電子音が鳴った。

嵐山がこちらに一言断りを入れて電話をとる。
誰からとか何の用でとかは知らないけど、「はい、了解です」という返事ひとつで何となく悟った。

「悪い、今から行くことになった」

通話を切ってすぐ、ノーパソ、筆記用具、ラブレターなどが入っているであろう鞄と空の紙コップを持って立ち上がる。私も釣られて立ち上がった。

「うん、気をつけて」

本当は今から私と同じ授業を受けるはずだったのに。彼は今日もカップラーメンを食べるのだろうか…もっと栄養のあるものを食べて欲しい。そんなことを思いながらも、送り出すために振ろうとした手を彼がそっと掴む。

「頑張れって言って?」

いやもう君は十分頑張ってるよ。それに加えてまだ話していたかったという気持ちが邪魔をするから、結局何も言えずにまた口をもごもごさせてしまった。
そんなもごもごピープルにも平等に、彼は暖かく微笑んでくれる。時間切れ。

「またゆっくり話そう」

頷いて答えると、軽く手を振って行ってしまった。家の外で風船を離してしまった時みたいな後悔が心の中に浮かぶ。

私は逆に、頑張らなくていいよって言いたかったんだ。彼が自分にかけてあげられない言葉だと思ったから。でも、やっぱり私には無責任すぎて言えない。
力が抜けたようにさっきと同じ席に座っても、もうやり直せない。

彼がいた余韻に浸りながら窓の外をぼーっと眺める。次の授業があと5分で始まることに気付かない私を置いて、静かに時間だけが流れていく。



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