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シングル一部屋しかとれなかった話 【犬飼】

土曜日、早朝から特急列車に乗り、弾丸で県外まで海を見に行った。朝の5時半に集合して午後4時まではしゃぎまくった頭のおかしい私と犬飼は帰りの電車で2人揃って爆睡をかまし、見事天候トラブルに見舞われた。変電設備に雷が落ちた影響で突然の運行見合わせ。降りる予定のなかった駅で電車が止まり、運転再開の見込みが立たないまま途中下車を余儀なくされた。

県外だし、超絶悪天候だし、こんな時間だし、親に迎えに来てもらうのは難しいだろう。不運ビンゴ、リーチかかってます。

「どうしよっか」

突然のトラブルに見舞われても、さっきから冷静に周りの状況を見ている犬飼に意見を乞う。

「今日はこの近くに泊まって明日帰った方が良さそうだね」

たしかに、ビジネススーツを着た人たちは迷わず改札へと向かっていた。彼らは今日の帰宅は無理だと早めに見切りをつけて、夜をやり過ごす宿をこの近くで取るつもりなのだろう。それなら、私たちも出遅れるわけにはいかない。

「そうしようか。じゃあこの近くのビジネスホテル探そう」
「その前に電話、貸して」

何で?君も携帯持ってるじゃんと首を傾げれば、犬飼は『親御さんに事情説明するから』なんて、まるで先生みたいなことを言う。

「別に電車止まったの犬飼のせいじゃないじゃん」
「それでも、知らない土地で足止め食らってる娘が付き合ってもない男と一緒にいるって状況、親ならかなり不安でしょ」

「珍しく真面目なこと言うね」とからかえば「これくらい当然だから」と軽くあしらわれた。
まず私が母に電話を繋げて、簡単に状況を説明してから犬飼に言われた通り電話を代わった。いつも軽口ばかり叩く口から丁寧な敬語が出てくるのが新鮮で、ちょっと面白い。こいつやっぱり私より勉強出来るんだなと、なんとなく実感する。
彼が通話を終えてから、「私も犬飼の両親に電話しようか?」と聞いてみると「それはいい」と一瞬で断られた。



「駄目だ、ここも埋まってる」
「うわマジ?…想像以上にやっばいね」

近辺のビジネスホテルで検索をかけて、サイトを片っ端から漁っても、空室がなかなか見つからない。宿探し、舐めてました。
この悪天候の中、外を歩いて探し回るのは得策じゃないし、空はすっかり夜になる準備をしている。この際ネットカフェで夜を明かしても…なんて最後の手段に出ようとしていると、犬飼が近辺のマップを見てあっと声を上げた。

「これ、結構大手のビジネスホテルだよね。サイトでは満室になってるけど、もしかしたら予備で空けてる部屋あるかも」
「そっか!大きいホテルだと結構そういうことするって聞いたことある!直接電話して聞いてみればワンチャンあるね」
「そー!しかもここ、駅ビルの中経由して行けば雨に濡れずに行けそうじゃない?」

彼のスマホに映し出された航空写真を覗き込んで確認する。うわたしかに!これは最高!

「おっけ、じゃあ私電話して聞いてみるね」


それからフロントの人に空室があるとの返答を頂き、私たち2人は宿難民から解放された。犬飼が提案した通りの道順でビジネスホテルまで辿り着き、宿取りは滞り無く進んだ。と思うじゃん?

「犬飼ごめん…シングル一室しか空いてないって…」
「…まじ?」

絶望だ。せっかくここまで来たのに…!

「ちょっと緊急会議しよ」

彼は困ったように額に手を当てた。もう十分疲れた体に鞭打ってここまで来たのに、今振り出しに戻されるのキツイよね。

「はい、私もうここでいいよ。一緒に部屋使えばいいじゃん」

挙手して発言するとすぐさまチョップが落ちてくる。

「もうちょっと真剣に考えてよ、投げやりすぎ」
「でも今からまた別のとこ探すのつらくない?もしかしたらこの近辺でこれが最後の一部屋かもしれないよ」
「……ねぇ、まじで一瞬でいいから俺の気持ち考えてみて?」

さっき私をチョップした左手で腕をぎゅっと掴まれる。だんだんと伝わってくる体温が、自分の考えには彼の気持ちが入っていないのだと教えてくれる。

「やっぱり、気まずい?」

一度ごめんと一言言いたかったけど、それはしなかった。私が謝るとまた、彼の好意を直接傷つけることになる。私の問いかけに、彼はハッキリと頷いた。

「うん。落ち着かない」
「…そっかぁ」

頭ではこんなことでいちいち傷付かなくていいってわかってるけど、それでもやっぱりちょっと傷付く。友達だったら出来ることが、普通に出来ないって辛い。
いっそのこと私が男だったら良かったのに。そしたら、彼は私のことを好きになんてならなかった。まぁ…そんなこと思っても男になれないんですけど。

「そんな残念そうな顔しないでよ、勘違いしちゃう」
「しないで」
「はい、黙ります」

離れていく彼の手を追いかけて、今度は私が掴んだ。
でもね。犬飼、聞いてよ、と言葉を紡ぐ。

「私は君のこと心の底から信用してるから迷わなかったんだよ。犬飼の気持ちを忘れてるわけじゃないのに、そんな避け方されるとちょっと悲しくなる」

好きだから、という理由で引かれた線を友達だから、という理由で踏み消す。
自分から線引いて、勝手に離れて行くところが前からウザイと思っていた。

「その言い方は、ズルいでしょ…俺の好意利用してる」
「犬飼だって、好意を理由に私とちゃんと向き合ってない」

はぁ、と大きな溜息をついて彼は辛そうに眉を顰めた。

「好きな子と一晩同じ部屋に泊まって、俺が何もしないって誰が保証してくれんの?」
「そんなん、私と犬飼の友情じゃん」
「あー、クソだなホント…」

もうほとんど意地の張り合いみたいになってきた。
今まで積み重ねた時間の中で、私から絶大な信頼を築いてしまった可哀想な犬飼は返す言葉が出ないと言うように俯いた。彼が戦意喪失しかけているその隙に全力で畳み掛ける。

「で、結局どうする?」
「……泊まりまぁす」

犬飼は俯いたまま、降参の証として両手を上げた。
普段ならこんな簡単に折れないけど、今日の彼は疲れきっていつもより頭がうまく働いていなかった。私もさっさと決着を着けるためにズルい言い方をしていつもより強く押した。ちょっとやり方が悪かったような気もするけど、でもここで譲ってしまったら犬飼の好意を受け入れることになりかねない。だから、この意地の張り合いに負けるわけにはいかなかったのだ。



部屋は私が想像してた広さの2/3程度しかなく、風呂やトイレを除くと面積のほとんどをベッドが占めていた。もはや部屋自体が狭すぎてベッドが大きく見えるというトリック。
到着するとすぐさま荷物を投げ出してベットに倒れ込んだ。今日はもう疲れた。このまま寝たい…
犬飼はそんな私を見て溜息をつきながら片手を挙げる。

「はぁい注目〜犬飼からのお知らせです。本日は不眠不休ゲーム大会を開催しまーす」
「何ですかそれ」
「徹夜でゲームしようぜってお誘いです」

狂ってんな。私たちが今朝5時半に集まって日の出を見たこと、彼は忘れたのだろうか。
勿論断るつもりで起き上がり、目を捉えて「やらん」と首を振ろうとしたその時だった。彼は未来を見据えたように笑う。

「参加者には今からコンビニ行って好きなものを買ってあげます」
「やりまーす」答えるのに一瞬もかからなかった。



2人お揃いのゲームをインストールしてから、何時間もぶっ通しでスマホと向かい合った。目の前にいるのにオンラインで繋がってる違和感。
食い散らかしたお菓子をひとまず片付けるために短い休憩を挟んだ頃、ふと目に入った時計は午前2時を示していた。
この不眠不休ゲーム大会自体が彼が寝まいとするための作戦なのは何となくわかっていたけど、ここまで体と意地を張るとは………しかしこれも誠意と思えばここで私だけ寝るわけにもいかない。犬飼、君が本気ってことはわかったよ……わかったから寝かせて。ブルーライトを浴びすぎて目はギンギンに冴えてるけどもう頭が働かない。

「犬飼……もうむり」

目を閉じる度、瞼の裏がじわっと熱い。

「駄目駄目、ほら起きて。ブルーライト足んない?」

閉じてる時間がやたらと長い瞬きをし始めた私の体を悪魔が揺さぶる。

「よし、休憩終わり。どんどん行くぞ〜」

犬飼の指先がノリノリで私のスマホ画面の明るさを最大にして、目の疲れによるものなのか心の叫びなのかわからない涙が出そうになる。視力が死ねども画面はお構い無しに進む。残酷だ。

「大丈夫?ちゃんと画面見てる?操作ヘボくない?」

そしてコイツはもっと残酷だ。

「わかった、わかったからこれ終わったら一旦寝かせて、一生のお願い…」
「今まで俺に一生のお願い何回使ったと思う?」
「わからん多分3回くらい」

彼は最初から聞くつもりもないといった様子でどんどん画面を進めていく。もう既に人生3回分の借りを彼に作ってしまっている私は、睡魔を引きずってでも彼に着いていくしかない。

「俺と限界越えようよ」
「いやだ〜〜」

まさか、同じ部屋に泊まったのをこれほど後悔することになるなんて思わなかった。



**

朝日が昇るまでゲーム大会は続いた。結局ホテルでは一睡もしないまま始発の電車に間に合うようにチェックアウトし、私達はだるい体を引きずって駅へと向かった。

「頑張ったね」
「うん。めっちゃつらかったね」

覇気のない声と重たい瞼。生きているという実感がしない。『電車にさえ乗れば寝れる』とにかくそのことで頭がいっぱいだ。

「でも、謎の絆が深まった気がする」

最初は寝たい寝たいとぐずぐずしていた私も、最後の方は意地でも寝ないでおこうと犬飼との結束を固めていた。そうやって2人で限界を越えたことは、忘れられない思い出になることだろう。そして二度と繰り返さぬように記憶に刻む。

「なんか、色々あったけどこれで良かったのかもね」

それはいつもより随分と素直な声に聞こえた。同意の言葉は声に出さず、心の中だけに留めておく。
しょうもない意地の張り合いにこんなになるまで命を削ってしまった私達はただのバカだ。一晩でランクを60まで上げたあのゲームも、あんなに熱中して遊ぶことはもうこの先ないだろう。
そんな無駄なことばかりしてたはずなのに、2人ともこれで良かったと思えるから私達は今まで一緒にいたんだろうね。
言葉にすると、確認みたいになってしまうから何も言わないけど。


2番線に、あと少しで電車が到着する。
おやすみと言ってゆっくり瞼を閉じるその瞬間を、朝方のまだ人の少ないプラットホームで2人静かに待ちわびた。

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