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友達犬飼と恋バナする話 【犬飼】
午後の予定が突然流れて、お昼は本部の食堂でゆっくりカレーうどんを食べた。
食後、何でもいいから気分の紛れることがしたくなって、食堂のテーブルの上に小学生の時に学校で買わされたお裁縫セットを広げる。そして、家庭科3の私が刺繍でもやってみるか!と意気込み針に糸を通そうとしたのが30分前の出来事です。もうお前には才能がないから帰って寝た方がいい。
「あれ、映画行くって言ってなかった?」
ヤケクソになりかけていた私の頭上に聞き慣れた声が降ってくる。パッと掴まれたように顔を上げると不思議そうにこっちを見る犬飼と目が合った。おぉ、その気持ちはわかる。昨日彼に明日の話をした時、この時間この場所に私がいるなんて思っていなかったのだ。私も彼も。
「好きな人にカラオケ誘われたから〜ってドタキャンされました」
「うーわ。…で、それは何してんの」
興味ないけど一応聞いとくか、って呆れ顔で私の手元を指差した。多分それ、聞かない方がいいよ。もっと呆れるだけだから。
「ハンカチに刺繍でもしようとしたけど針に糸が通らず苦戦してる」
「何それめんどくさ〜!ほら。ちょっと貸してみ」
やっぱり呆れた声を出す犬飼に言われるがまま、針と糸を手渡した。もうこうなってしまったからには、“最後まで自分でやる系”のプライドは捨ててしまおう。
「先に入ってた予定優先するでしょ、フツー」
「まぁ正直に言ってくれただけまだマシですよ」
足を組んで椅子に座った彼は、細い針の砂糖粒くらい小さな穴にスッと一発で糸を通す。そして、まるで興味がなさそうに言った。
「そういうお人好しは舐められるだけだからねー」
とか、
「女子の言う『好きな人』とかほとんどアクセサリーみたいなもんでしょ」
とか。万が一私に同情してくれる言葉だとしても、
「ひどいこと言うね君、」
ちょっと引いちゃう。何か嫌なことでもあったんか?
「俺が思うに、『好き』なんて所詮ファッションですよ」
はいできた、と糸と針が1つに繋がって私の手元に戻ってきた。不思議だ。私が30分苦労したことなのに、彼はほんの一瞬で終わる。
ようやくスタート地点に立ったわけだけど。さっきの言葉が気になった私は手を止めて、話を続けることを優先した。
「犬飼もそうなん?」
「ですねー」
「否定しないんだ」
私なら言わないな、そんなこと。恋人がいるなら尚更。
「今、付き合ってる子も告白されるまで意識したことすらなかったし、今までもずっとそう」
「そんなもん?」
「そんなもん」
「ふうん」
犬飼って優しいのか残酷なのか、ハッキリしない奴だ。
「たしかそっちは今彼氏いなかったよね。好きな人とかいないの?」
「聞く?」
「教えて〜恋バナ大好き」
今日イチ楽しそうに身を乗り出した彼に、覚悟しろ小僧。と心の中だけで告げる。
「この前3ヶ月付き合った人に『価値観が違うよね』って言われて別れました。はい拍手」
「うわ〜どうしようもない」
拍手しろよ、と思いながら針をハンカチに刺した。なんか私だけ手札晒しちゃった気分。けど、まぁいいや。犬飼とは結構深い話ができるし、どうせだから聞いてもらおう。
「結局そいつも次の日には違う子と楽しそうにしてたよね〜今思うと向こうの好きはファッションだったのかも…私はわりとめに本気だったけど」
「あー。それは勿体ないことしたね、そいつ」
「はー?私があんな奴を好きで居続ける方がよっぽど勿体無いから。世界は何も間違ってなかったということです」
「うわかっこい〜シビれる」
適当すぎる相槌は無視して、気の向くままに糸で線を描いていく。これ成功するだろうか、なんて不安からは一旦目を背ける。
「でもぶっちゃけそんなんばっかだとこの先が不安になってくるわけ。犬飼はさ、一番好きな人の一番好きな人になれると思う?」
この激ムズ問題。進学校に通う、恋愛マスター犬飼澄晴なら答えを導きだせるだろうか。
「何それウケる。なれるわけないでしょ」
「即答するじゃん」
「現実的に有り得ないでしょ、妥協なしの恋愛とか。地球人口で神経衰弱するみたいなもんじゃん」
「うわー、それは鬼」
「でしょ?どう考えても無理ゲー」
まぁ確かに、謎の説得力がある。でも、犬飼の言ってることが間違ってないとしても、私はそんな風には思いたくないなぁ。『好き』ってもっと、特別でキラキラしてた方が素敵じゃない?
「まぁ、根拠もないのに『なれる』なんて言ったら漫画の読みすぎって馬鹿にされるだろうけど…それでも私は言ってみます。なれる!」
だる、って言葉にしなくても聞こえてくるような表情を浮かべる。恐らく今、犬飼の走馬灯に出てくるレベルで大いに呆れてる瞬間。そんな貴重な瞬間に立ち会えて光栄です。人間は本当に呆れると言葉すら出ない。
ザワザワと食堂の喧騒が戻ってきた。私の胸中も同じ音をたてている。長い沈黙の後、犬飼は聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソっと呟く。
「…いつかすっごい重い男に捕まりそ〜」
「針で刺したろか」
手先の器用さも、恋愛観も違って、会って話す度に自分とは全然別の人間なんだと思い知らされる。
「まぁ、俺は『なれる』なんて言わないけど、『なりたい』とは思うかも。ていうか、今の話を聞いてちょっと思った」
それでも会えば必ずどちらかが話しかけるのは、なんか“合う”から。それが何かはまだちょっとわからないけど。
「あははっ、今度オススメの少女漫画貸すね」
「遠慮しときまーす」
意地でも貸してやる。
「ていうかそれ大丈夫?」
私の刺繍活動についてはこれまで一切口出しせず、頬杖をついて見ていただけの彼がついにそう聞いた。客観的に見て、それくらいヤバい具合に仕上がってきたということだ。
「あげるからね、これは。犬飼に」
「あははっ、いらね〜」
それからしばらく彼は刺繍活動を見守っていたけど、防衛任務があるからと先に席を立ち、私は日が暮れるまでハンカチに刺繍を施した。
題材は、犬と貝(いぬかい)。犬が貝を咥えている構図。私的に、初めてにしてはなかなかいい味が出ていると思う。
後日、ハンカチは一度洗濯をしてアイロンをかけてから犬飼にあげた。
彼は『何これ、火星人?』って余計な一言付きでそれを受け取り、お返しだと言ってコンビニで売ってる酸っぱいグミをくれた。
その場ではありがとうと受け取ったけど、実は私は酸っぱいのが苦手で、後で友達の加賀美ちゃんに全部あげてしまった。
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