私はとても無力だった@カンボジア
みなさん、こんにちは。カンボジアの国際協力NGO、CBBでインターンをしております。
北海道教育大学の松田です。
今日は、住み込み探しで出会った女の子のお話をしたいと思います。
村長さんに、
「この村に貧困家庭はありますか?」と聞いて教えてもらったのが彼女の家でした。
この地域で1番貧困の家と紹介された彼女の家は、屋根も、壁も全てトタンで作られた家。
水田に囲まれている場所に、ポツンと立っていました。
女の子は15歳。
学校は小学6年生で退学したそうです。
CBBで住み込みスタッフを一緒にやり、
学校に復学しないかという話をしたところ、
「それは無理だよ!」と彼女ではなくお母さんに言われました。
ここの家は母子家庭で、お母さん、彼女、弟(5歳)の3人暮らし。
お母さんは体が弱く働けないため、15歳の彼女がこの家の稼ぎ頭なのだそうです。
彼女がCBBで暮らし、学校に復学してしまったら、この一家はお金が無く、生活出来なくなってしまいます。
ですが、彼女は15歳。
カンボジアの女の人がよく働きに出ている場所「工場」は、18歳にならないと働くことができません。
毎日村のお金持ちの家を訪ね、
「仕事がないか」聞き、1日5〜6ドル稼いでいるそうです。
月に10〜20日働いているそうなので、月の収入は50〜120ドル程度。
そのお金を家族3人の生活費に当ててているので、1人当たり約17〜40ドル。1日平均0.5〜1.3ドルで生活しています。
家に電気、水道は無く、毎日ロウソクの灯りを頼りに生活しており、本当に生活が苦しい時には、近所からごはんをもらっているそうです。
家が建っている場所も自分たちの土地ではなく、村の人たちの承諾を得て使わせてもらえている土地だと言っていました。
この先の心配事、不安なことを尋ねてお母さんから返ってきたのは、「希望が無い」という言葉。
お母さんの具合が悪化しても、病院まで行く足も無ければ診察して貰うお金もありません。
彼女が工場に働きに行ければ今よりは少し生活が良くなると思いますが、そうなるまでにはまだ3年あります。
私たちが色々質問をしても答えてくれるのはお母さんで、彼女は横でずっと聞いているだけでした。
彼女の気持ちを知りたくて、お母さんに少しの間席を外してもらいました。
「お母さんのことやお金が無いことを気にしないで、あなたの本当の気持ちを教えてほしい。勉強したい?」
「勉強したい。だけど私の家にはお金が無い。お母さんも私に勉強させたいけれど、お金が無い。」
学校に行きたくても行けない。
そういった思いを描く子どもがいなくなる世の中にしたいと思ってカンボジアに来たのに、
実際に目の前にそういった子どもがいるのに、私にはその現実を変えることができる知恵もなければ、お金もありません。
彼女が住み込みスタッフとしてCBBに来るためには、彼女が稼いでいる分のお金を誰かがが代わりに家族に渡さなければなりません。
毎月の金額が50ドル以下だとしても、彼女が高校を卒業するまでの間の6年、ずっと払い続けることができるお金はCBBにはありません。
今の私にも、そのようなお金はありません。
学校に行きたくても行くことができない理由はたくさんあって、今の私には何もできない、どうすることもできないことがたくさんあることを痛感しました。
今の私には彼女に何ができるか分かりませんが、この出逢いを、この縁を無駄にしたく無いので、
私が帰国する前に何か1つでも彼女の「勉強したい」という思いに寄り添える何かをしたいと思います。