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ThirdNorth 1 -出会う2人-

市場の一角、精肉店の店先。
「あの、連絡先を聞いてもいいですか?」
「もちろん。」
スマートフォンを取り出す2人。
「よし、登録できました!ありがとうございます。」
「こちらこそありがとう。僕もずっと君の連絡先を知りたかったんだ。」
「…というと?」
「実は、前から食事に誘いたくて。この近くにおいしい南部料理を出すお店があるんだけど、今度一緒にどうかな?」
「もちろんです!こう見えて俺、辛いのかなり得意なんで。」
「良かった。じゃあ、日程はあとで連絡するね、サードくん。」
そう言うと颯爽と精肉店を後にする男性。
「ノースさん、今日もいい香りだったなぁ…」
店先に立つ青年はそう呟きながら、彼の姿を無意識に目で追っていた。


2ヶ月前。
まだ暗いうちから厨房に立ち、今日販売する分の豚肉を用意する。
明るくなり始めると、近所の飲食店のスタッフや移動販売を生業としてる人たち、家族のために食材を集める主婦たちが軒並み押しかけてくる。
ここら辺で唯一の精肉店なので皆ここに買いに来る。
午前中のラッシュが終わるとようやく昼食(という名の朝食)にありつける。
夕方の第2ラッシュ(主に飲み屋関係の人たち)が落ち着いた頃に店を閉める。
家に帰り、寝込んでいる母の面倒を見て、軽く食事をとり、やるべき諸々のことを片付け、床に就く。
そしてまた日が昇る前から厨房に立つ。
こんな生活をもうかれこれ10年くらい続けている気がする。

本当は科学者になりたかった。
20歳までは大学で生物を学んでいて、将来は大学で教授になるか企業の研究者になりたかった。
でも、急に父が死んだ。
その後すぐに母が病に倒れ、今も臥せっている。
兄たちはとうの昔に地元を離れほとんど音信不通だったため、唯一地元にいた俺が精肉店を継ぐことになった。

最初は不満もあったけど、10年もやっていれば流石にこの生活にも慣れたし、地元の人たちから必要とされてる仕事だからやりがいも感じてる。
俺のことを息子のように思ってくれてる大家さんにも支えられて、何とかやってきた。
母の治療費や店の維持費、家賃等でほとんど手元にお金は残らないけど、10年間少しずつ貯金をしてこの前やっと自分のバイクを買えた。
そんな苦しいけどささやかな幸せもあった俺の生活はあっという間に崩れることになった。

母が死んだ。
最後はあっけなく逝った。
なぜか泣きたいとは思わなかった。
ただ慣習通りに葬式を執り行った。
葬式の最中、見るからに野蛮な男たちが参列しているのが目についた。
彼らは俺に気がつき近づいてきた。
「こんな時に申し訳ないんだけど、お母さんの借金をどうにかしないといけないんだわ。」
「…借金、ですか?」
「おぅ。生前お母さんから聞いてないか?」
「いえ、何も聞いてません。」
「そうか、でも落とし前はつけてもらわないといけないからなぁ…」
顎髭をさすりながら考え込む強面の男性。
「まあ少しなら待てるけど、あまり長くは無理だからあんちゃんがどうにか工面してくれや。」
「はぁ。」
「じゃあ、また近いうちに。」
そう言うと強面な男性は信じられない額面の載った書類を俺に手渡し、取り巻きを引き連れて寺院から出ていった。
「どうしたんだい?」
葬式を手伝ってくれていた大家さんが心配そうに近寄ってきた。
「母に借金があったこと、聞いてました?」
「あぁ、そのことだったんだ…。私もよくは知らないんだけど、どうやらお父さんが借りたお金らしいよ。お母さんが保証人になってたみたい。」
あのクソ親父、死んでからも迷惑かけやがって。
気づくと腹の底からどす黒いものが湧きだしてきていた。
それを大家さんに悟られないよう冷静に返す。
「どうしましょう…」
「あの、もしやりたければだけど、紹介できる仕事が丁度あるのよ。…でもちょっと良くない仕事と言うか…。興味ある?」
大家さんは訳ありげに聞いてきた。
「是非やらせてください!」
今以上に苦しい生活になるのはどうしても避けたかった俺は、何も聞かず即座にその仕事に立候補した。
大家さんは申し訳なさそうな何とも言えない表情を浮かべていた。


初老の女性と話し込む青年に目が留まる。
「なんて綺麗なんだ…。完璧だ。」
青年は僕に全く気がつかず、深刻そうな表情を浮かべている。
僕は何食わぬ顔で参列者に混ざり、彼の母にお供え物を手向けた。
近づいてもなお、彼は僕に気がつかない。
僕は静かにその場を去り、自分に言い聞かせるように呟いた。
「よし、彼にしよう。」

数日後、彼の営む精肉店を訪ねた。
客のピークは過ぎたらしく、彼は店先でのんびりとご飯を食べていた。
「あ、いらっしゃ…ゴホゴホ」
僕が来たことに慌てたらしく、盛大にせき込んだ。
「あぁ、ゆっくり食事しててもらっていいですよ。」
「…いえ、大丈夫です!なにをお探しですか?」
のどに詰まっていたものを無理やり水で流し込んだ彼が尋ねてくる。
「何がオススメですか?」
「今日はモモですね。新鮮なものが手に入りました。」
彼は優しい眼差しを肉の塊たちに向ける。
「ではモモを500gください。」
「ありがとうございます!」
慣れた手つきでモモ肉を袋に包んでいく彼。
「ありがとうございました!またよろしくお願いします!」
彼はそう言いながら爽やかな笑顔で僕を送り出してくれた。
「やっぱり完璧だ。彼しかいない。」
そう呟いた僕は車を走らせ帰路についた。

それから何度も彼の店へ足を運んでいるうちに、彼と顔馴染みになることができた。
「いらっしゃい!今日は何にします?」
人懐っこい笑顔を向けてくれる彼。
「それにしても今日は暑いっすね~」
「そうだね。今からこんなに暑くて昼間はどうなるんだろうねぇ」
「ですね~」
同世代ということもあり、次第に友達のようにたわいもない世間話をするようになっていた。
いつものように豚肉を包んでもらう。
「いつもありがとうございます。あ、そう言えば、俺サードです。」
「サードくんか。僕はノースです。」
「ノースさん。良かった、やっと名前が聞けた!」
「…というと?」
「いや、常連さんだけど名前知らないな~と思ってて。ノースさんですね、ちゃんと覚えました!」
誇らしそうな彼がとても可愛らしかった。
「じゃあサードくん、また今度。」
「はい、お待ちしてます!」
車に乗ると思わず笑みがこぼれた。
「サードくんかぁ。いい名前だな。」
益々彼に興味が湧いてきた。


最近よく来てくれるようになったノースさん。
知的で、大人の余裕があって、それでいて話してて楽しいし、おまけにイケメンでいい香り。
ここら辺であまり見かけないタイプの人だけど、なぜか頻繁に通ってきてくれている。
いつの間にか俺はノースさんのことを考えている時間が増えていた。
そしてこの前ようやく連絡先をゲットした。
ノースさん、俺を食事に誘いたいって言ってたっけ。
その場の雰囲気で辛いの得意とか言っちゃたけど、南部の辛さは苦手なんだよな…
そんなことを考えながら思わず頬がほころぶ。

「何か嬉しいことでもあったかい?」
帰宅早々訪ねてきた大家さんに聞かれる。
「特にないですけど、どうしてです?」
「いや、サードくんの笑顔を久しぶりに見たなぁと思って。」
そう言えば最近笑ってなかったっけ。
「僕もたまには笑いますよ。それで、今日はどうして?」
「あぁ、そうだった。この前の仕事の話だけど、詳しいことはこの人に聞いてみてくれるかい?」
そう言って大家さんは一枚の名刺を渡してきた。
「私は紹介しただけだから、何かあったらその人に頼むね。出来るだけ関わりたくないんだ。」
そう言うと大家さんは足早に帰って行った。
そこには聞いたことがない会社名と「解体部 部長」なる人に繋がるらしい電話番号が記載されていた。
俺は恐る恐る電話をかけた。


⇩続き⇩


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