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冷静と情熱のあいだ。私の作った黒いヤツの話 (後編)

中学3年生の頃に同級生の影響で洋服の魅力に取り憑かれ、今に至る(41歳)までに体験した『洋服』をはじめとした『モノ』にまつわるアレコレ。

自分の価値観を形成するうえでターニングポイントとなった『私と"モノ" との記憶』いわばモノにまつわる物語を書き綴る日記。

これは、
『おすすめアイテムの紹介』ではない。
『私物紹介』でもない。

読んだあなたが、少しでも洋服を好きになるきっかけ、自分の使う道具を愛らしく感じてもらえるようになれば嬉しい。


Episode.33
『Painted Blank "Stephan"』

〜 完成した旅路(物語) 〜

シャツの生地の剪定に困っていた。ヨーロッパのリネン(麻)生地と自分をどう繋げるのか。さらに一年を通して着用できる存在感のあるもの。

そこで、私が思いついたのが、そのヨーロッパ由来の生地を墨染めする方法である。

墨というものには馴染みがある。小学生の頃、親に半ば強制的に書道教室に通わされていたことや、数々の祖父との思い出もある。

「筆と墨」はいわばいつも側にある馴染みのあるものだった。
そういえば洋服によく墨汁を垂らして母親に怒られていたな...

そんなことがふと頭をよぎった。今までは生地をそのまま使用することばかり考えていた。加工をすることで生地を台無しにしてしまう恐れがあるからだ。

ただ、墨染めは古来から続く染色方法であり、生地に独特の表情と重さをもたらす。

「もうこれしかない」

そう考えた。生地の方向性は決まった。形も決まった(修正した)
ここからは、今まで足踏みしていた時間を取り戻すべくピッチをあげる。

使用したのは、麻の栽培で有名なフランスノルマンディー地方の最高級リネン。この地方特有の、季節による適度な温度差と降水量、海から来る風は極上のリネンを育てるには最適な気候である。

それを、静岡県浜松市で生地にし(40番手単糸)、愛知県尾州で墨染料にて生地染めを施してもらった。どちらも一流の職人が腕を振るう紡績工場や染色工場が多いエリアである。

〜 麻の歴史と日本の職人魂 〜


リネンは日本でも縄文時代から、衣類をはじめとする多くの日用品に使用されてきた非常に深い歴史を持つ素材。 通気性が良く、吸水性と吸湿性に優れ、他の素材に比べカビや雑菌の繁殖を防ぐ効果がある。

ただその反面、シワになりやすいという特性も持ち合わせている。
墨染めを施すことでその "シワ" すら味方にできないかと考えた。そのため、生地の"仕上げ"と"染色方法"を徹底的に吟味した。
 
『糸から生地にする工程』において、糸に余分なストレスを一切かけず仕上げる日本屈指の職人技は、その作業ゆえ大量生産は不可能。しかしながら、その非効率とも思える手間隙こそが、絶妙のハリ感と光沢感、通年快適に着用できるドライタッチな肌触りを生む。

フランス→静岡→愛知→岡山→徳島(私の店)

海外にも行ったことがない私が「日本人から見た洋服」を表現するには最高の旅路(物語)が完成した。

〜 ラスボス出現 〜

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そこから1ヶ月。染め上げられた生地サンプルとシャツのセカンドサンプルが届いた。修正したセカンドサンプルも申し分ない。やはり裾の長さが特有の野暮ったさになっていたようだ。

深みと趣ある生地の表情は完璧としか言いようがない。鳥肌がたち、胸の鼓動は早くなり、涙までながれる始末。

つくづく思うが、こんな非効率なやり方で洋服を作っているブランドは、全体の1%にも満たないと思う。

決して誇れることではない。かっこ良くもない。
これでも最短で動いているつもりなのだ。

唯一、自分を擁護するとするなら、私はファッションをやりたいのではない。私のブランドの製品は自分の洋服人生を賭けた旅物語の産物であり、
「終活」なのだ。自らの人生において、最後の日に着ていたいと心から思えるものを作っている。

心待ちにしてくれている人には申し訳ないが、現状、時間をかけて生み出すしかできない。

ここまで書くと、これからリリースまでスムーズだっただろうと思うだろうが、
涙を流して感動した直後、最大の壁が目の前に現れる事になる。

〜 ラスボス出現 (常識を壊せ) 〜

生地感、肌触り、シルエットは120点。
いよいよ量産するだけだと思っていた...

「よかった」と胸を撫で下ろしたその手(私の手)がほんの少し黒く染まっていた。

墨染めの特徴として色が均一に染まらないのは今回のアイテムにとって大いにプラスに働いている。

が、色落ちが想像以上だった。

工場に問い合わせたところ、
「素材としては染めやすいので、これでもかなりよく染まっています。しばらく着ていたら色移りもなくなります。心配ないのでは?」

墨染めの色落ちは事前に知っていた。草木染めなども然り、ナチュラルな染色方法なので色落ちは当たり前なのだ。

「きっとこれが限界なのだろう」常識的に考えても充分すぎるほど良く染まっている。ただ、何度も生地に洗いをかけ、色止めを施せば、なんとか最小限に収まるんじゃないかと思っていた。

その最小限の認識が私と職人の間でほんの少しの差があったということ。

最高の生地なのは間違いないが、このままでは「白のTシャツをなかに着れない」

私の洋服は、目に見えない小さなストレスを排除することを前提にしている。手にすることで、何かしらの制約があるものは作りたくない。

また振り出しに戻ってしまった...

心がきしむ音がした。

そんな時、サンプルを製作した縫製工場の社長から連絡が入った。岡山の社長が私の落胆を察して、

「愛知から染め上がった生地をこちらで色止めしてみます」

そう言ってくれた。当然だが、愛知の職人さんも生地や染めの表情に影響が出ない範囲で、ナチュラルな色止め処理しかできないうえで可能な限り最善の処理を施してくれている。

改善される可能性は低かったが、今は信じるしかない。それから2〜3週間後、生地ではなく完成品のシャツが一枚届いた。

「記事を洗って色止めし、製品にする前にさらに時間差で色止めしました。シャツを作る時間もこちらで計算したかったので製品を送ります。どうでしょう?」

シャツが送られてきたのは正直驚いたが、試しに触ってみる。質感は以前と全く変わらない。

触って、強く擦っても手に墨はつかなかった...
色々と試行錯誤してくれたことがわかる。

初めて完成品に近いモノを試着した。

そこには、頭の中で繰り返し思い描いていた理想の斜め上をいくモノが。

心からお礼を伝え、量産に入ってもらった。

「墨染めは色が移る」そんな当たり前の常識を壊してくれた職人の技術と情熱には頭が上がらない。今作も苦悩とトラブルばかりだったが、ようやく最終ゴールが見えてきた。

〜洋服の目〜

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ボタンは洋服においての目の役割をはたす。使用したのは水牛釦の14mm。
通常のシャツボタンが13mmだが、ジャケットの要素を入れたこのアイテムは通常より1mm大きいモノを採用した。

 釦(ボタン)の歴史において、木の実や貝に次いで長い歴史を持つ水牛釦は、現在では石油資源節約とCO2削減になることから「プラスチックを使用しないボタン」として改めて注目されている。 

何よりすべて微妙に表情が異なり、同じものはひとつとして存在しない。 小さいながらもシャツ全体の質感をさらに高める役割を持つ。

今回のシャツには欠かせないパーツである。

〜 納品・リリース〜

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結果、このシャツは50枚のリリースだったが、驚くべきスピードで完売した。

そんなこともあり、近日生地を変えて再販する。
新しい生地にもまた私との強い物語のある生地を見つけることができた。

今から楽しみで仕方がない。

〜 最後に 〜

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私の作る洋服には、取扱説明書をつけている。この説明書を私は旅のマップとして考えている。いわば旅のしおりのようなもの。

10ページほどのこの冊子には、作るきっかけや生地や縫製、染色、クリーニング方法などを書いてある。

手にした人が好きなように着用するのが洋服だが『自由』にも種類があると私は思っている。手にする全ての人が基本的なことを頭に入れたうえで初めて自由な洋服だと言えるのではないだろうか?

黒染めは色落ちすることが当たり前だと思っているのは、洋服が大好きな人たちだけ。伝えておかねければ危険なこともある。

洋服に詰まっている「物語」の一端、大切なことだけでも伝えておくこと。それは旅の準備に等しい。私の商材にパッケージされた最低限の義務だと思っている。

完成したこのシャツに私は " Stephan(ステファン) " と名付けた。ドイツに住む架空の少年の名前である。

一作目は " Tony " 2作目は " Stephan" 3作目は "Jiro"

ブランクがトニーと共にイギリスを出発したこの旅物語。ドイツでステファンと出会い、日本で次郎と出会い、現在、4人はアマゾンにいる笑。

近日再販するステファンの物語は別として、アマゾンでの旅物語を10月ごろ、このnoteでも紹介できたらと思うが、まだ目的の場所に辿り着けるかどうか分からない。最大の難所はクリアしたがまだまだ険しく大変な旅の途中である。

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