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コーヒーと白磁

コーヒーを毎日、いろいろなカップで楽しんできて行き着いたマイベストな器は白磁。これに限るという結論に達した。

鎌倉「もやい工藝」がお客さんにサービスで供している茶は有田焼、大日窯の白磁蕎麦猪口。創業者の久野恵一さんがあえて絵付けをしない無地をオーダーしたものだ。

丈夫で口当たりが淡麗。無地なのに、不思議と素っ気なさはなく、温かみを覚えるのは、もやい工藝のあの美しく穏やかな空間で数えきれないほどの茶杯をいただいたねくもりが心に沁みついているからだろうか。恵一さんの恩師であり、柳宗悦に仕え、美の直観力を鍛えられた鈴木繁男さんからは白磁に絵付けをするなら幾何学文様か線だけで簡素にまとめなさいと説かれたそう。その教えを極めたのがこのカップ。

自分が大日窯の白磁にコーヒーを満たすのは、特別な一杯を愛で尽くしたいとき。ふだんのデイリーな豆をエアロプレスでカジュアルにささっと淹れるさいには分厚い陶器のマグカップになみなみと注ぐ。

特別とはとびきり上質な佳い状態の豆をベストなタイミングで焙煎するスペシャルなコーヒー。たとえば横須賀市野比にある「Takahashi Coffee」の中深煎り豆を手に入れられたら、じっくり丁寧にドリップし、白磁でゆっくり呑みたくなる。

まるで涙みたいに細く微量な湯をぽとりぽとりと落としていく。自家ドリップでなければありえない気が遠くなりそうな時間をかけて。

雫が琥珀の液体に落ちては微かな波紋を描く。そのひそやかな音、景色に酔う(笑)。こんなに時間をかけては店では成り立たないですよね、と高橋さんに話したら、「いや、時間にとらわれなくてもいいと思います」と即答された。そんなことを言うドリップマスターは初めて。そうか間違いではないんだ、と認められた気がして嬉しかった。

とにもかくにも、自己流で15分近くかけて落としたコーヒー。慈しむよう白磁で呑む。深い香りと奥行きに眼を閉じて至福の感情に浸り、耽る。そうしてまた、快楽に溺れた。

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