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Mの旅 前編

アルピニストのおじさんが晩年に暮らし、父が育った水戸を訪ねてみたいとふと思い、インターネットやGoogle mapを検索して主目的地周辺を探り、ルートプランを練りこんでいった。おじさんが営んでいた運動具店の建物は壊され痕跡は残ってないし、父の家に架かるようにあったという木造の旧寿橋は那珂川の氾濫で流され、あたりは人家がなく野草が繁茂する荒れ果てた雰囲気に。その寂しい現況が水戸市の資料、Googleの航空写真とストリートマップで判明してしまい落胆。それで消去法的に目指す場所を絞ったら、水戸だけでなく他の街も抱き合わせで一日巡ってみたくなった。

というわけで久々にお出かけ着でお洒落してドライブ。茅ヶ崎元町「sashiki」のハット、葉山一色「sunshine+cloud」のシャツ、東逗子沼間「ital life」のパンツと肌にさらりと心地よいコットンウェアをまとってまずは水戸から車で約1時間の栃木県益子(Mashiko)へgo!

足は電気自動車のLEAF。旧いタイプでリチウムイオンバッテリーは低性能だから葉山から益子までの片道で2、3回はフル高速充電が必須。所要時間プラス60〜90分がお約束ゆえ、朝6時に出発しても益子に着くのは11時。距離は近いのに気分は遠い、とてもスローな道のり。

真っ先に開店直後の「starnet」で昼ごはん。益子は15年ぶりの訪問。前回は鎌倉「もやい工藝」創業者、故・久野恵一さんに連れてきてもらった。その際、お茶しに寄ったのがこの店だった。

白を基調に大谷石を活用した空間。扱う商品は様変わりしたけれど静穏な空気感は不変だ。

茨城県真壁、横田製陶所の横田さんに特注したものらしき磨き土器の植木鉢やオブジェが飾られ、これは当時も見かけたなぁと懐かしむ。この日、とりわけ黒色に惹かれるのは訳あって。

安心安全な地産食材を用いたヘルスゥイーなシンプルご飯で心身を美味しく満たす。

旬のスウィーツまでいただき深く安息。

そして旅の主目的地のひとつ「益子参考館」へ。たくさんの樹々と生垣のある緑豊かな景色に心休まり初見学。庭の手入れは間に合っていないのかな。でも、無造作に雑草が茂る感じがぼくは好み。整えすぎてないのが佳いんだ。

民藝運動家のひとり、陶芸家の濵田庄司が創作の参考とした蒐集品を展示する場所。受付のある長屋門をくぐってすぐの1号館では「ラテンの工芸」展を開催中。

なかでもメキシコ(Mexico)の工藝、オアハカで70年代にマヌエル・ヒメネスが制作したウッドカーヴィング、名もなき工人によるバロ・ネグロ(黒陶)のベルの佇まい、エイジングの味わいを写真ではなく、直にじっくり観たくて足を運んだのだった。イームズハウスの呼び鈴に使われた後者はとくに。この日、ぼくの眼はマットな黒色に過剰に感応するモードだった。

2号館、3号館は大谷石の石蔵を移築した建物。風化した石の表情に惚れ惚れ。

立派な梁にも。濵田は移築費用をどのように賄っていたのだろう。クラウドファインディングでもしたのか、もともと裕福だったのか。

2,000点にも及ぶらしいコレクションの一部を公開。それにしても豪放な買い物ぶりが凄まじい。とうてい追随できないけれど、濵田が心奪われた物のうち、自分が惹かれる物だけを選び抜いてカメラを向けた(館内の撮影は私用にかぎりOK)。この選択行為にこの上ない悦びが湧いてくる。これはイヌイットの石彫。簡素な鳥の造形が好き。

李朝の白磁、縄文の土偶。無意識の美、荒々しさ、素朴さに見入ってしまう。

益子焼を代表する明治時代の山水土瓶もまじまじと。絵付けは濵田お気に入りの益田マスさんだろう。迷いのない自然な筆運びが秀逸。

街中の古道具店脇で見かけたマスさんの写真。

外のあちこちに沖縄の骨壷「厨子甕(シージーガーミ)」が置かれている。風雨に晒されるさまがまた佳い。装飾を排したピュアなかたちに眼が釘付けになった。ぼくはこれが欲しい。

かつての工房と登り窯。内外に道具類が散らばっている。あえての展示手法なんだろうけれど、そのおおらかさから濵田のキャラクターが伝わってくる気がした。実際その場に立たないとわからないリアルな感覚。

見学コースのクライマックスは濵田の別邸だった茅葺き屋根の4号館「上ん台(うえんだい)」。生活で愛用した器や家具、照明を眼にできて濵田の気配がより濃厚な建物。英国ゆかりのウィンザーチェアに腰掛けて菓子とお茶を呑める(500円)なんて知らなかった。

縁側に据わるイームズのラウンジチェアとオットマン。使いこまれた跡から深く長い安息の時間を想像した。ずっとずっと憧れ続けている一脚。人生最後に手に入れたい家具はこれかな。

最後に蒐集品から感化されたであろう濵田の直観的な自由線、流し掛け、地産の芦沼石を砕いた釉薬の柿色をさらっと眺めて参考館を後にした。ぼくが魅せられる益子焼はそこかしこに転がっていた朽ちかけた粗野な焼きもの。

次に向かったのは参考館からほど近い友人の陶工、粕谷完二さんのアトリエ&自宅。

15年ぶりの再会。現在80歳だから、前回は65歳のときに顔を合わせたのかぁ。瞬く間に時は経つんだなと感慨に耽ってしまう。ぼくの15年後は73歳。粕谷さんみたいに生き生きと好きな仕事に打ち込めたらいいな。

粕谷コレクションのジャズ名盤レコードを真空管アンプ経由で聴き、ホワイトブルーの優美な花瓶そばで、益子の美味しいケーキをいただきながら近況報告、焼きもの、音楽など話は尽きない。長居したいところだけど水戸に向かう時間が迫り、後ろ髪引かれつつ、益子から移動。

つづく

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