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心地良さを綴る本

年始の休みも正月七日を過ぎていよいよ植木屋の仕事が始まる。昂る心のこわばりをほぐし整えようとエッセーを開く。木工作家・三谷龍二さんの『木の匙』は20数年前から家にあった一冊。編集者、文筆家・若菜晃子さんの『途上の旅』は昨年末に購入。

室内と野外。両者が向ける視線の先はそれぞれ異なるけれど、光の陰影、指の触感、景色など心と眼が感応し、悦ぶ心地良さとは何か、静謐な言葉で曖昧な輪郭を明確に表している。個人の感覚を文筆で綴り、具体的に伝えるまでどれだけの思索を巡らせたのだろう。私的にして詩的な時間の奥行きを想像しながらじっくりと文字を拾え、そういうことなのか!と至福の納得にこの2冊は導いてくれる。その快楽に耽り続けたいから棚に仕舞わず、日常のそばに置き、何度も何度もめくりたくなる稀有な書物である。

持ち手端部の微細なカーブが絶妙で官能的な触り心地。名の無き工人でなく、私的な時間をも愉しみ尽くす作り手でないと生まれえない造形だろう。生活に寄り添う創作工芸

三谷さんとは20年ほど前、松本クラフトフェアで初めて顔を合わせて以来、山桜のパスタフォークやバターケース、白漆の茶器など生活に欠かせず、とびきり感触と使い勝手の佳い日用品を求め、愛用してきた。漆を施していない木のカトラリーは湿度が高い春夏にカビが出やすい。本当は水洗いしたあと乾かし、こまめにオリーブオイルを塗るのが美しい飴色に育てるコツ。そうとわかっていても手入れを怠りつつ毎日のように使ってきた。使い手の付き合いかたは木の表情となるからマイフォークはやや黒ずんでいる。三谷さんの著者の表紙を飾る匙も似た雰囲気に見えるから、たぶん自分と同じくラフに使いこんでいるのかな。そんなふうに、おおらかに許容してくれる匙加減も優れた勝手に繋がっているのだろう。

松本クラフトフェアでオーダーした山桜の大きな木皿が10年前に欠けてしまい放置していた。昨年の師走、ふと思い立ち、メールで松本にある三谷さんの店「10cm」に相談したところすぐ修繕を受けてくれた。欠損した箇所を削り丸型のまま小さくするか、楕円型にするかは三谷さんの直観に委ね、新たな形に生まれ変わった木皿との対面、ともに過ごす日々を愉しみに待っている。

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