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三ヶ丘山の麓にて

住居が葉山と話すと、たいていの人は決まって佳い所に住んでますねと讃える。ぼくはすかさず、はいとても気に入っています、と臆面なく即答する。山が裏に控え、海が目前に迫り、南を向いて温暖な葉山一色ビーチサイド、通称「三ヶ丘地区」の気候風土、花鳥月に心底惚れ抜いているからだ。厳密には葉山町内でもさまざまな地域性があり、海側と山側では寒暖差が激しくまるで別の表情を見せる。ぼくがとくに惹かれた三ヶ丘山の南面一帯は日照時間が長く、暖かな海風と眩い陽光に包まれ、小鳥たちの麗しい囀りも真冬を除いて聴こえてくる。まさしく官能に溺れるリゾートな風情で、昭和初期に東京の政財界の富裕層がこぞって別宅を建てたのがよく頷けるエリアなのだ。

この地に立つ画家・山口蓬春の旧宅を見学可能な記念館をよく晴れた日に訪ねたら、美しく心地よい光と空気をきっと体感できるはずだ。

ぼくの家はきわめて小さいけれど、この館と並列する位置にあり、室内への光の差し加減はほぼ同じ。新旧の画室がある家の南側と、その裏の北側のコントラスト大きな陰翳さ。さらには裏山から種子が自然と飛んできたのか、鳥が運んできたのか、我が猫の額ほどの庭で自生する植物も蓬春邸のよく手入れされた広い庭園を拝観してみると通じているとわかった。

スケールは全然違うけれど、蓬春が晩年を過ごした場所と環境が似通うことを誇らしく悦びながら、蓬春の要望に応え、吉田五十八が設計した画室のモダンな心象の秘密をひもとく。これは地域住民の冥利に尽きる悦楽である。

記念館の隣は最も敬愛する写真家・上田義彦さんが監督・撮影した映画『椿の庭』のロケ地となった。海に面したその庭もまた蓬春の庭と植生が似ている。つまりこの作品を観るとあたかも庭の主になった気分で三ヶ丘山麓の緑と花々に深く深く魅せられるのである。ぼくが暮らす葉山一色の美点を具体的に聞かれたら、記念館の訪問とこの映画の鑑賞を迷わず勧めたい。

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