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物が旅を語りかけてくる
旅する編集者でありライター、カメラマンの松岡宏大さんの単著が発刊された。松岡さんの存在を初めて知ったのは2017年のこと。初版わずか10部という『ひとりみんぱく123』をアートディレクター矢萩多聞さん主宰のリトルプレスambooks(アムブックス)が制作したことに衝撃を受けた。みんぱくとは民泊ではなく、大阪「国立民族博物館」の通称。みんぱくに収蔵されているみたいな物々を、世界各国を旅して蒐集してきた松岡さんのコレクションを紹介する物の本である。インドやミャンマーを中心に南アジアの民具、工藝、民画、土偶、神像、模様石、故郷の新潟で拾い集めた縄文土器などなど、いち個人の嗜好品をマニアックにまとめる本をこんなわずかな数から世に送り出せるのか。当時、チベット文化圏を旅して美しいチベット仏教関連の古物を探し集め、売っていた骨董商kihachiさんと出会い、彼の審美眼に魅せられて非売品のとっておきを記録撮影させてもらい、出会いのエピソードとともにZINE『チベットの工藝』を個人的に作り始めていた。
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いつか優れた編集者の眼に留まり、出版物に結実しないかと淡い夢をもち、そのためのプレゼン資料として写真と文章をレイアウトし、家の簡素なプリンターで刷りだして糸縫いやホチキス留めで自家製本。そんなタイミングだったから、10部とはいえ公共の場で販売する試行と実践に敬服し、憧れの想いを抱いたのだった。
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驚きは連鎖した。『ひとりみんぱく123』を手にした編集者、リトルプレス経営者の中岡祐介(三輪舎)さんが、この一冊に収まりきらなかった45品を新たに取り上げ、2色刷りのリソグラフプリントで印刷した図録ZINE『ひとりみんぱく45』を、横浜で営む書店「生活綴方」の出版部より2021年に発行、販売したもんだから感嘆してしまったのだった。何しろぼくは同時期に、ハンドメイド色濃厚なリソグラフプリントのアート性に夢中となりチベットの工藝品写真を素材に印刷。新感覚ZINEの可能性を都内の「Hand Saw Press」を利用して試行錯誤していたから、またしても新たな実践者の登場に焦燥感すら覚えたのだった。といっても、それなりに費用がかかり、多部数を刷る必然があるリソグラフプリントによるチベット工藝ZINEを趣味の範疇を超えて公の場で売る勇気も気概も資金もなく、不甲斐ない自分を嘆き、コロナ騒動以降はお蔵入りの状況だ。
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かつての情熱や夢が醒めた2024年1月。なんと松岡さんが国書刊行会より一般書店流通のメジャーな書籍版として『ひとりみんぱく』を著すと知って興奮した。じつは国書刊行会の編集者もZINE版を眼にして企画に至ったらしい。シンプルに物の本に徹した1stエディションに比して2冊めは物との縁、つまり人との関わりをテーマにしたテキストをも添えている。その構成力と文才が数々の美しい書籍を出してきた版元の編集者の心をときめかせたのだろう。
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正式販売に先駆けた出版記念イベントが木挽町(東銀座)「森岡書店」で催されるということで、何がなんでも駆けつけなくちゃって悦んだ。初対面となる、雲の上の存在的編集者に会えるだけでなく著書にまつわる話を直接本人から伺える機会。2月頭の訪問当日がワクワク待ち遠しくて仕方なかった。
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会場には本に掲載される蒐集物の一部が壁や、撮影物の背後に用いたというインド、ナガランドの黒無地布の上に展示されていた。
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果たして、松岡さんはじつに饒舌で、パッションが満ち溢れ、誠実な人柄な方だった。お喋りしてすぐに魅了され、この人なら佳い物や人との縁が自然と引き寄せられるんだろうと感じた。実際、コレクションには知人から譲られた物も含まれている。最初の『ひとりみんぱく』刊行以降、これは松岡さんが持っていた方がいいと贈られることがあったそう。
装丁をサイトヲ ヒデユキさんに依頼し、ふたつ返事で快諾してもらえたのも松岡さんならではの徳であり、実力だろう。美しい本を造作する感性をぼくも密かに崇敬するデザイナーだ。
256ページ、四六変型判、丸背、美麗クロス黒装箔押し+シール貼り(鳩のレリーフ写真)、橙色の太スピン(栞)。まさに佳き工藝品みたいな凝りまくった圧巻の佇まい。返本後のリサイクルを前提にした日本の書籍流通、再販制度のお約束であるカバーどころか、無粋な宣伝コピーが載った帯すら無し。さらには背表紙のISBNコード、定価&版元名の表示が丸まるシールになっていて自由に剥がせる! デザイナーと編集者の理想を究極的に突き詰めた奇跡の書。この非常に手間とコストがかかる一冊を刷ることが可能だったのは、国書刊行会ゆえに違いない。税込3520円は非常に安いとぼくは思う。
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こんどのテーマは「旅」と話す松岡さん。個人の経験や旅から集めてきた物を紹介しているけれど、決して物の本ではなく、旅の本。自分が行った国もしくは、それにストーリーが付随する物しか集めないようにしているし、その物語りにフォーカスしているのだと。
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さてさて、ここであまり詳しい内容を書くのは野暮だろう。森岡書店の公式インスタグラムで松岡さん自身の言葉で計3時間強にわたって数々のエピソードを伝えているから観て欲しいし、本を手にすることをぜひ勧めたい。物と出会えた旅先、あるいは背後にある情景が想い浮かぶ、至福の読書体験になるはずだから。
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表紙にレイアウトされた鳩のシールをヘルメットに貼りながら、ぼくはぼくで日々、葉山の海辺から三浦半島を旅して野外仕事に勤しむ日常を愛でていきたいと願う。深く長い読後の幸せな余韻とともに。
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