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上州富岡で倉庫偏愛

年に一度、お盆のさなかに電車で遠出する小さな旅を2、3年ぶりに楽しんできました。

高崎駅→上州富岡駅は上信電鉄のワンマン列車でのんびり揺られて約40分。今どき乗車券購入は現金のみ。『富岡製糸場見学往復割引乗車券』は2,200円もしてびっくり。この日は車体を彩る淡いブルーとベージュ、グレーの色彩が残像となって、無意識に似た色へと眼がいく視覚への影響、作用を受け続けました

今夏は妻の希望で群馬県富岡市の世界遺産、富岡製糸場へ。高崎駅から上信電鉄で最寄りの上州富岡駅まで片道約5時間のデイトリップ。時間はそこそこかかるのですが、高崎駅まではグリーン車で楽々アクセス。復路は酒を呑んで寝ながら帰れる快適さを味わってしまうと、とても車で出かけようなんて気にならないし、大船駅から乗り換えなしで往復可能なまっすぐスムーズな道程感が心地良すぎて、ついつい高崎駅ベースの旅を選択してしまいがちになります。

よくよく観ると、瓦屋の木造商家は激シブ。絶滅危惧種の一軒です。駅に降り立ってから店まではすぐ。老夫婦が営まれてますが、paypay払いも普通にできます

早朝に葉山の自宅を出て上州富岡駅に着いたのは11時過ぎ。お腹も空いてきたので、駅前の「川崎屋食堂」に吸い込まれるように早めのランチ。いわゆる群馬名物のソースカツ丼が大好物なので即断オーダー。妻は『カツカレーライス(850円)。

観光客仕様にソースカツ丼と謳わず、店でのお品書きは『カツ丼(ひれ肉)』(850円)と素っ気ないのが素晴らしい。桐生市出身の尊敬するシェフによると↓、信頼する肉屋で入手した上質な豚肉を調理前に常温にしっかり戻しておくのが旨味の決め手になると教えてもらったことがあります。カツは午後には品切れになる場合も多々ありそうなので、入店は11時の開店からなるべく早めがおすすめ
超脱線しますが、人生で最高のソースカツ丼は鎌倉稲村ヶ崎で自宅レストランを営んでいた竹内シェフが作ってくれたもの。感動のあまり、地域のフリーペーパー(『湘南ビーチFMマガジン2008年 vol.12』で取材させてもらいレシピを掲載しました。ちなみに極楽寺の「肉のナルセ」はすでに廃業しています

柔らかくさっぱりした味わいのひれ肉にソースがじんわり優しく、しっかりと染み込み、まさしく求めていた美味しさに感動。妻は中学生のとき初めて口にしたカツカレーの味わいに似ていると懐かしんでいました。接客する女将さんの穏やかで品良い人柄に親しみを覚えて心身とも深く満たされて、いざ富岡製糸場へGO!  駅前からは徒歩15分ほど。炎天下、なるべく日陰がある道を選んでてくてく向かいます。

明治5年(1872年)、太陽暦を導入し、国家的事業に西洋文化を取り入れ近代化に邁進した年に誕生した、木骨煉瓦造の建物がどーんと見えてきました。巨大な繭倉庫で国宝の『国宝 西置繭所』で、ぼく的には製糸場見学のメインスポットと感じた見所。正直、製糸場の成り立ち、役割など歴史じたいにまるで関心が無かった(笑)自分は観光客で賑わう1階の展示場やギャラリー、ショップをスルーして乾燥させた繭を貯蔵していたという2階へすみやかに移動。

『西置繭所』 2階の倉庫。撮影OK

階下の喧騒と比して2階はかなり静穏な雰囲気。この頑強な建物を構成する建材や部材を細やかに紹介する建築的な、とても地味な内容展示だからでしょうか。上がってくるビジターも足早にささっと眺めて去っていきます。武骨な倉庫好きな自分としては至福空間。

チョークの落書きが味になってます
蝶番を留めるための、昔のスクリュー釘
トタンと杉材。打ちとめた釘も隠していない。機能優先っていう有り様が魅力
瓦に白いペイントがナイス
スガツネ工業のステンレス金物は現行品。古いものと違和感なく溶け込んでいて佳いなぁと惚れ惚れ。無造作な緑色の針金も自然でよい印象。新旧合わせた見せ方から優れた建築家の存在がそこはかとなく匂ってきました
鉄の塊みたいな重厚な蝶番。憧れ!

深谷のレンガをはじめ、漆喰、瓦、補強鉄鋼、トタン、ぶ厚い杉材など、近隣地域で手配しやすい素材で簡素に、ラフに、しかし極めて丈夫に構築された建造物。金具から釘など当時の部材のパーツの細部、壁への職人たちの書き込みまでマニアックに間近に佇まいを観察でき、息吹を感得できちゃうもんですから大興奮! 

いっさいの装飾なし、構造が露わになったスケルトン建築の潔さ、格好良さに痺れる男としてはテンションMAX。外光がうっすらと戸から差し入る仄かな暗さ具合が絶妙な陰翳を生み、デジタルライカM-Eで無我夢中に劇的な光景に惹かれてスナップしまくってしまいました。

152年前の建造ですから、いかに堅牢とはいえ、綻びは当然あちこちに生じて補修を重ねてきています。深い飴色に育った建材を繕う手法もまたうっとりするほどスタイリッシュで、その荒々しくも美しいさまに魅入ります。

明治時代の古いパーツは活かしつつ、古道具店でまだ入手できそうな昭和あるいは現行品の部材をミックス。そのセンスとセレクトに美意識を感じ、どんな人たちがディレクションしたんだろうかとドキドキしました。古物への嗜好が強い人にはたまらない場ではないでしょうか。

展示に用いていた現行パレット。板の組みかた、グレー塗料の色合いに、何気ないながら、ただならぬセンスの良さを見出せます
LGのプロジェクター『HF65LSR』。その筐体が空間によく馴染んでいます。この個体を厳選した感覚、さらりとただ庫内の粗い壁に映写する緩やかな塩梅に感服

今、東京の江東区や墨田区あたり、イーストトーキョー界隈では元倉庫や廃業した商家の物件を構造を隠さずに見せてリノベーションするショップ、バーが増えてきていますが、そんなインテリアを設けてみたい方々、または自宅を倉庫っぽく新築、改装したい人はきっと良いヒントをたくさんもらえるんじゃないでしょうか。

2階ベランダから眼に飛び込む巨大な鉄丸水溜め施設

2階の東面と南面にはベランダがあり、そこからの眺望も壮観。これだけの長大な建造物を覆う瓦の物量と、墨黒一色の景色に心眼がただ奪われます。こんな建築、もう二度と出来てこないだろうな。まさに日本の宝、世界遺産。眼下にある地上通路の屋根は現在のポリカーボネート素材らしき波板で施工されてるんですが、瓦の重厚さとは対照的な軽やかさにもまた魅せられたりして。波板のチープシックな趣きも悪くないかも。自身が小屋をDIYする機会があるとしたら屋根はガルバリウム素材の波板かな。

百日紅と入道雲
不思議に曲がる孟宗竹
中国の唐時代以降、庭園に植えられたギョリュウ。『東置繭所』向かい『検査人館』の玄関脇に植ってます

100棟以上の建造物が現存する広大な富岡製糸場の敷地内には立派な松のほか、さまざまな木が散在しています。ここで働く女工さんや異国の技師たちの眼を和ませる存在だったのでしょうか。造園業に携わる者として最も眼に留まったのは中国原産、細いウロコ状の葉が涼しげな「ギョリュウ」(タマリスク)という落葉低木。枝垂れ柳に似た繊細な姿がなかなかに風流で、陶然と見入ってしまったんだけど、実際、中国の詩にもよく登場し、楊貴妃も愛でていた花木なんだとか。潮風に強いらしいから、いつかは自分の庭にも植えてみたいと夢想しました。

『社宅』のキッチンに吊り下げられたペンダントライト。傘が小津安二郎監督が好みそうなシンプルデザイン。パナソニック『LGB15333Z』に置き換えて天井近くで点灯、消灯できるようスイッチを工夫しています

敷地内では木造フラットハウスの『社宅』も数軒開かれているのですが、ここでもレトロモダンなインテリアに眼が向いて仕方がありません。女工さんの愛用品と想像するシンガーミシンやプリモミシンの関連アイテムには率直に、豊かなオフタイムのひとときを連想。室内は往時の様子を忠実に再現、保存していますが、キッチン&ダイニングの照明だけは現行品のパナソニック製品に替えていました。このペンダントライトの造形も古き良き和の住居にマッチしていて、チョイスした人のセンスにまた感心。

製糸場のインテリア見学に2時間強費やしたあと炎天下の町を歩いて上州富岡駅に戻ります。すぐに高崎へ移動しようかなと考えましたが、大汗をかいたので、まずは水分補給をと再び「川崎屋食堂」にIN。昼下がりにクーラーの効いた店内でアサヒビールの大瓶をひとり一本ぐびぐび。あー幸せ! ぼくは『冷やっこ』(200円)、妻は『自家製モツ煮』(450円)を肴に呑んでいたら『中華そば』(ラーメン、550円)も食べたくなって二人でシェア。何を食べても満ち足りる食堂。今回出会えて良かった!

さて、上州富岡はもう満喫!と駅の改札に向かったのですが、ちらっと視界の片隅で捉えた激渋な建物に妻が反応。まだ時間にゆとりがあるからちょっと寄ってみようといいことに。レンガ積み造り、大谷石積み造り、木造土壁の倉庫が芝生広場を囲むように倉庫が3棟、トタンなどで簡素に造った乾燥場が1棟立っています。富岡製糸場に通じるレトロな建築は明治30年代創業の富岡倉庫株式会社が繭などを保存するために建設した『旧富岡倉庫』でした。建物は古めかしいのですが、近づいて細部を観ると、製糸場同様に補修しながら新しい部材を巧みに組み入れて洒脱に再生、活用しています。

このエクステリア修復も只者ではない人物が携わったのでは?と驚き調べてみると、やはり隈研吾さん監修でした。残すべきもの、見せるもの、古いものと新しいもののナチュラルなリミックス。そのバランスが秀逸で、ほんの少し覗くつもりが、けっこう長い時間滞在してしまいました。またまた、倉庫建築改修の好例を観て、頭に刻みこめて大大満腹! 駅前には無料駐車場もあるので、古物好きな人は製糸場だけでなく足を伸ばすことをお勧めします。

波打つ硝子でセルフィー。sashikiのカンカン帽、パタゴニアの速乾フィッシングシャツ、ショートパンツ。そして英国ビリンガムのカメラバッグ。機能優先の選択
写真はすべてライカM-E & ズミルックス50mm ASPH.でRAWモード撮影。アドビLight roomでJPEGに現像

長い年月、風や雨に晒され趣き深くエイジングした明治時代の建造物。時の経過が増すごとに味わいを醸していくのは建材が質素ながら良いからでしょう。その情感をしっとりと表すのに、オールドデジカメのライカM-Eと特別なレンズはうってつけで、最新機材もかなわない描写の妙に改めて惚れ直しました。スナップを観て、その場の空気をなんとなく伝わってくるよ、と感じてもらえたら嬉しいです!

帰路、高崎の「絶メシ」にリストアップされてる純喫茶「コンパル」への念願の初巡礼も叶えて計画していた、やりたいことリストをほぼコンプリート。高崎駅内で帰りのグリーン車内で呑み食べる酒と、高崎名物のつまみをたくさん買って、あとは極楽至極な電車旅を楽しみ尽くしました。葉山の家には22時前に帰宅。弾丸にして濃密な旅の余韻が一日経った今もいまだ覚めず、夢のなか。

#呑み鉄
#上信電鉄
#富岡製糸場
#川崎屋食堂

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