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貝と菓子、工藝

先日、15年ぶりに三浦市和田長浜海岸を歩いた。点在する岩礁の間にタカラガイをはじめ、ざまざまな美しい微小貝が打ち上がり、砂を覆い尽くす「貝溜まり」の風景を見せている。

初声層という300〜400万年前の海底隆起地層が露わになり、多彩な色の軽石混じりの砂岩、泥岩が積層し、同時に風雨により、その断片がそこかしこで転がっている。

断崖の洞窟そばには地域の漁師による仕業だろうか。打ち上げ物、漂着流木などでデコレーションされた空間があり、仙人が潜んでいそうな怪しげな雰囲気に神妙な心地になる。実際、かつては一帯の貝溜まりを10年間毎日パトロールして打ち上がり貝の種類と数を記録し続けた、まさに仙人めいた男がいた。ぼくはその人物に接触して三浦半島や湘南エリアを舞台にしたビーチコーミング(打ち上げ物を拾い集める遊び)の書籍に盛り込ませてもらったこともあった。海遊びをテーマに仕事していた、当時の編集者時代の熱中を懐かしみつつ、小一時間ほどユニークな石や微小貝などを夢中になって選びすくい取ってみた。

海水温が最も下がる時季ゆえ、息絶えたばかり、つまりは艶やかな貝殻表面の光沢を保った普通種のハナビラダカラや、古代中国では貨幣となったキイロダカラなどのタカラガイやウラウズ(裏渦)ガイ、文様の綺麗な微小貝に嬉々として手を伸ばした。わずかなひとときなのにこれだけの収穫は真冬の褒美だろう。

ウラウズガイの円錐形を観て直感的に連想したのは明治『アポロチョコレート』だった。1969年7月21日、人類初の月面着陸がアメリカ宇宙船アポロ11号によって達成されたが、その宇宙船のかたちをイメージし、1969年8月7日に『アポロチョコレート』が誕生したそう。なんて旨そうな造形なんだ、と甘党のぼくは喉を鳴らしながら貝に手を伸ばした(笑)。

微小貝の文様にも魅了された。どうしてこんなに流麗な波線を描けるのだろう。この文様にどんな意味、意図があるんだろう。人智の及ばぬ自然界の美にはとてもかなわないやと敬服した。

たとえば小石原焼を中心に九州の窯元で製作されていた『山道徳利』。昔は竹筒に、今はスポイトに白化粧土を含ませて描く山道文様は繰り返し、繰り返しつくっていくうちにカーブの繋ぎ目も無事に繋がるようになるのだという。写真は小石原焼の名陶工、故・太田熊雄さんの手による徳利と思われるが、熊雄さんがいかに無の境地で筒描きしても微小貝の文様の自由な線の軌跡は表せないのではないか。人類が地球上に出現して以来、貝の虜にならざるを得ない理由を改めて理解できた気がした。

魅惑の山道徳利を撮影させてくれた三浦市の工藝店「讃々舎」店主、高梨武晃さんに深謝します。貝も佳いけれど意識が働かざるを得ない手仕事の山徳利もまた健やかで美しく欲しくなりました。近々にぜひ、縁がありますように!

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